土人形の里、中野市へ
初詣の時期や季節のお祭りごとなどによく並ぶ素朴な郷土玩具、土人形。誰もが一度は目にしたことがあるはずだ。我が実家の飾り棚にも祖母が買い集めた干支の土人形がまだ並んでいるし、今、ふと顔を上げれば、地元の寺で購入した招き猫が鎮座しているのも目に入る。私たちの生活に馴染みのあるものだが、むしろ近すぎて、深く考えたこともない。多くの人にとって、そんな存在なのではないだろうか。
いつも生活を共にしているのに、私は土人形のことを、何も知らない。もっと、彼らについて、知るべきなのではないだろうか…そんなちょっとした罪悪感(?)から、中野市の『日本土人形資料館』へお邪魔することになった。
長野県の北東部に位置する中野市は、実は土人形の里でもある。斑尾、妙高、黒姫、戸隠、飯綱の“北信五岳”を望むこのまちでは、県内ではもちろん全国的にも大変珍しい伝統的な営みが未だに残っているという。
中野市だけではなく、日本各地の土人形が多く展示される資料館で、今回は、どんなディープな世界を覗き見ることができるだろうか。県内の博物館・美術館を巡るミュージアムツアー第二弾、土人形に出会う旅に、さっそく出発だ。
中野市『日本土人形資料館』 古くから代々続く伝統の土人形
くねくねとした山道を登った先、寺院に囲まれた厳かな雰囲気の中にある『日本土人形資料館』。すぐ近くの丘からは、市街地と北信五岳が見渡せる景色の美しい場所だ。入り口では大きな大黒様が出迎えてくれている。その縁起のよさそうな笑みに、誘いこまれるように館内へと入ろう。
中野市は、二系統の伝統的な土人形が現在も制作されていることから、土人形の里と呼ばれている。奈良家の「中野人形」と西原家の「立ヶ花人形」、京都と愛知という別の場所から、それぞれ江戸時代と明治時代に中野市へと伝わった。同じ地域で異なる系統の土人形が制作されているというのは、他にも類を見ないとても珍しいケースなのだという。
『日本土人形資料館』には学芸員の配置がないとのことで、館長の髙橋さん直々にご案内をお願いした。中野市で育ち、数年前まで他県でIT関係の仕事をしていたという髙橋さん。全く違う分野での経験があるからこそ見える地元と土人形の魅力を、たっぷりとご指南いただこう。
⸺今日は土人形について、もっと知りたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
田舎の一施設で知名度が低い施設ではございますが、取り上げていただきありがとうございます。まずは中野市の伝統的な土人形から見ていきましょう。
まずこちらが、奈良家の「中野人形」の展示です。江戸時代末期から代々型を受け継いで制作していて、今は五代目と六代目に継承されました。元々は京都伏見系の流れで、初代が行商で京都へ行った際に、土人形に惚れ込んだそうです。そこから型を持ち帰っただけでなく、現地の土人形師を家族ごとこちらに住まわせ、土人形づくりを教わったと言われています。
「中野人形」は、縁起物を中心とした題材で作られているのが特徴です。代表作は「帳面大黒」、米俵の上に大黒様が乗っていて、豊作を願うものです。帳面は、商売繁盛を意味しています。
⸺入り口で出迎えてくれましたね!昔から作られているものなんですね。
はい、江戸時代からの型を現在も引き継いでいます。また奈良家ではそれとは別に、様々な種類の創作の土人形も、独自に制作しています。
⸺確かに展示には長野オリンピックを題材にしたものなど、現代的なものも多いですね!昔から引き継がれている型と、土人形師が独自に作った型、両方があるということですね。
そうです。土人形を作る際には型が必要になります。人形の形状ごとにそれぞれの型から、土人形が作られるんです。大きなものから小さなもの、色々なサイズがありますね。
隣の展示室は系統が違う、愛知三河系統、西原家の「立ヶ花人形」です。歌舞伎を題材にしたものや、歴史ものが多いです。こちらは、五代目が引き継いで作っています。
⸺「中野人形」と「立ヶ花人形」、系統によって題材や作風が違うんですね。
そうですね、全く違います。「立ヶ花人形」は川中島の合戦など、戦国武将のものも多いです。歴史ものですね。
⸺比べてみると顔つきや雰囲気も、全然違いますね。二つの異なる系統が同じ地域にあるって、とても不思議です。
そうなんです、大変珍しいことです。今も同一地域内で制作されていることは、中野市が「土人形の里」と呼ばれる所以でもあり、こちらの資料館も作られました。土人形自体が県内でも珍しいんです。
⸺知りませんでした・・・ちなみに他の県では土人形の産地はどのようなところがあるのでしょうか?
