知れば知るほど楽しくなる、まちという存在
なぜ自分がこんなにまちを歩くのが好きなのか、自分でもよく分からない。けれど、昔から知らない道を見ればどうしてもそこを通りたくなってしまう癖がある。私の旅には、まち歩きが欠かせない。
道とは不思議なもので、どこまでも続いている。歩いていると、どうしても、この世界とか、時間とか、人生とかについて考えてしまう。私にとって道は、すごく哲学的な存在だ。だからなのか、まちを初めて歩く時には、地図を塗りつぶすように全ての道を歩いてみたい。そうすることで、少しでもこの世界を知ることができるような気がするからだ。
基本的には、まちを歩く時は、ひとり。謎の修行のような行程に、誰かを付き合わせるのは気が引けるし、じっくり景色に向き合いたい。昔からのそのやり方を、踏襲している。
まちを歩いていると、自ずと、色々な疑問も沸き起こる。なぜこの道はこうなっているのだろう、とか、この建物はなんのためにあるのだろう、とか。そんな時には店に立ち寄って話してみたり、地元民らしき人に話しかけてみたりする必要が出てくるのだが、そう都合よく人と出会えないこともある。後で調べようと思っても、あまりにローカルな話題だとインターネットでもヒットしない。
そんな時、まちを案内してくれるツアーは私にとって大きな味方だ。大抵の場合、地元民にしか分からないことが盛りだくさんに詰め込まれている。個人ではなかなか踏み込めないところまで教えてくれるツアーなら、なおさら熱い。今回、そんな熱いツアーを、私は見つけてしまった(こういう嗅覚だけは鋭いのだ)。
小諸のまちの舞台裏をのぞくツアー。しかも何やらかっこいい乗り物に乗ることもできる。行かない選択肢はない。数日後、早速私はツアーの集合場所である小諸駅前へと向かっていた。
エリアごとに色々な表情が垣間見える、小諸の魅力
小諸駅ロータリー。颯爽と現れたのは、丸っこくてつるんとした形の近未来型モビリティ、スマートカート「egg」だ。トゥクトゥクのような風貌で、運転手の後ろの座席に座り、ゆったり外を眺めることができる。小諸では人力車に乗ることもできるけれど、今回は過去から未来へと続いていくまちの姿や、その景色をつくる人々を紐解くツアー。「egg」でまちをめぐるという行為も、その一部になったようでわくわくする。小諸は歴史的なまちなみを単なる“保存”ではなく、“活用”する方向へと舵を切っている。だから、こういう車が走っているのも、なんだか似合う。
早速、ロータリーを出発。物珍しい乗り物に道ゆく人からの視線もひしひし感じるが、それもまた心地よい。近未来モビリティはコンパクトなので、左右にスナックがたくさん並ぶ細い道も颯爽と走ることができる。それにしても、ツアーのはじめにしていきなりディープなスポットだ。
「夜のツアーでは、なかなか行きにくい地下のスナックなどにもお連れしてるんですよ。」
運転手兼ガイドを務める、こもろ観光局の五十嵐さん。ツアー中は何人もの知り合いとすれ違い、その度に挨拶を交わす。まさに、まちをよく知る人だ。なんとも頼もしい。
すいすいとスナック街を抜けると、駅前の『まちたね広場』を通り、北国街道へ。商人街である本町にかけては、江戸後期から明治に作られた歴史的な建物群が並ぶ。そのどれもが時代の変化に適応しながら、今も使われ続けている建物たちだ。商売替えでオープンしたラーメン屋は、地元民にも人気の店だそう。昔ここを通った人が現代の景色を見たら、きっと驚くに違いない。
まちのあり方に正解はないし、その魅力は様々だ。でもやはり、そこに住む人たちがどんな風に考えているかが、まちの景色には滲み出す。昔の景色がそのまま見られるのももちろん素敵だけど、それをうまく進化させながら今の生活に溶け込んでいるまちが、私は好きだ。だから、小諸が魅力的に見えるのだ。
職人街の荒町には、大正時代の看板建築群が多く残る。それらをリノベーションした店が並ぶ地区は、とにかく雰囲気が唯一無二でたまらない。フランス料理レストランやコンセプチュアルなカフェ、デリカテッセン、はたまた味噌屋直営店など、つい吸い寄せられてしまう多種多様な店々が並ぶ。メモが追いつかない。幸せな悲鳴だ。
