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新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第37話 『うすだスタードーム』で挑戦する、初めての天体写真

初心者でも、手ぶらで気軽に楽しめる!満天の星空のぞむ『うすだスタードーム』で、初めての天体写真に挑戦しよう。

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手が届かないと思っていた、天体写真

長野県は、宇宙に近い。“宇宙県”と名乗るほど、天文関連施設などがたくさん設置されている。県内のすべての市町村から天の川が見える、と聞けば、その星空の美しさが伝わるかもしれない。

満天の星空を見ると、この感動を誰かに伝えたい、といつも思う。でも残念ながら、それがなかなか叶わない。カメラを構えても、そこに写るのは、目に見えた景色とは全く違う写真。星空を美しく撮れる装備が私にはないし、何より、技術がない。だからとにかく目に焼き付けるのが精一杯で、天体写真は高嶺の花。手の届かない存在だ。

そんな私のような人に向けて、初心者でも気軽に楽しめる天体写真教室を開いているのが『うすだスタードーム』だ。新幹線も走る佐久平駅から、車で30分。まちからの距離感も近いこちらの施設は、開館日には誰でも毎晩天体観測が楽しめる公開天文台として親しまれている。

天体写真教室は、全4回シリーズ。その中でもクライマックスは、最後の撮影会だという。なんでも一番難易度が高く、でも、一番華やかな写真が撮れるらしい。一体、どんな写真を撮ることができるのだろう?ドキドキしながら、『うすだスタードーム』へと向かった。

天文関連施設からもほど近い 佐久市『うすだスタードーム』

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『うすだスタードーム』開館日はいつでも星空を楽しむことができる

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まちから少し離れただけで、比べ物にならないほどの星の見え方(こちらは3回目の天文写真教室で撮ったオリオン座)

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坪根さんが撮った作品たち。館内はギャラリーのよう

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美しい写真がたくさん。こんな風に撮れたらいいな、と憧れる

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特別イベントだけでなく、通常の天体観測も老若男女に大人気だ

2月下旬、19時を過ぎた頃。佐久市の中枢である国道から脇道に入り、10分ほど進むと看板が見えてくる。さっきまでは明るかったのに、ここは漆黒の闇に囲まれている。車のライトを消してしまえば、ちょっと先すら何も見えないほどだ。

地面の感触を確かめながら、恐る恐る車を降り、ふと顔を上げる。すると、明るい場所では気づかなかったたくさんの星が、文字通りキラキラ輝いているのがよく見えた。すごい。少し場所が変わるだけで、こんなにも見え方が変わるのか。

実は佐久市には、天文に関連した施設がいくつか存在している。1984年に設立された『臼田宇宙空間観測所』は、惑星などに近づき観測を行う宇宙探査機のデータ受信や、動作指令の送信を行っている。月周回衛星“かぐや”や、小惑星探査機“はやぶさ”、“はやぶさ2”など、天文に明るくない私でもニュースで見聞きしたことがある錚々たるメンツの観測データが、一番最初に降りてくる場所なのだ。また、その後継として、2021年には『美笹深宇宙探査用地上局』も建てられている。

この辺りは、晴天率も高く、標高も高く、アクセスも良い。日本全国の候補地の中から2度選ばれるほど、天体観測に最適な立地なのだ。

『うすだスタードーム』は、これらの施設から10キロほど。だから、なるほど、納得の夜空の眺めだ。今宵の撮影への期待も高まる。足元をライトで照らしながら、わくわくしながらも、転ばぬように歩こう。

建物の扉を開け、こんばんは、と呼びかける。奥の方から少し駆け足で現れたのが、職員の坪根さん。彼はここの名物案内人(彼を取り上げた記事はバックナンバーをぜひご参照いただきたい)で、巧みなトークでの星空案内が評判だ。また天体写真家でもあり、なんと、小学館の図鑑に自らが撮った写真が何点も掲載されているという腕前。館内にも彼が撮った美しい写真が飾られていて、ついつい見入ってしまう。

「すみませんね、今日は撮影のセッティングで慌ただしくて。いつもは星座を見ながらギリシャ神話をやったり、のんびりしっぽりやっているんですが……。」と、準備に忙しいかたわら、私を迎え入れてくれた。話しているうちにも、次々にお客さんがやってきて、あっという間に20人ほどが集まった。聞けば、他の市町村から来た人や、顔見知りらしき人も多い。とても人気の教室のようだ。

楽しくも厳しい!?天体写真教室

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自分たちで作品作りをするための、熱血レクチャー!

