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「水尾」の「田中屋酒造店」で蔵人体験ツアー。風土が醸す酒造りの真髄に触れる

四方を山々に抱かれ、豊富な水源が大地を潤す長野県は、米どころであり、酒どころ。酒蔵の数も日本で2番目に多く、各蔵がしのぎを削り、切磋琢磨しながらおいしい酒を醸しています。
そんな日本酒が実際どのように造られているのか、知っている人は少ないのではないでしょうか。蔵を見学できるところはありますが、飯山市の銘酒「水尾」で知られる「田中屋酒造店」では、さらに踏み込んで、自分が蔵人になって酒を造るという「蔵人体験ツアー」を実施しています。ほかでは体験できない、そんなプレミアムなツアーに参加し、日本酒ができるまでの過程、そして水尾の酒造りに対する情熱や探究心を目の当たりにしてきました。

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当たり前に良い酒を造る。飯山市の「田中屋酒造店」

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奥信濃と呼ばれる長野県北部の豪雪地帯にある、飯山駅から歩くこと約15分。深い雪に覆われ、凛とした静けさを感じる空気の中、田中屋酒造店はあります。

明治6年(1873)に創業し、「ここでなければ造れないものを造る」という信条のもと、原料はすべて地元のもの。仕込み水は蔵から15kmほど北にある野沢温泉村の水尾山の湧水、米は蔵から約5km圏内の飯山産の「ひとごこち」、木島平村産の希少な「金紋錦」を使用しており、まさにこの土地の自然の恵みから酒を生み出しています。
水尾山の水が持つ甘みと軽さに、しっかりとした米の旨みのバランスが良く、すっきりとした味わいの水尾の酒。野沢菜や米、野菜などがおいしい飯山で、素材の味をより引き立たせる食中酒として親しまれてきました。

そんな田中屋酒造店が昨年から始めた「蔵人体験ツアー」は、蔵人の指導のもと、酒造りの工程を見たり聞いたりしながら、共に作業にも携わることができるというもの。
「ワインのツーリズムはよく聞きますが、日本酒も酒造りの工程や考え方、ノウハウなどを発信して、その文化的な価値をもっと知ってもらいたい。そして小さな蔵だからこそ、深いところまで体験できるような内容にしました」と、社長の田中隆太さん。

冬の仕込み時期にしか体験できない、奥深い酒造りの世界へ。参加者に配られる水尾Tシャツ、白衣、帽子を着用して、蔵人になった気持ちで参加してきました。

原料米の洗米・吸水を経て、蒸し上げる

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米が蒸し上がり、蒸気が立ち上がります

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専用の靴を履き、素早く米を取り出す

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ひねりもちで蒸米の状態を確認

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酒造りの現場で衛生面は大事。こまめに手洗い・消毒をします

朝8時過ぎ。ひんやりとした蔵の中に入ると、ちょうど米が蒸し上がったところ。田中屋酒造店では前日に洗米・吸水したお米を、翌日の朝に蒸し上げます。
この日は660kg(洗米前の重量)の米が蒸し上がり、もうもうと蒸気が上がる中、蔵人が機械の中に入って米を取り出し、その状態をチェック。これがとても重要な工程で、「ひねりもち」と言い、手のひらほどの米を板に乗せ、板の上ですりつぶし、米の粘り具合や柔軟性を手で確認していきます。
硬くて粒が残ってしまっても、柔らかすぎてベタベタ張り付いてもだめで、きれいな餅になるのがベスト。この日は若干粘りがあり、80点ほどだそう。

前日の洗米・吸水の時に吸わせた水の量など、毎日記録を取っているので、同じ条件を整えれば蒸米の状態も均一になるのかと思いきや、その日の気温や気圧、米の種類や量などのさまざまな影響を受けるため、同じ蒸し上がりにはならないそう。そのため必ずひねりもちで確認して総合的に判断し、また次の洗米・吸水の際に水加減を調整していくと言います。

蒸米を少し分けてもらい、食べてみると、普段食している米よりだいぶ固めだと分かりました。次はこの蒸米に麹菌を振りかけ、日本酒造りで一番大事とされる麹を造る工程へと進みます。

日本酒でもっとも重要な麹造り

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麹用の蒸米。ほぐし広げて粗熱を取ります

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麹室の中。麹菌が順調に生育するよう、室内は30度くらいに保たれています

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種切り後、麹をひとまとめにして菌を繁殖させていく

麹とは、蒸米に麹菌を繁殖させたもので、米のデンプンを分解して糖分に変える働きをする、日本酒造りに欠かせない存在。日本酒だけでなく、味噌や醤油などにも使われており、日本の食文化を支えています。

「麹造りはもっとも大事な工程で、普通は蔵人以外は入れません。ほかの蔵では映像や写真で説明を済ませますが、うちは蔵人体験と謳っているので、麹造りも体験してもらうことにしました」と、副杜氏の竹島さん。特別な場所に立ち入らせてもらうことを実感し、気が引き締まります。

まずは蒸米を木箱に分け入れ、ほぐしつつ広げて粗熱を取っていきます。最初は熱いと感じますが、蔵の気温が低いとすぐに冷めていくので、素早く作業。人肌より少し温かい、40度くらいになったら麹室へ運び入れ、全体に平らにならしていきます。

