
TOP PHOTO:飯山市の菜の花公園から見る大関橋。花の黄色、千曲川と空の青色に、橋の赤色が映え、コントラストが景色をいっそう引き立てる(写真提供=長野県)
現地に足を運んで入手できる「橋カード」

長野県の「橋カード」と専用カードファイル。裏面には橋のデータや特徴・歴史などが書かれている

さまざまなインフラカード。橋のほかにも、トンネルや峠、ダム、災害伝承カードなどがある
ダムカード、マンホールカードなど、インフラ施設をテーマにしたカードはご存知の方も多いと思います。全国各地で配布されていて、観光の記念にもらえるとちょっと嬉しい。なかにはカード収集を目的に現地を訪れる方もいるようです。
「橋カード」もそんなインフラカードのひとつ。初めて橋カードの存在を知ったとき、私はとても驚きました。普段何気なく利用しているものがカードになっていることが意外だったのです。
カードになるくらいだから、きっと橋にはすごい魅力があるに違いありません。にわかに橋への興味がむくむくと湧いてきました。橋に秘められた魅力を知るために、長野県建設部を訪ねました。
迎えてくださったのは、技術管理室の大田幸太郎さんと滝澤達彦さん。
「インフラは生活に身近なものであり公共物。つまり、みなさんのものです。“自分のもの”という認識をもっていただき、少しでも興味を抱いていただけるきっかけになればと思い、橋カードをつくりました」と大田さんは言います。

これまで長野県では、橋だけではなく、さまざまな「インフラカード」を発行してきたそうです。トンネルカード、峠カード、災害伝承カード……。配布が終了したものもありますが、これまで発行してきたインフラカードは、なんと10種類以上。
「こんなパンフレットも作りました」と滝澤さんが取り出したのは、長野県の土木遺産などをまとめた『信州の土木 魅力のマップ』。長野県全域にある橋やトンネル、ダム、堤防、堰堤などがびっしりと細かく書き込まれ、その多さに驚きます。
「住んでいる町の周辺をめぐるだけでも、たくさんのインフラ名所に出会えますよ」と滝澤さんは笑います。
長野県は全国有数の“橋の県”

さまざまなインフラのなかでも、長野県は全国有数の“橋が多い県”だそうです。統計(※)によると、長さ2m以上の橋の数は、長野県は2万2247橋で全国10位。長さ15m以上の橋だと、長野県は5635橋で全国5位になるそうです。
「長い橋が多いというのが、長野県の特徴です。一般的に、長い橋というのは『アーチ橋』や『斜張橋』などの構造になることが多いですが、長野県はアーチ橋の数が全国1位、斜張橋の数が全国2位なんです」と大田さん。
その理由は地形にあるそうです。長野県は、急峻な山々や峡谷、大きな河川が多いため、橋の長さが長くなる傾向があるのです。
(※統計出典:『道路メンテナンス年報』国土交通省、『道路統計年報』国土交通省)

「もうひとつの長野県の橋の特徴は、『鉄筋コンクリート製のローゼ橋』が全国で突出して多いということです」と大田さん。ローゼ橋とは、アーチ橋の一種で、アーチと桁の太さが同じくらいの厚みで、橋にかかる重さ・力を両方で分担している橋のこと。
昔、橋は木材で造られるのが一般的でした。それが、大正から昭和初期にかけて、長く使えるものにしようと鉄や石などの材料で架け替えるようになりましたが、戦争が起きると鉄の入手が困難になってしまいました。
長い橋は軽い鉄で造るのが一般的だったので困っていたところ、当時の長野県の技術者・中島武さんが工夫を凝らして生み出したのが鉄筋コンクリート製のローゼ橋でした。中島さんの造った鉄筋コンクリートローゼ橋は、その創意工夫が評価され、日本土木学会の「土木遺産」として認定されています。