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豪華機材を使える、貴重な機会だ。取扱注意!!

「今日はいつものロマンチック方面ではなく、松岡修造のようにバリバリ厳しくいきます!みなさん、覚悟してくださいね。」という宣言とともに、いよいよ天体写真教室がはじまった。まずは施設内の講堂で、この日のターゲットの星々の話や、撮影機器についてなど、撮影についてのレクチャーだ。

素人には見慣れない色々なものが、机に並べられている。自称“オタク”だという坪根さんの、私物の機材だという。それにしても、(機能も価格も)豪華なラインナップだ。

「バカでしょう?僕みたいな人間は、こんなふうに際限なくお金を注ぎ込んじゃうんですね。それでね、バカって言われると喜ぶんですよ〜。さあみなさん、この機材を運ぶところから撮影は始まります。みんながやるんです。サボっちゃいけませんよ。力を合わせて作品を作ってくださいね!」

自虐ネタも盛りだくさんの軽妙なトークに笑いが絶えないが、みんな真剣に説明を聞く。なぜなら撮影は、基本的に参加者が行うスタイルだからだ。もちろん坪根さんが指示は出してくれるものの、手を動かすのは私たち。自分たちの作品のためには、すべての参加者が協力し合って進める必要がある。

居合わせた人同士、コミュニケーションをとりながら一緒に作品を作り上げる過程もまた、おもしろい。この日は、みんなで協議した結果、“バラ星雲”の写真を撮ることになった。

「戦闘開始!」という坪根さんの掛け声と共に、それぞれ機材を持って『うすだスタードーム』の直径60㎝の反射望遠鏡に向かう。今回はこの大きな望遠鏡を使った、本格的な天体写真に挑戦する。

撮影準備は、時間をかけて、入念に

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坪根さんの指示のもと、参加者が機材を設置

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プロ御用達の“ガチ機材”には、思わず緊張……

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細かな調整を繰り返してやっと撮影ができるようになる

私たちが挑戦したのは、“直焦点撮影”と呼ばれる星雲や銀河を大きく写すための撮影方法。実はバラ星雲のあの美しさは肉眼では見ることができず、写真に撮ってはじめて写し出されるものだという。しかしそのためには越えるハードルがたくさんあり、私たちはそれをひとつひとつクリアしなければならない。

まずはみんなで協力して、撮影機材を望遠鏡に設置する。暗闇の中を光で照らしながらの作業は、役割分担が大切だ。プロも使用する“ガチ機材”である、冷却CMOSカメラと呼ばれる特殊なカメラも、参加者がセットする。みんな大切な機材に傷をつけないように、慎重に動く。
設置が終わったら、画像処理機能が搭載されたパソコンをコードでつなぐ。すると、レンズを通して見える画像がそこに映し出された。

ぼんやりとしか見えないバラ星雲に、直接ピントを合わせるのは難しい。なので、明るい星、シリウスで撮影の下準備をしよう。指示に従いながら、写真の南北を正しく合わせるために、ミリ単位の細かな調整から始める。何度も何度も、納得いくまでトライする。

南北が決まったら、ピントをきっちりと合わせる作業だ。これがまた難しい。“ジャスピン”目指して、みんなで力を合わせて調整をしていく。ここかなというところで試し撮りして、ボケていたらもう少し調整を続ける(ぼやっとした天体写真は、“ダサい”らしい)。

何度か繰り返し、しっかりとピントが合った時には、自然と拍手が起きた。ちなみに、ここまでの所要時間はすでに30分以上。なかなかスムーズには進まないのが、天体写真の醍醐味だ。