この辺りで、私は気づいた。このツアーは、参加して終わりではなく、ツアー後にまた自分でまちを歩くためのものだ。こんなに素敵なスポットをたくさん紹介してもらったら、きっと誰もが次は自らの足でその店に赴いてみたくなるはず。少なくとも私はこの時点で、あと5回はここへ来る目的ができた。それだけたくさんのスポットが、小諸の駅周辺エリアにある。五十嵐さん曰く、ここ4〜5年で、50店舗ほどの新規オープンがあったらしい。とてつもないペースだ。聞けば聞くほど、小諸。好きになってしまうではないか。
人の記憶の根底に残る、まち
ツアーの序盤から、中高生が歩いている姿をよく見かけた。コンパクトシティ構想の一環でできた駅近くの図書館や、『こもテラス』と呼ばれるフリースペースの影響もあるという。
「ここができたことで、まちを歩く学生が増えたような気がします。」
自習したり、友だちと目的もなく過ごせたりする場所があることで、子ども達もそこに集まるようになったのだ。
学生時代に歩いたまちの風景や記憶は、今なお自分自身の根底に横たわっている。きっとこの子たちも大人になった時、今見ているまちを思い出すのだろう。それにしても未来のこのまちは、どんな姿なのだろう?子ども達を見て、なんだかしみじみしてしまう。
日も暮れ始める頃、ツアーの最後にはまちを盛り上げようとしている人たちに実際に話を聞くことができる、サプライズ(?)演出が待っていた。まずは駅前から続く相生通りにある『NOVELS』。古本とカフェ&バーのみならずホステルとしても営業している店で、人が自然と集まる場所だ。
「うちは、0歳から常連さんがいるんです。」
笑いながら話すチーフマネージャーの岡山さんの視線の先には、赤ちゃん連れの女性たち。店内には観光客の男性客や本棚を物色する人もいて、とにかく色々な人がいておもしろい。
カフェやバーだけではなかなか来にくい学生たちも、本があることで立ち寄ってくれるという。ふらりと寄れて、誰かと話せる場所がある。それって、とても豊かだ。
小諸のまちをつくっているのは、このまちにいる人たち全て。人がいなければ、まちは成り立たない。だから私は、まちが好きなのだな、とにぎやかな店を眺めながら改めて思う。
さて、そろそろ楽しいツアーも終わりだな、と名残惜しく思っていた折、最後の最後にぜひ、と五十嵐さんに案内されたのは『高野不動産』だ。なるほど、不動産屋でツアーが終わるのか。私たちはすっかり暗くなったまちに明るく浮かぶ店のドアを開き、こんばんは、と店の奥に声をかけた。
このまち、楽しい!の最終系
『高野不動産』の高野さんは、ツアーで見てきた新店オープンにも多数携わり、小諸の転入人口増にも大きく貢献している“おしゃれ田舎プロジェクト”の中心人物だ。だからこそ、最後にここに連れてきてくれたのだった。店やまちの魅力について話を聞きつつも、内心、興奮が冷めやらない。小諸、最高ですね!そんな熱量で食いついてしまう。
「小諸には、人と顔を合わせて、しゃべる。そういう店がたくさんあるんですよ。」
昔は住宅と店舗が一体になっているところも多く、店でおしゃべりして盛り上がれば、そのまま家の中でお茶をして帰ることも少なくなかったのだという。時代は変われど、同じように出会った人とおしゃべりをして買い物をしたり、まちを歩いたり、そういう楽しみ方が小諸流なのだという。
昔からある建物を、活用する。昔からある文化を、形を変えて引き継ぐ。そして新しい魅力にする。今まで見てきたことが全て、ここでつながった感覚だ。さすが、ツアーの最後にふさわしい。しかし個人的にはそれ以上に、不動産屋で締めくくるというコース設定が、なぜかとてもしっくりきてしまった。
観光などで遊びにくることで初めてまちに出会い、魅力に触れる。そのまちに惹かれ愛が極まると、私はいつも最終的に、このまちに住みたい、という気持ちになってくる。実際に私はそのようにして今までいくつかのまちに住むこともあったし、今も、愛している住みたいまちがいくつかある(浮気性なのではない、本命がたくさんいるのだ!)。
もしかして、観光とそこで暮らすことってひとつの線上にあるものなのかもしれない。そんなことを、考えた。家に帰った後はツアーの余韻に浸りながら、高野不動産のHPで物件情報を眺めるのだった。
取材・撮影・文:櫻井 麻美
小諸スマートカート「egg」ツアー
https://www.komoro-tour.jp/blog/id_18407/
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki
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