人と、はかり 遥か昔より続く関係
はかり。私も含め、普段あまり意識せずに過ごしている人が殆どだろう。改めて思い浮かべてみれば、理科の実験で使うようなものから、家庭で使うものまで、さまざまな“はかり”があることに気が付く。「測る」「計る」「量る」と、漢字も様々なら、はかるものも様々だ。
文明の発展に、はかりはとても重要な役割を果たしているという。エジプト文明の頃に、既にはかりが描かれた記録もあるというのだから、驚きだ。建築物を建てる、取引をする、貨幣や単位を統一する、そういったときに、いろいろなはかりが活躍した。
今もなお、気づいていないだけで、日常の中では色々なものが“はから”れている。つまり、はかりとは、私たちの生活とは切っても切り離せないものなのだ。
『松本市はかり資料館』は、松本城のほど近くにある中町に位置する土蔵づくりの資料館。はかる道具と関連資料約1300点を収蔵し、さらに中庭には擬洋風建築の『旧三松屋蔵座敷』も鎮座している。国宝旧開智学校校舎を建てた立石清重による蔵座敷を目当てに来る人も多く、はかりと合わせて、どちらも楽しむことができる資料館だ。
今回は、はかりの展示品をメインに学芸員の遠山順子さんにご案内していただく。はかりを通じて、見えてくるもの。今と昔の人の暮らしから、“新しい”はかりの魅力に迫っていこう。
いただきものがたくさん並ぶ、『松本市はかり資料館』
⸺今日はよろしくお願いします。“はかり”の世界にじっくり浸りたいと思います。
はい、よろしくお願いします。まずはこちらのことを最初にご説明しますね。
ここ、『松本市はかり資料館』は、明治35年に創業した竹内度量衡店が前身となっています。創業者はここを開く前に東京の金庫屋に修行に行っており、その名前が竹内だったので、ここにも竹内度量衡店と名付けました。
金庫屋に修業に行ったものの、こちらでは養蚕が盛んで“はかり”が必要だということで、はかりと金庫の両方のお店をやっていたようです。
⸺元々はここで、はかり、つまり計量器を売っていたということですね。
はい。50年位前だから、来たことがある方がたまにいらっしゃいますね。そういう方々に聞くと、当時は生活に関わる“はかり”を売っていたとおっしゃっていました。
⸺ということは、ここに展示してあるものも、はかり屋さんにあったものなんですか?
それがそうではなく、展示品はいろんな方からいただいたものなんです。はかり屋さんにあったものは殆どないんじゃないかな。最近、計量士さん方がこちらにいらっしゃったときにも、このはかりはうちの親父が製造会社からもらったのだ、と話されていました。そんな感じで集めたもののようですね。
ですので年に一回、企画展をやる際に、毎年少しずつですけれど、詳細が分からない展示について調べています。はかりって、あんまり資料になる本がないんですよ。大学の先生も専門の方が少ないんです。
⸺それだと、調べるのはかなりご苦労されるんじゃないでしょうか?
調べられるだけ調べてもわからないものは、はかりを作った企業が分かれば、そこに聞くんです。そうすると、非常によく教えてくださいます。ただ、有名な企業でも、なくなってしまったところも多くて、そうなるともう、分からないんです。今でもある企業の方が、珍しいです。
⸺す、すごい。歴史パズルみたいですね!
そうですね、うまくいけば楽しいですけどね。それでもどうしてもわからないものに関しては、正直に分からない、とか、分かる範囲でいつ頃、としかお伝え出来ないんです。
⸺異色の資料館ですね。
狙ったわけじゃないんですけどね(笑)
だから使っていた人がいらっしゃるのは、ありがたいです。
手回し“計算器”からスマホへ 消えゆくはかりたち
⸺企画展は、どういった内容なんですか?