ありがとうございます、実はその疑問にお答えするのが次の展示室です(笑)まず、産地のマップをご覧ください。日本全国で、これだけ土人形が作られているんです。
⸺我ながら、良い流れの質問でしたね(笑)なるほど、全ての県にあるわけではないけれど、沢山の地域で作られているんですね。
そうなんです。とはいえ長野県内では、「中野人形」と「立ヶ花人形」だけなので、貴重な伝統なんです。今も中野市内で制作されています。
第三展示室では、日本全国の土人形が並んでいます。そちらもご案内しますね。
日本各地の土人形から感じる、人々の生活
日本各地に土人形はあるが、その中でも「日本三大土人形」と呼ばれるもの。それが、宮城の「堤人形」、京都の「伏見人形」、長崎の「古賀人形」だ。(諸説はあるが、伏見人形は日本の土人形の元祖であるとも言われている。)
『日本土人形資料館』では、日本三大土人形を含めた古今東西の様々な土人形を展示している。各地のものを見比べれば、それぞれの伝統的な文化やお祭りごと、特色ある歴史などが色濃く表れているのが分かる。作った人が、何を見て、何を大切に思い、何を伝えたいと思ったのか。展示を見ながら、そこに生きた人たちの息遣いが身近に感じられる。
土人形は人々の生活に深く根を下ろしていたと考えられており、特に子どもたちは土人形の題材を通じて、人物伝、進行、教訓、格言などを学んだ。それを聞けば、郷土玩具という枠組みを超えた土人形の魅力が迫ってくるはずだ。
⸺各地の土人形を見比べると、干支やお雛様だけでなく、各地の文化が色濃く出たものなど、改めていろいろな種類があるんですね。
そうですね、土地の有名な歴史上の人物を題材とした作品も多いですね。先ほどの川中島の合戦は長野市ですが、中野市にゆかりのあるものですと、童謡のシャボン玉を作曲した中山晋平、“兎追いし~”で有名な“故郷”の作詞を手掛けた高野辰之を題材にした作品があります。奈良家の六代目、奈良由起夫さんが制作したものが入り口に展示しています。
⸺各地の歴史や有名人って、やっぱり違ってきますから、題材でも個性が出るのですね。こちらには、金太郎もありますね。
昔話を題材にしたものですね。土地によっては紙芝居よりも以前から人形を使って劇のような形で伝えるということもあったみたいですね。
⸺紙芝居よりも前!土人形で遊ぶというイメージがあまりなかったので、それは驚きです。子どもたちは土人形から教訓や、その地の歴史に遊びながら触れていたんですね。
そうなんです。お人形遊びのようにしていたそうです。地域ごとに雰囲気が違うのも見て取れます。ちなみにこちらが日本三大土人形のひとつ、長崎の「古賀人形」なんですが、何か感じませんか?
⸺これは・・・中には他のものとは明らかに違うものが紛れていますね。西洋人の服装をしています。長崎だから、オランダとの交易を題材にしているのでしょうか。
はい、やはり時代背景が大きく影響しています。また、色合いにも特徴があります。他の人形と比べて黒基調ですね。こんな風に見比べながら違いを見つけるのも、ここならではの楽しみ方です。
奥の展示室では土鈴を展示しています。個人で集めた日本全国の土鈴を寄贈していただいたものです。見本があるので、よかったら振ってみてください。
⸺音色がとても素朴で、聞いているとほっとしますね。それにしてもこんなにたくさん!個人で集めるのには、相当時間がかかったでしょうね。干支を集めるだけで12年・・・
そう思います。干支もそうですが、色々な種類の土鈴がありますね。ちなみに、小学生が団体で来た時に盛り上がるのは、政治家の似顔絵というか、生首が鈴になったものです(笑)子どもたちが毎回叫んでいますよ(笑)
伝統の土人形、その作り方と手に入れ方とは
私にとっての土人形は、お土産として買ういつでも手に入る量産品。でも、中野市育ちの髙橋さんにとっては少し違うようで、「年に一度しか買えない貴重なもの」なのだそう。
伝統的な土人形が身近にあるからこそ、やっぱり買うなら「中野人形」や「立ヶ花人形」というこだわりも持つ人も多い。しかし、土人形師も少なく作品の希少価値も高いため、量産品のように、いつでも手に入るわけではないのだという。伝統的な郷土玩具の製法とその入手方法について、聞いてみよう。
⸺展示を見るほど、土人形の背景にあるものがじわじわと伝わってきます。最初に、土人形には型が必要だとお話がありましたが、そもそも土人形はどのように作られるものなんでしょうか?