続いて麹菌(種麹)を、ふるいで30cmくらいの高さからシャカシャカと小刻みに振りかけていく(種切り)。黄色い粉がふわ〜っと舞い落ちて、蒸米をよく見ると黄色い種麹が付着したのが見えます。まずは竹島さんのお手本を見て、少しだけ自分でもやってみることに。自分が携わったこの工程も、水尾の酒の一部になるのだと思うと、緊張感を覚えつつ、なんとも貴重で有難い気持ちになります。残りは竹島さんにお願いし、米の中間層と裏側にも満遍なく菌がつくように仕上げてもらいました。

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完成した麹

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触ったり嗅いだりして、仕上がりをチェック。「やわらかくできているのでいいね」と、社長

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蒸米に麹菌が付着したところから、麹になるまで、段階的にその様子をルーペで確認。菌が繁殖して徐々にもこもことしてきました

種切り後、麹をひとまとめにし、乾燥しないように布やビニールで包み、約20時間置いておきます。20時間が経過したら木の箱数枚に盛り分け、乾き具合や麹の繁殖具合を見ながら盛りの厚さを調節し、交代勤務で温度管理をすること約24時間。こうして約2日間かけて、麹の完成です。

できあがった麹はふんわりと甘い香り。食べさせてもらうと、麹菌による米の糖化で甘みがあり、ほくほくした食感も相まって栗のような味がしました。ちなみに麹は吟醸酒、純米酒などの酒質や、米の品種や精米具合などによっても作り方を変えるそうで、本当に奥が深いです。

酒母造り、三段仕込みをしてようやく完成

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泡入り酵母のため、しっかり泡が立っている酒母

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匂いを嗅ぐとバナナのような良い香り

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発酵途中の酒母を試飲します

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酵母とは、このアンプルという容器に入った液体状の微生物(菌)のこと

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酒母室には神棚もあり、良いお酒ができるようにと祈りました

麹ができあがり、いよいよ日本酒の土台となる「酒母(しゅぼ)」を造る工程に入ります。
酒母とは、麹、蒸米、水、酵母を混ぜ合わせたもの。麹によって蒸米が糖へと分解され、その糖分を酵母という微生物が食べて、アルコールを発生させるのです。この糖化とアルコール発酵が同時に起こることを「並行複発酵」と言います。

小さなタンクで2週間ほど発酵させ、酵母をいっぱいに繁殖させていきます。タンクを覗き込むと、ぷくぷくと泡がたち、バナナのようないい香り。この香りは水尾で使用している7号酵母の特徴だそうで、さらに水尾では7号酵母の“泡入り”という伝統的なタイプのものを使用しており、泡が立つことで発酵状態が分かりやすく、きめ細かい管理ができるそう。

仕込んで6日目と11日目の酒母の味を見させてもらいました。6日目は甘酒のような甘みと、ピリッとして、無臭。11日目はさらにドロドロになり、アルコールが出て、香りも立ち、日本酒らしい味になっていました。酵母が増えた証拠です。

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水尾は低温発酵という特徴もあり、最終的に5〜6度へと落としていきます。そのために蒸米を機械で急速に冷ましたり、タンクに冷水が通ったマットを巻き付けたりと、さまざまな方法で温度管理を行ないます

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タンク1本ごとの醪の管理記録。温度や比重などの経過を見て、過去のパターンとも比較しながら酒造りの参考にします。こうした日々のデータと経験の積み重ねが酒造りに生かされるのです

2週間ほどで酒母ができあがったら、中くらいのタンクへ移し替えて麹、蒸米、水を足し、2日間発酵させます。そこから一番大きなタンクへ移し、さらに麹、蒸米、水を入れ、翌日にまた麹、蒸米、水を足して、倍に倍にと量を増やしていきます。この三段階に分けて仕込む方法を「三段仕込み」と言い、こうすることで良い酵母がどんどん増えていくそう。社長いわく「酵母は最終的に20世代まで繁殖します。19・20世代目が酵母全体の75%を占めるので、その酵母がどんな育ち方をしているかが、酒の個性や味に影響を与えると思います」とのこと。

三段仕込みをしてできた醪(もろみ)を、約20〜30日ほど発酵させたら、搾って日本酒の完成。トータルで50日間ほどかけて、ようやく日本酒はできあがるのです。あとは生酒で提供したり、酒の種類によって火入れして瓶詰めしたり、タンクで貯蔵したりして、都度出荷となります。

ちなみに醪の試飲も用意されていて、今回は24日目と29日目の金紋錦・特別純米酒を一口いただきました。24日目の時点でもう普段飲んでいるお酒に近いですが、少々苦味やえぐみ、微炭酸を感じます。29日目になると、まったく味が変わってびっくり。味がまるくなっています。先ほどの苦味やえぐみを酵母が食べて、まるみや旨みを出しているのだそう。搾るタイミングはこの醪の味を見て決めるそうです。