橋の楽しみかた

実は大田さんは大の“橋好き”だそうです。これまで全国各地の橋を巡ってきたという大田さんは、橋の美しさについて次のように語ります。
「橋には、機能美、構造美、造形美という3つの美があると思います。やっぱり公共インフラですから、まずは“用途”が大切ですね。次に“強さ”、そして“デザイン”という視点で観賞すると楽しいですよ」
美しさを堪能するためには、どのように橋を見ればよいのでしょうか?大田さんに橋を観賞するポイントを教えていただきました。

佐久市岩村田の鼻面稲荷神社の橋。灯籠を模した親柱が立つ

千曲市の大正橋には、千曲小唄に絵を寄せた画家で詩人の竹下夢二のレリーフや、「恋しの湯」伝説にちなんだ小石(恋し)が散りばめられ、地域の文化が楽しめる

ガス灯の親柱が立つ千曲市の大正橋
【1】遠くから眺める
橋を訪れる前か後に、遠くから眺めてみましょう。山の上や展望台などから見ると、橋がどのような地形に架かっているのか分かります。河川などの要衝に渡されている場合が多いので、遠くから見ると、その場所に橋が架けられている理由が分かりやすいです。
【2】橋の“顔”を見る
橋まで来たら、最初に橋の“顔”を確認しましょう。橋のたもとに建っている「親柱(おやばしら)」はぜひ確認したいポイント(※親柱がない橋もあります)。昔は地域の方々が普請で橋を造っていたりしたので、親柱には地域の文化や歴史を反映した意匠が多くみられます。また、親柱の近くには橋の名前を記した「橋名板」、構造や完成年などを記した「橋歴板」などもあり、基本的な情報が分かります。また、高覧や親柱には歴史や文化を感じさせるレリーフもありますよ。
【3】橋を渡ってみる
いよいよ橋を渡ってみます。橋の上に立つと周囲の見通しがよく、景色が楽しめます。つまり【1】の反対で、橋の側から景色を確認できるわけです。どういう地形に架かっているか、どことどこをつないでいるか、橋の機能を再度確認できます。
【4】下から見る
最後に、橋を下から見てみましょう。横からでも良いですが、下からのほうが橋のダイナミックさをより味わえるので、おすすめです。また、道路が上にある「上路式」の橋(アーチ橋など)は、下から見て初めてその構造が分かります。橋の構造が分かると「こうやって力を分散させているんだ!」と発見や感動を覚えます。観ているうちに、自分が好きな角度ができてくるのも観賞の楽しみですね。

坂城町の「笄橋」の橋名板(写真提供=長野県)

長野市の「村山橋」の橋歴板(写真提供=長野県)
「美術品ではなくインフラですから、橋の機能美と構造美に着目するのが観賞の醍醐味だと思います」と話す大田さん。橋を見に行くと、1時間は現地に滞在して、ゆっくりと観賞を楽しむそうです。お話を伺ううちに、次第に私も橋の魅力に引き込まれていきました。
橋を観賞するには知識が必要なように感じられますが、大田さんは、教科書などを読むよりも、まずは現地を訪れてほしいといいます。
「まずは橋を実際に見て、なんでこうなっているんだろう、なんでこんな場所に架かっているんだろう、などと思っていただくのが、いちばん楽しめると思います」
おすすめ!信州の橋5選
最後に、大田さんに長野県内でぜひ訪れたい「おすすめの橋5選」をお伺いしました。これらの5橋は、橋の近くに公園や駐車場があるので、車を停めて、歩いてゆっくりと観賞することができます。
※以下、大田さん談
■上田ローマン橋(東信/上田市)

上田ローマン橋は、周囲の景色にマッチさせることをすごく追及して造られた橋です。高速道路ができるとき、美しい景観を壊さないようにしたい、地元の方にも喜んでいただきたい、そういう想いでデザインなども含めてかなり悩んで造ったそうです。
長さ715mで、アーチが20個連続しているのですが、鉄筋コンクリート製の連続アーチ橋としては国内最大級です。高すぎず低すぎず、きれいに橋の高さが一定であるのも観賞ポイント。古代ローマの水道橋「ポン・デュ・ガール」に似ているので「ローマン橋」と名付けられました。
■村山橋(北信/長野市・須坂市)