実は、計量記念日というものがありまして。11月1日。毎年それに合わせてやっています。
去年の企画展では手動型の計算尺、掛け算と割り算ができる“計算器”なんですけど、それを取り上げました。あと、手回しの“計算器”。今は会期中ではありませんが、引き続きこちらに展示しています。
⸺(見せていただいた企画展の記事を読みながら)宇宙船にも搭載・・・
そうそう、アポロです。月に行く時代に、手動の“計算器”を持っていったと。電子機器が使えなくなった時のためだったそうです。スタジオジブリの「風立ちぬ」でも、航空機設計の場面で出てきます。
⸺全然知りませんでした!今度じっくり見てみます。
ぜひぜひ。それは、主に技術者が使用していたんです。そろばん検定が今もあるように、当時はこの計算尺にも、検定がありました。 手回しの“計算器”は、80代くらいの方が来た時に、使っていたとお話してくださいました。高価なものなので、会社の経理部で一台だけ、他の人はそろばんを使っていたそうです。
あとは上皿天秤も取り上げました。薬をはかるためのものですね。明治に入り、それまで主流だった漢方から西洋医学の薬に切り替わる時に、分析や実験が増え、より正しく“はかる”ことが求められてきたんですね。それで需要が増加しました。
今はみんな、スマホに電卓が入っていますし、日常で使う“はかり”といえば、体重計とかタイマーとかくらいしかないじゃないですか。こういう消えゆくものを、こちらでは取り扱っています。
⸺改めて、はかる(測る、計る、量る)、と一口にいっても、色々な種類があると理解しました。今はもうなくなってしまったはかりは、子どもたちには新鮮でしょうね。
年配の方には懐かしくて、若い人には新鮮で。はかり売りのお店も減っていますしね。スーパーでは、既にはかってあるものがパッキングされて売っていますよね。サラダ買ってきて、はかり直すことなんてないしね(笑)
ちなみに、取引や証明に使用するはかりは、2年に1回の定期検査を必ず受けなければいけないんです。
⸺きちんとはかれているかどうかを、確認するということですね。
定期検査を通過したものは、検査済み証印のステッカーが貼られるんです。それがないと、お店では使えないんですね。今でもお肉なんかは、その場ではかって売っているじゃないですか。今度ぜひデパートへ行って、確認してみてください。
私も(松本駅近くにある)井上百貨店のお肉売り場に行って、肉は高くて買えないけど、はかりだけ見てますよ(笑)
⸺私も肉は買えないけど、見てみます(笑)
レトロな体重計から見えてくる、健康への意識
⸺展示でひときわ目についたのが、オレンジ色が印象的なこちらなんですが、これは体重計ですか?
「オレンジボール」っていう体重計です。ぜひ乗ってみてください。
⸺いいんですか?でも、目の前で体重をはかるの、ちょっと恥ずかしいですね(笑)
実はこれ、数字が他の人には見えないんです。公共の場所に置かれていたから、そこまで考えたようです。
ここに乗って、設定された料金を入れて、女性か男性か入れて・・・そうすると、今は壊れちゃってるけど、データが印刷されて出てきます。30年くらい前のもので、スポーツクラブなどに置いてあったそうです。
⸺本当ですね、少し角度を変えると数字が見えないようになっています。
これも、調べてもなかなか分からなくて。結局、農機で有名な『クボタ』が作ったものでした。グローバルな会社ですけど、元々は“はかり”もやっていたみたいです。
最近、企業の電話番号って、HPとかにあんまり載っていないんです。だから一般のお客さま窓口のフォームに、いいのかな?と思いながら書き込むわけですよ(笑)
この時は、偶然読んだ方が、『クボタ計装』という計測の方の所にいらした方だったんですね。もう、出会いですよね。そこから詳しい方につないでもらって、すぐに返事が来ました。
大阪の会社なんですけど、その方はたまたま、この資料館にも来たことがあったみたいで。資料をもらったり、色々と教えていただいたりして、詳しいことがわかったんです。
また別の時には、珍しくはかりを専門にしてらっしゃる大学の先生がいらして。これを見て、使った方がいいよ、ってアドバイスしてくれたんです。それがきっかけで、電気を入れてみたら、きちんと動いたんですね。
⸺ずっと置いておいた30年も前のものの正体が分かって、さらにそれが動くって、すごいですよね。
そう、久しぶりにね。あとはこれ、ご存知ですか?座高をはかるものです。
