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信州のミステリースポット「稗之底村」――江戸時代に消えた村のナゾを追う

長野県富士見町には、かつて「稗之底(ひえのそこ)村」と呼ばれる村がありました。江戸時代に廃村になったと言われ、村の実態や廃村の理由などを含め、記録にほとんど残されていない、謎多き村です。どんな人がどんな暮らしを営んでいたのか? そして村に何が起きたのか? ミステリーに迫るため村の跡地を訪れました。

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TOP PHOTO:稗之底村の跡地。八ヶ岳山麓の森の中にある

「幻の村」の謎に惹かれて

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稗之底村に関する文献は少なく、古の人々の暮らしを紐解くのは難しい

「稗之底村」という幻の村がある――。たしかに存在したはずなのに、理由もわからず忽然と消えた村。江戸時代の文献にわずかな記載があるのみで、その村の詳しい実態は不明。

そんな話を聞いたときから、私はこの村のことが気になって仕方がなくなりました。昔から、得体のしれないものや謎なものに惹かれてしまう私。でもそれは私だけではないはず。「知りたい」というのは、人間がもつ根源的な欲求なのかもしれません。

人々はどんな生活をしていたのか。そして村に何があったのか。私の目にふと飛び込んできたのは、長野県富士見町が開催する、稗之底村の跡地をめぐるガイドツアーの案内。これだ!と私は思いました。ミステリーに迫るためには、やはり現地に訪れるのがいちばんです。

コケと巨樹の森が残る「乙事」地区

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アニメ映画「もののけ姫」のモチーフとなった乙事の森

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ガイドの小林伸治さん。ユーモアたっぷりの語りで参加者を楽しませる

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出発前には全員でしっかり準備体操

ツアーが行なわれる場所は、稗之底村址がある富士見町の「乙事(おっこと)」地区。「おっこと」と言えば、アニメ映画「もののけ姫」に出てくるイノシシの神様の名前を連想する人も多いのではないでしょうか。
それもそのはず。美しい自然が残るこの地は、作品のモチーフとなった場所なのです。町には他にも「烏帽子(えぼし)」「甲六(こうろく)」という登場人物の名前の由来となった地名があるそうです。

今日のツアーは、富士見町が年6回開催する「信州ふじみ おひさんぽガイドツアー」のひとつ。毎回ユニークなテーマを設けていて、リピーターも多いそうです。今回の参加者は35名。応募者が多かったため、定員30名のところ、ギリギリまで受け入れを増やしたといいます。

集合場所は「そば処 おっこと亭」。開会式で3つの班に分かれ、それぞれの班に案内役のガイドさんが付きます。私の班を案内してくださるのは、ガイドの小林伸治さんです。
「目的地の稗之底村だけでなく、道中は素敵なお花もたくさん咲いていますので、ぜひ豊かな自然も楽しんでくださいね」
そう言って、歩きながら草花の名前を教えてくれる小林さん。鳥の声が聞こえると、バードホイッスルを取り出して吹き始めました。すると、それに呼応するように、森の中から鳥の声が返ってきます。参加者から歓声が上がりますが、「偶然ですけどね」と小林さんが言い、どっと笑いが湧きました。

水路に導かれて村の跡地へ

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水路に沿って森の中へと進んでいく

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川の上に架かった橋に沿って、水路が流れている。不思議な光景だ

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村があった場所も、今では深い森に埋もれている

小さな川が流れ、水音が涼やかに響きます。
「こういう川を『汐(せぎ)』と言うんですよ」と小林さん。
『せぎ』とは農業用の用水路のことで、「汐」「堰」などさまざまな漢字が当てられるようです。「ここから歩いて10分くらいで源泉があります」と、小林さんは川沿いに森の中へと入っていきました。
後について林道から森へ足を踏み入れると、そこは別世界!川辺の岩はコケに覆われ、みずみずしい下草が生い茂っています。深い森に訪れたような、神秘的で神々しい雰囲気は、アニメ「もののけ姫」の世界そのものでした。