基本的には二枚型から作られます。まず型に粘土を押し当てた後、型から外します。型は、前後または左右で分かれた作りになっていますから、それぞれから外した粘土をひとつに合わせます。そこから乾燥させて、800度で素焼きします。焼いた後に胡粉塗り(白塗り)をして真っ白にして、表面に絵付けするんです。
⸺粘土は、地域で採れたものを使うんですか?
はい、基本的にはそうです。特に中野市と長野市との境にある千曲川沿いで、良質な粘土が取れたそうです。今も川沿いにある立ヶ花地区では、粘土を取ることができます。
⸺地域ごとの粘土の違いもあるということですね。絵の具も泥絵の具を使うんですね。色の特徴はありますか?
絵の具は、土人形師が独自に配合してオリジナルのものをつくります。最初は伏見のものなどと似せて作っていましたが、そこからどんどんアレンジが加えられました。ちなみに、当然ながら型も壊れます。そのような時には元々作っていた人形から型を起こします。そうすると、徐々に小さくなってしまうんですね。
⸺確かに、出来た土人形から再び型を作ると、どうしても小さくなりますよね。
同じデザインの土人形でも、元々の「伏見人形」と「中野人形」を比較して見ていただくと、「中野人形」の方が小さい、なんてこともあります。
⸺大きさの違いから、土人形師の仕事を垣間見られるのも面白いです。でも、小さくなってるとはいえ、江戸から作られているものがデザインとして引き続き作られているとは・・・時代の流れと共にあり続ける伝統を土人形からひしひしと感じます。
そうですね、型が残っているものに関しては、ずっと続いていますから。同じ型で作っているからこそ、絵付けする土人形師の感性も伝わりますね。
実は当館の工房で実際に型抜きもしています。ちょうど今、イベントの関係で奈良家のものを借りていまして。この型は、江戸から続くものなんです。年季が入っていて、他の型とは色合いが全然違いますね。
⸺江戸の土人形師がこれを作ったんですね・・・そう思うと恐れ多くて私には触れないです(笑)
ドキドキしますね(笑)型が欠けたら補強して、大切に今までずっと受け継がれてきたものです。ちなみにこの型から起こす土人形が、「帳面大黒」です。
⸺こうやって見ていると、土人形が欲しくなってきます・・・中野市で作られる伝統的な土人形は、お土産などで買えるんですか?
実は、「中野人形」と「立ヶ花人形」については、年に一回しか買えない土人形なんです。中野市で毎年開催されている“中野ひな市”というイベントで販売されます。ですが、誰でも買えるわけではありません。事前抽選で当たった方が、並んで購入できるものです。お土産コーナーに置いてある人形とは違うんです。
⸺えっ、そうなんですか!簡単に買えないとなると、ますます欲しくなってしまいますね(笑)量産は難しい、貴重な品なんですね。
はい、まさにそうですね。中野市育ちの自分としては、土人形は年に一度、選ばれた人にしか買えない貴重な品、という印象です。由緒正しきもの、ある意味ブランドもの、なんですね。奈良家は約200年前、西原家は約120年前から続いていますからね。
・・・なのですが実は特別に、立ヶ花人形だけ、今こちらで販売しています。知っている方は、見てすぐ購入されますね。こちらの売店では、中野市内にある二つの流派以外の創作土人形の工房の作品も合わせて販売しています。
⸺知る人ぞ知る、秘密スポットですね!!!展示のみならず、販売でも、土人形ファンは訪れるべき資料館ですね。土人形の伝統がこれからも続いていってほしいと願いますが・・・後継者問題はやはり付きまとう世界ですよね。
そうですね、どこも同じくそうですね。西原家は五代目の後はまだ決まっていませんが、こればかりは一子相伝のような、家の中で代々引き継ぐものですので・・・部外者がどうにかするのは難しいですが、ぜひ続いていってほしいですね。
体験型資料館で、“推し”の土人形を見つけよう
⸺こちらでは絵付け体験もできるんですよね。
そうです、こちらの胡粉塗りした状態の人形を購入していただいて、絵の具で絵付けすることができます。手乗りサイズですと、大体一時間くらいでできますし、すぐに乾く絵の具を使用しているので持ち帰りも可能です。
⸺こちらには、描き方見本もありますね
一番は、目なんです。人形は“顔が命”とよく言われますが、やっぱり大事です。黒く塗った丸に、白く点を入れるだけで雰囲気が違いますね。でも、必ずしも見本通りにする必要はなく、好きなように何でも絵付けできますよ。
⸺確かに目を描くことで、一気に生気がふきこまれます。
そうですね。絵付け体験には小学生の団体様がいらっしゃることも多いですが、同じ人形を絵付けしても全然違うものが出来上がります。個性があって、面白いです。
⸺あ!長野県ではお馴染みのキャラクター、アルクマの土人形もありますね!?かわいい!