⸺懐かしい!身体測定で、やりました(笑)
嫌でしたよね(笑)
これは徴兵制関連で始まったんです。当時は体格が重要視されたそうで、胃や腸とか、内臓がいっぱい詰まってる上半身の方が、立派で健康であると考えられていたんですね。
⸺すごい考え方ですね(笑)
でも段々と疑問視されてきてね。もう、いらないんじゃないかと(笑)こんなことしなくたって子どもの健康が分かるようになったので、今はなくなったんですね。
⸺健康の捉え方が変わったというのは、おもしろいですね。体重計に関しては、現代ではかなり進化していますし。
いつごろから体重をはかっていたかも、気になりますよね。
体重測定といえばやはり学校の身体測定だから、旧開智学校(松本市にあった明治6年開校の小学校)の史料で調べたら、大正5年くらいからやっていることが分かりました。今と違って、当時は家ではからずに、銭湯などに置かれた体重計ではかっていました。
でも少しずつ安く買えるようになって、現在のように一般家庭にも普及したようです。
⸺こちらは、赤ちゃん用のはかりですね!よく見るとぞうさんのデザインが、かわいらしいです。
これね、よく子どもたちに資料館の中から動物を探してくださいって、クイズを出すの。でも全然気づかれなくて(笑)
昔は子どもが育たなかったから、大きく育て、という希望を持って、こういうデザインになったんですね。
⸺はかりを見ていると、いろんな面から時代の変化を感じますね。
デジタル機器が溢れた今、あえてアナログの体験を
⸺展示でこだわっている部分などはありますか?
体験コーナーに力を入れています。資料館って、堅苦しい雰囲気にしても、楽しめないと思うんです。私が一番うれしいのは、面白かったって言ってもらえること。
こないだ来てくれた子にも、面白い?って聞いたら、「はい!」って言うんです。そんな風に楽しんでもらいたいので、企画展の時にも、必ずひとつは体験できるものを入れています。
さっきお話しした天秤で薬をはかるというのも、プロに協力してもらって、体験コーナーをご用意しています。知り合いの薬剤師さんに色々な人につないでもらって、アドバイスを頂いたんですよ。
⸺そんな風に人がつながっていくなんて、さすがです!!
おばちゃんだからね、人脈だけは持ってるの(笑)その人たちが皆、親切でね。
この時も、最初は知り合いのおじいちゃんの息子さん。薬剤師だっていってたから聞いてみたら、ここに行ってごらんって、どんどんつながってね。結局、最後にご近所の松本薬剤師会の施設に辿り着いたんです。
丁度その日当番だった方に体験コーナーの相談をしたら、「重曹がいいよ」とアドバイスしてくれて。さらに薬包紙も余ってるから、あげるよって。買うと高いから(笑)喜んで取りに行ったりしてね。
⸺最後はご近所に辿り着いたのも不思議ですね。みなさんの親切心からこの体験コーナーが出来上がっていると考えると、とても素敵です。
そうなの、つくづく私は人の縁に恵まれてるなあと思ってね。自然に人がつながっていって、結果的には本格的なものが集まってね(笑)
⸺薬包紙、理科の実験で使った記憶があります。今の子どもたちはあんまり使わないのでしょうか・・・
天秤にのせて、ピンセットで分銅を置いてね。今は授業ではやらないところもあるみたいですね。
粉を戻しちゃいけないとか、分銅は手で持ってはだめとか、本当は決まりがあるんだけど、ここではいいんです。戻してもいいし、こぼしてもいい。
⸺子どもたちがアナログな機械を通じてする体験は、今だからこそ、とても大切に感じます。
薬包紙をくれた薬剤師さん、その方は五十代くらいだったけど、今の若い人たちは使い慣れてないよな、って言ってましたね。薬は専用の機械でビニールに包まれちゃってるからね。
今、不幸な災害が色々な所で起こっているじゃないですか。ああいう時に、電源がなくなってしまったらと考えると、アナログなものも大切なのかなと思います。こういう“はかり”ではかるとか、薬包紙で包むとか、そういう体験をしておくといいのかなあと一緒に話していました。
⸺確かにデジタル機器はどんどん発展していきますが、電源がなくなったら使えないこともありますね・・・
そうなんですよね。知識って邪魔にならないじゃないですか。だから色んな人に体験コーナーで知ってもらえたら、いい機会になるのかな、と思います。
他にもいろいろありますよ。こっちは、碁石をひとすくいしてマスをぴったり満杯にできるか、ってコーナーです。どうぞ、やってみてください。