しばらく歩くと、開けた場所に大きなスギの巨木が立っていました。「東出口」と文字が刻まれた小さな石碑と祠があり、その下から水が湧き出ています。
稗之底村の跡地は何カ所かあり、ここはそのひとつ。最初に住んでいた場所が別にあり、人々は何らかの理由で、ここに移り住みました。当時、村人たちは農業で生計を立てていた、と文献には書かれているそうです。

廃村の謎に想像を膨らませて

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「中出口」にある巨石。巨石に刻まれた天を向く矢印は何を意味しているのだろうか

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みなで廃村の理由を考え、稗之底村の謎に迫ります

さらに奥へと進んでいくと、ふたたび開けた平地がありました。「中出口」と書かれた石碑があります。先ほどの「東出口」も「中出口」も湧水地です。また、ここには神社もあり、山の神と水の神がまつられていたそうです。

「さて、ここでなぜ廃村になったのか、皆で考えることにしましょう」と小林さん。
「疫病の流行」「天変地異」「獣害」などと、参加者からはさまざまな意見が出てきます。
小林さんの説明によると、文献には、「寒くて霧が多く、作物がとれなくなった。加えてオオカミやイノシシなどが出て住みにくくなった」と記されているそうです。
このため、村民は、この場所からいったんは別の地へ移住したものの、一部の人たちが戻ってきて、先ほどの東出口に住んだそうです。ですが、結局その人たちの暮らしも立ち行かなくなり、結果的に廃村になってしまいました。

しかし、ここからがミステリーの核心です。
なぜなら、実際には、かなり深刻な理由がないと廃村にまで至らないはずだからです。それまで耕した土地を放棄し、愛着ある土地を離れるというのは、よっぽどの大事件でも起きない限り考えられないといいます。

「廃村の理由は農業ではない」という説も有力で、さまざまな推察がされているそうです。
「『水神の森に怪しいことが起こった』と書かれた文献もあります。“怪しいこと”とは何でしょうか。たとえば、人間ではない人、つまり宇宙人が来て、ここに人間が住めなくなったのではないか。そんな説もあるんですよ」
中出口の集落跡地で、一段高くなった場所には、巨石がまつられていました。石には三角形と天を指し示す矢印が描かれています。
「なぜ、矢印が上を向いているのか。それは宇宙を指しているからかもしれませんね」

道迷い注意!迷路のような散策路

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森の中の散策路は、案内看板がほとんどなく迷いやすい

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森の中は、散策路だけでなく、水路も複雑に入り組んでいる

中出口から、ふたたび散策路を進んでいきます。
「この森は、ひとりで入ると迷うと言われているんですよ。それはミステリーではなく、散策路と水路のせいです。散策路は分岐が多く、道標も整備されていません。さらに水路が複雑に入り組んでいるので、現在地が把握しづらいんです」
現在、富士見町の観光協会では、稗之底村址に行くのにはガイドツアーへの参加を推奨しています。年1回しか実施されないのは残念ですが、人気の高いツアーのため、来年も開催が予定されているそうです。

ほんの半日でしたが、ツアーの間、稗之底村に想いを馳せ、時空を超えるような感覚を楽しむことができました。今はただの湧水地で、村の痕跡さえもない森。でも私には、鋤や鍬を持って田畑を耕す村の人々の姿が、ありありと浮かび上がってくるように思えました。
みなさんも、美しい森を歩きながらミステリーの謎に迫る、そんなロマンあふれるツアーに、ぜひ参加してみてはいかがでしょうか。


取材・文・写真=横尾絢子

【INFORMATION】

◆富士見町観光協会:
https://www.town.fujimi.lg.jp/site/kanko/

◆「信州ふじみ おひさんぽ2024」ガイドツアー:
https://www.town.fujimi.lg.jp/site/kanko/ohisanpo2024.html

<著者プロフィール>
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。

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