できあがった美酒を地元の味と共に味わう

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水尾ができるまでの工程を辿った後に飲む酒は、また格別

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うなぎ専門店「本多」のうな丼。「水尾 一味」との相性抜群です

試飲スペースへと移動し、水尾のさまざまな商品を味わわせていただきました。同じ水尾でも、米の品種や精米具合、アルコール添加の有無などにより、そのラインナップは豊富です。
ストレートで香りがシンプルな純米酒、華やかな香りと甘みが特徴の吟醸酒など、味わいも幅広く、どれもとてもおいしい。ぜひ飲み比べてお好みのものを探してみてください。また食事と一緒にいただくか、食前酒として味わうかなど、シーンによって使い分けるのもおすすめです。
もし迷ったら、「水尾 特別純米酒 金紋錦仕込」を。もっとも水尾らしい味わいで、価格的にも手に取りやすく、初心者の方にはまずこちらを飲んでみてほしいそうです。

普通はここで終わりかと思いきや、そうで無いのがこのツアーのポイント。見学と試飲を終えてちょうどお昼時のおなかが空いた頃、蔵元の方と一緒に昼食をいただきます。それもなんと、地元のみならず県外にもその名が知られているという、有名なうなぎ専門店「本多」へ。蔵から歩いてすぐの場所にあり、「水尾 一味」のお燗と一緒に、絶品うな丼をいただきました。うなぎのタレは甘くなく、備長炭で香ばしく焼き上げたうなぎの旨みがしっかりと感じられ、そこにシンプルな一味がよく合います。「こういう地元の味があるからこそ、それに合うような酒を作っているんだと思います」。蔵人の方からそんないろいろなお話を聞きながら、その土地の風土をまるごと味わっているような、とても贅沢な時間でした。

風土まるごと詰め込んだ日本酒の文化的価値を体感する

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蔵人体験ツアーを通じて、日本酒ができあがるまでの流れを実際に見ながら説明してもらい、これまでなんとなくでしか理解していなかったその成り立ちを、しっかりと学ぶことができました。工程ごとに試食・試飲もあるので、米から日本酒になっていくその過程も五感で感じられます。
米のできや環境の違いを見極め、そこから安定したおいしい酒を目指して、各工程で細かいデータを取りながら調整し、最終的には職人の確かな経験と感覚で判断していく。酒を仕込む50日の間に、いかに繊細で手の込んだ技が積み重なっているのかと分かり、日本酒の奥深さや難しさ、その価値を改めて感じました。

「生き物を相手にしているので何度繰り返しても分からないことが多い」と蔵人の皆さんは仰り、日々自己研鑽や研究に励んでいらっしゃいます。そうした真摯で実直な姿勢も、水尾の一本筋が通ったような、すっきりとした酒の仕上がりに反映されているように思いました。

また日本酒は、ワインでいうテロワールのように、その土地の環境や風土、歴史が酒造りに影響を与えています。水尾の場合、近隣の山に降り積もった深い雪が溶け出して湧き水となり、その水が米を育て、仕込み水となり、地域に住む職人によって、地元の食材に合うような酒が造られる。単なる酒造り以上の、自然の循環や恵み、その土地に暮らす人々の営みなども含めて、おいしい酒ができあがるのです。そういったストーリーを踏まえると、いつも以上にお酒が味わい深く感じられるはずです。

蔵人体験ツアーは冬の酒造りシーズンに開催されますので、詳細は田中屋酒造店のホームページをご確認ください(体験内容はその日の仕込み内容やスケジュールによって変動する場合があります)。また体験を伴わない蔵の見学ツアーや、水田や湧き水などの水尾を造り出す原料が生まれる場所へ行くバックグラウンドツアーも不定期で開催しています。これらの体験を通じて、蔵人の想いに触れながら、土地と人が生み出す日本酒文化の魅力をぜひご自身で体感してみてください。

水尾地酒ツーリズム「蔵人体験ツアー」

開催日/10月〜4月の日本酒仕込み時期。詳細はホームページをご確認ください。
https://www.mizuo.co.jp/

時間/8:00〜13:00頃(体験、テイスティング、昼食含む)

定員/6名

予約/開催2日前の16:00までに要予約

持ち物/汚れてもいい服装、着替え、タオル
※作業着、長靴、作業帽子の備品は貸出あり

料金/20,000円(オリジナル水尾Tシャツ、昼食代込み)
※令和6年度の料金です。変更となる場合があります。

注意事項/
・納豆を使用した食事は前日からお控えください。
・ピアスやネックレスなど外れる恐れのある装飾品は外してお越しください。
・清潔な服装と前日に入浴を済ませてお越しください(体験をご遠慮いただく場合があります)。

取材・文:佐藤妃七子 撮影:長野県観光機構(TXデザイン部・佐藤)

<著者プロフィール>
佐藤 妃七子(Hinako Sato)
イラストレーター・編集者
千葉県出身。都内の某出版社で旅行雑誌の編集に携わる。全国各地を取材した経験から、ローカルに魅力を感じ、2017年に上田市に移住。観光関係の広報の仕事や、イラストレーターとして活動中。各地に伝わる文化や風習、温泉、喫茶店、日本酒、民藝などが好き。

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