緻密な作業のかたわら、坪根さんが天体写真にまつわるこぼれ話をしてくれる。なんでも、南北を合わせるのは、宇宙で起きた突発的な現象が写り込んだ時に備えてなのだという。とんでもない瞬間の写真が撮られたことも今までに実際にあるらしく、そういう時に天体写真は大変貴重な資料になる。すさまじい確率の話だが、宇宙を相手にすると、なんだかそんなこともあるんだろうなあ、と思えてしまうのが不思議だ。

それにしても、2月の夜は、なかなか冷える。望遠鏡の上の屋根は開いているので、屋外にいるのと同じ気温だ。いつもより暖かい日だったとはいえ、しっかりと防寒具を着込んでいないと凍えてしまう。本格的に写真を撮ろうとなると、なんと一晩中撮影を行うこともあるという。尚且つフィルムの時代は、成功か失敗かは、次の日に現像してみないと分からない出たとこ勝負だったらしい。あの星々の写真たちは、まさに、自然との戦いの産物なのだ。

いざ、“バラ星雲”を狙え!

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普段はなかなか触れる機会がない望遠鏡の制御も、自分たちで

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『うすだスタードーム』のメインは口径60㎝の大型望遠鏡

やっと、バラ星雲に望遠鏡を向けていく作業に移る。望遠鏡は機械で制御されているため、別室にあるパソコンで動かすのだという。一般人はなかなか動かせるものではないので、みんなどんなものかと興味津々。

「7千万円を動かせるチャンスですよ!」という、坪根さんの一声に、やってみたい!と手が上がる。パソコンに指令を入力している様子を、みんなが後ろから固唾を飲んで見守る。動かしまーす!という声と共に大きな望遠鏡が動いた時には、おおーっと声が上がった。

再び試写を繰り返して構図を決めたら、いよいよ!待ちに待った、本撮りだ。懐中電灯も消し、できるだけ真っ暗にして撮影開始。撮影時間は180秒、声は写真には写らないが、一同思わず無言になる。
パッとパソコンが明るくなり写真が映し出された瞬間、みんなの歓声が上がった。赤い光を放つ、バラ星雲。それぞれが顔を見合わせて喜んだ。美しい。なんというか、不思議な達成感だ。ちょっと感動するほどの。

今回は“体験”なので、この後にダークフレームと呼ばれるノイズを取り去るための写真をもう1枚撮っただけで終わったが、図鑑に載っているような瞬く美しさの写真は、何十枚も写真を撮って、それを重ね合わせて仕上げていくのだという。憧れの天体写真は、やはり並々ならぬ努力の結晶だと思い知ると同時に、でも、少しやってみたい、という気持ちにもなったのは、おそらく私だけではなかったと思う。

みんなで撮った、みんなの作品

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みんなで協力して撮影した作品。“バラ星雲”を美しく撮ることができた

1時間以上の撮影を終え、最後は暖かい部屋で写真の色調などを調整して、いよいよプリント。データでもらえるのでももちろんいいのだが、写真という質を持ったものを手にすると、その重みはずしりと増す。自分たちが撮った作品だ、と思うとさらに、だ。

「世の中にはいい写真とか、上手い写真っていっぱいあります。でも僕は、自分が撮った写真が一番好きです。やっぱり愛着がありますからね。」

贅沢な機材を使っての本格的な撮影を気軽に体験できる、天体写真教室。すべての回に出席したという方に、以前撮ったという月の写真を見せてもらった。スマホの画面には、クレーターまで見事にくっきり。私もこんな写真を撮ってみたい。

「ね、結構ハマるでしょ?天体写真。」

と、うれしそうに笑う坪根さん。写真を撮ると、星と仲良くなれるんですよ、とも教えてくれた。

「1対1でじっくり向き合ったら、それはもう、デートしたのと同然なんです。だから、皆さんはもう、だいぶ仲良くなっているはずですよ。」


仲間たちと互いの努力をねぎらい合い、また、と挨拶をした。外に出て、再び空を見上げたら、なんだか本当に、不思議と、さっきよりも宇宙を少し近くに感じることができた気がした。

他の星とも、もっと、仲良くなりたい。今度はロマンチックな星座の話を聞きに、訪れよう、と思う。


取材・撮影・文:櫻井 麻美

<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki

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