⸺えーと、一回で、ですよね?どのくらいだろう・・・
ヒント。大概の人は少ないです。
⸺マスって結構入りますもんね・・・このくらいかな?あ、はみでちゃいました(笑)
(笑)こないだご夫婦で来た方も、男性の方がぴったり当ててらしてね。聞いたら、いつも米洗ってるから、って。その経験が、大事なんですね。
お料理の世界では“手ばかり”や“目ばかり”というものがあります。お料理する時、いちいちはかっちゃいられない。だから何回か練習して、“手ばかり”“目ばかり”で大体どれくらいかを理解しておくのだそうです。
⸺確かに、重さなどがどれくらいかっていうのを、実際に体験しながら理解するのは大事ですね。
こちらにある、重りの重さを当てる体験。こないだ来た方が、3キロは見事に当てたけど他は分からないと言うんです。「なんでですか?」と聞いたら、最近、孫が生まれたとおっしゃって。抱っこしてたから、3キロだけは分かると話していました。それを聞いて、やっぱり経験だよなあと思いましたね。
⸺本当にそうですね。全て機械にお任せではなく、自分自身の感覚を養う。はかりの体験コーナーでは、そんなきっかけにもなりますね。
そうですね。毎日やっていることは、感覚でできると思うんです。でも私たちは今、その感覚さえ使っていないですよね。
⸺はかることって本来、すべての人の日常に深く関わっていることなのに、ですね。
そう。忘れ去られている。だからここで、そういうことを思い起こしてもらえればいいな、と思います。
はかりと、出会いと、人と
⸺はかりを通じて、なんだか忘れていたものを思いだすような感覚がしてきました。とても楽しいお話、ありがとうございました!
こんなんで本当に大丈夫ですか?記事にできるか、不安ですけれど(笑)
実は私ね、学芸員の仕事は、第二の人生なんですよ。
⸺えっそうなんですか!?社会人になってから大学に通ったということですか?
そう。40代になってから、大学に編入しました。学芸員になんて100%なれないって思ってたけど、資格を取ったんですよね。興味があることを学ばないと、大学も続けられないと思ったから、卒論も考古学で書きました。
⸺信念がないと、なかなか難しいことだと思います。・・・憧れます。
でもね、学芸員は卒論で書いたテーマに関係する博物館に、みんながいられるわけじゃないからね。私もたまたま縁があって、ここに採用してもらったんです。まさか学芸員になれるとは思ってなかったんで、とてもうれしかったですよ。
というわけで、年がいってるからベテランだと思われちゃ困るんです(笑)この道何十年みたいなね(笑)
⸺なるほど(笑)
でも、そういう経験があったからこそ、お客さんと近い立場でお話ができるのかも、と思っていますよ。
一番最初にお電話した時から、終始気さくに話して下さった遠山さん。第二の人生として、謙虚に、真摯に資料に向き合う姿勢が、話の端々から伝わってくる。ご自身で丹念に調べられた知識と、親しみやすいその語り口で、見事にはかりの魅力に引き込まれてしまった。
博物館にある展示品は、それそのもののみならず、やはり人を通してより輝くのだと思う。展示品に関わった人、その見方を教えてくれる人。学芸員さんを通じた鑑賞は、その人の人生や経験を通したもの。つまり、無機質な知識が昇華したものでもある。だから、このように、響くのだ。
いにしえから今に至るまで、変化していく時代の中で、“はかる”という行為がありつづけた理由。それは、私たちが生きていく上で、やはり欠かせないものだからなのだろう。今、自分自身の五感を使ってそれを体験することの楽しさや、技術が発展していく現代で、あえてアナログに立ち返ってみることにも、大きな意味があるように思えた。
思えば私も最近ではめっきり、自分の手ではかるということをしなくなってしまった。資料館で久しぶりに上皿天秤を体験した時の、ぴったり目盛りと針が合う瞬間の心地よさが、なぜか忘れられない。
家に帰ったら、そこら辺にあるいろいろなものを、はかってみよう。
そう思うと、なぜか子どもの時のように、わくわくするのだった。
取材・撮影・文:櫻井 麻美
『松本市はかり資料館』
☞https://matsu-haku.com/hakari/
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/
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