はい(笑)ただ、これは個人的に楽しむために絵付けしたものになりますので、販売はしていないんです。よかったらぜひ作ってみてくださいね。
このような絵付け体験以外にも、来年度辺りから実際に土人形を触って遊んでもらうコーナーの設置も計画しています。お子さんを始めとして、ままごとのように土人形に触れ合っていただけたらと考えています。
⸺昔の子どもたちがしたように、土人形で遊びながら、自分たちの土地を知ることにもつながりそうですね。
そうですね。また、小学生などが来られた時には、かっこいい人形、かわいい人形を探してね、と声をかけています。お気に入りがあると、そこからどうやって作ったのかな、という興味につながっていきますね。
私自身もここに来た時に、お気に入りの土人形をまず探しました。見ていると色も、大きさも、表情もみんなそれぞれ違って、魅力があることに気づきましたし、土人形に対する印象も変わりました。
⸺髙橋さんのお気に入りの土人形、気になります!
私のお気に入りは、奈良家の「帳面大黒」です。名刺にもこの写真を入れているんですよ。
⸺言われてみれば、先ほど頂いた名刺に大黒様が!お気に入りの布教ができるっていいアイディアですね。
そうですね(笑)地元(長野県中野市)では土人形のことを親しみやすく「土びな」と呼んでいます。みなさんもぜひ資料館で、“推しびな”を見つけてみてください。
土人形の魅力は、「変化していくところ」。髙橋さんはそう教えてくれた。絵付けした後、特に外側をコーティングすることなくそのまま飾られるため、どうしても年月とともに少しずつ劣化していく。でもそれが、経てきた時代を反映した“味”になるのだ。実際に資料館には、ヴィンテージものの土人形がいくつか置いてあり、色は褪せ、少し剥げてしまったところもある。でも、時代を今に伝えるその佇まいは、他の何よりも存在感があり、自然と目が惹きつけられてしまう。
取材も終盤に差し掛かった頃、実は奈良家の六代目とは同窓なんです、と彼は笑った。中高と同じ学校に通い、最近も酒を飲み交わしたばかりだ、と。数年前に中野市に戻り、再び土人形を通じて縁がつながった。不思議なものですね、と話す髙橋さんに、ちらりと少年時代の面影を見たような気がした。
資料館の一月からの企画展には、中野人形の新作が並ぶ。六代目奈良由起夫展、題には『不易流行』と付けられている。変わらないものと、変わっていくもの。二人のエピソードを聞いた後にその言葉に触れ、胸が熱くなる。
今は通り過ぎてしまうありふれた日々の景色も、いつかそれを懐かしく感じる時が来るのかもしれない。展示を見ていると、そう思う。土人形は変わらない日常の景色を少しばかり輝かせてくれる、温かい存在だ。
お気に入りの土人形を見つけに、ぜひ資料館に足を運んでみてほしい。私もまた、“推し”に会いに出かけようと思う。
取材・撮影・文:櫻井 麻美
『日本土人形資料館』
☞https://www.city.nakano.nagano.jp/docs/2014011701328/
『中野ひな市』
毎年3月31日に事前抽選により中野土人形(中野人形・立ヶ花人形)の展示即売会が年1回開催される。
☞https://hinaichi.com/
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/
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