鉄道と道路が同じ面に通っている、国内唯一の橋です。交通量の多い橋で利用されている方も多いと思いますが、国内唯一の特徴をもつことを知っている方は少ないのではないでしょうか。
もともと大正15年に造られ、道路と鉄道を同じ面に通した全国でも珍しい橋でしたので、2009年に架け替えたとき、その文化が引き継がれました。コスト的にもそのほうが安かったという経済的な理由もあったようです。
長野電鉄の車両は、全国各地の私鉄車両を譲り受けていますので、旅行者の方や鉄道好きな方にも楽しめると思います。近くには旧橋の親柱が残されていて、親柱は糸巻きを模したデザインとなっています。なぜ糸巻きなのかは、ぜひ現地に行って調べてみてくださいね。
■坂戸橋(南信/上伊那郡中川村)

国の登録有形文化財に指定されている橋です。1933(昭和8)年開通で、現存する鉄筋コンクリートアーチ橋としては県内最古級。橋のたもとに桜が植えられていて、春は桜とのコラボがみごとです。
もともと渡船場だった坂戸に、明治時代に吊り橋が架けられましたが、危険なうえに維持管理に苦労し、鉄筋コンクリートによる堅牢なアーチ橋が造られました。
この橋は、ぜひ下から観賞していただきたいです。上を通るだけだと平凡ですが、下から見ると、アーチの曲線の美しさや、構造の力強さが存分に感じられます。
■桃介橋(中信/木曽郡南木曽町)

桃介橋は、国の重要文化財に指定されています。木製の吊り橋としては日本最長の247m。コンクリート主塔、石積みの橋桁、木製の桁で成り立つ、美しい吊り橋です。
木曽は昔から林業が盛んな地域で、林業のための資材を運ぶための鉄道が走っていました。桃介橋は、トロッコ用の橋だったのです。その後、林業が衰退して、木曽の産業が水力発電へと転換されていきます。桃介橋は、電力王と呼ばれた福沢桃介が架けた橋で、そこから「桃介橋」と命名されました。
また、近くには三留野宿(みどのじゅく)という宿場町や、福沢桃介記念館・山の歴史館などがあり、観光も楽しめます。
■天龍峡大橋(南信/飯田市)

2019(令和元)年に開通した、長野県内でも比較的新しい橋です。中央道と新東名高速道路をつなぐために建設中の「三遠南信自動車道」の一部で、国名勝・天龍峡に渡された橋です。高速道路なので、橋の上は自動車しか通行できませんが、なんと桁下に歩道が設置されているのです。
天下の名勝・天龍峡に架けられる橋だから、歩行者にも楽しんでもらおうという意図で桁下に歩道が設置された、非常に珍しい橋です。自然と調和するスレンダーなアーチ構造をしています。
歩道を歩いて天龍峡を渡り、ぜひ絶景を楽しんでください。四季折々で美しいですが、とくに紅葉の時期は最高ですね。
【INTERVIEW】

<PROFILE>
大田幸太郎(おおた・こうたろう)
長野県 建設部 建設政策課 技術管理室 企画班 副主任専門指導員。
学生の頃に新潟を訪れた際、萬代橋のアーチの美しさと御影石の意匠に心を奪われてから橋が好きに。現在の長野県建設部では橋梁の担当係長も経験し、計画する橋梁の形式の選定などに関わり、橋への愛は深まるばかり。
<PROFILE>
滝澤達彦(たきざわ・たつひこ)
長野県 建設部 建設政策課 技術管理室 企画班 主任。
社会インフラの整備という仕事を通じて、橋は「道路の一部」から「ひとつの作品」に考え方が変わり、プライベートでもついつい橋の全景を眺めてしまう。現在は建設部の広報業務を担当しており、いかに構造物を美しく撮影し、SNSで「いいね」がもらえるかを勉強中。特に橋は焦点次第で魅せ方がガラッと変わるため、なかなか理想の写真が撮れず悩みの日々が続いている。
取材・文:横尾 絢子
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。
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