美術館・博物館をもっと楽しむ方法が、ここにある
美術館・博物館が好きで、大小問わずよく訪れる。でも、自分の知識だけでは、展示を読み解くのが難しいことがよくあり、もどかしい。そんな時の心強い味方が、学芸員さんだ。彼らが案内してくれる館内ツアーなどでひとたびその知識を浴びれば、目の前の展示が今までとは全く違うように見えてくる。まるで魔法使いみたいに、私たちの見えている景色を変えてしまう。だから、私の憧れの職業のひとつは、“学芸員”だ。
長野県は、美術館・博物館がとても多いが、まだまだその魅力を理解しきれていないような気がする。もっと、学芸員さんが語るディープな世界を、知りたい。彼らの見ている世界を、見てみたい。そうだ、聞きに行けばいい。学芸員さんの熱き思いやこだわりを知れば、見過ごしていた展示の魅力に気づけるはず。美術館・博物館天国、長野を、さらに楽しむことができるのではないだろうか。
そんな個人的な思いを電話越しに一方的にぶつけたにもかかわらず、快く受け止めてくれたのが、今回の取材先、『鉄の展示館』だ。ここでは、美しき刀剣が堪能できるという。どんな世界を見ることができるだろう、わくわくが止まらない。半ば仕事だということも忘れつつ、現地に向かった。
“刀匠のまち” 坂城町の刀剣専門博物館『鉄の展示館』
坂城町にある『鉄の展示館』は、日本でも珍しい刀剣専門の博物館で、鉄の加工技術の変遷を学びながら、数々の刀剣を鑑賞できる。“刀匠のまち”とも呼ばれる坂城町、その所以は、坂城出身で人間国宝でもある刀匠、宮入行平氏の功績と、彼が育てた宮入一門会の現在にまで続く活躍にある。伝統的な刀剣は、今もなお若い世代に引き継がれ、新しい作品が生まれているのだという。
今回は主任学芸員の時信さんが、美術品としてのディープな刀剣の世界を案内してくれる。元々は埋蔵文化財担当で発掘作業に携わっていたという経歴の持ち主だが、刀剣に関しても幅広い知識をお持ちだ。
「近くに宮入一門の道場があるから、刀について色々と教えてもらえるんですよ。」と、さらりと言うので聞き流しそうになったが、思わず、えっ!と声を出す。ご自身で学ばれたことのみならず、刀匠から直々に得た知識を私たちにも分け与えてもらえるのだ。
不定期に行われるイベントでは刀匠が訪れ、直接話を聞くことができたり、実際に作品に触れながら鑑賞できたりと、刀匠のまちにある博物館ならではの取り組みも行われているという。すごい。ここは、すごい場所なのだ。
さて早速、刀剣について、お話を伺おう。ちなみに私は、恥ずかしながら刀剣について全くと言っていいほど知識がない。そんな素人にも楽しめるよう、はじめに鑑賞のポイントについてご指南いただいた。
刀剣の鑑賞の作法を学び、その美しさを体験しよう
⸺私のような素人が刀剣を鑑賞するために、知っておくべき点を教えてください!
今日はせっかくなので、実際に刀を触って鑑賞する作法をお伝えしますね。そして、見るべき点を覚えましょう。展示を見る際にも、ポイントは同じです。
それでは、はじめましょう。まず、刀に一礼します。そして、静かに手に取ってください。最初に、真っ直ぐに立て、全体的な「姿形」を見ます。どんな感じで反っているかなとか、手元と先でどれくらい幅の差があるのか。切先(きっさき)と呼ばれる、先っちょの三角の部分の形も見てみましょう。手の中で裏返し、反対からも見ます。全体的な姿を見たら右手で刀を持って、布を左手で持ち、そこに刀を寝かせましょう。
二つ目のポイントは「刃文(はもん)」と呼ばれる部分です。目線まで刀を持ち上げると見えます。左が刃で白く見え、右側の三分の二くらいは黒く見えますね。白と黒の境にゆったりとした波模様がありますが、実はこの模様そのものが刃文ではないんです。光にかざして持ち上げてみると、白と黒の境目に縁取るように、ひときわ輝いて見える線があります。これが刃文です。自分で角度を変えながら見てみましょう。
最後が難しいんですが、黒く見えている部分の、特に手元の方をのぞき込むと白い線のようなものがうにょうにょしてます。これが「地鉄(じがね)」と呼ばれる、三つめのポイントです。刀は、鉄の塊を叩いて伸ばし、折りたたんでを繰り返します。その折り返し鍛錬の時にできる層が、その白い線として痕跡が残るんです。流派によって、特徴が出ます。それを見ることで、時代や流派が分かるものもあります。
⸺抑えておくべき鑑賞ポイントは、「姿形」、「刃文」、「地鉄」ですね。それは、流派によって違うものなんですか?
刀ごとの違いもあるし、流派で似ていることもあります。例えば地鉄を見比べてみてください。白く浮いてるものもあれば、ほぼ無地のものもあります。これが時代の違いです。
⸺確かに・・・地鉄もですが、刃文も全然違いますね!
のこぎりのようなギザギザした刃文や、ゆったりとした波のような刃文。それぞれ岡山県と神奈川県あたりで発展した流派です。このような違いを見るのも、おもしろいですね。
個性も入れつつ伝統も大切に “まとまった”名刀を目指す刀鍛冶たち
⸺若い刀鍛冶の方もいらっしゃるんですか?
今やっている企画展「お守り刀展覧会」だと、宮入一門の一番若い息子さん、三十代かな、まだ刀鍛冶になりたての方の作品もありますよ。
⸺とても厳しそうな世界ですが、一人前になるには、やはり時間がかかりますよね・・・
親方の所で最低五年修行した後に、文化庁が主催する「美術刀剣刀匠技術保存研修会」で刀を作ることができれば合格、刀鍛冶として認められます。国が定めた人しか、刀は作っちゃダメなんです。
⸺やっぱり伝統を引き継ぐというのは、大変なことなんですね。
日本刀は、平安時代の中頃から作られています。千年以上の歴史がある中で、名刀と呼ばれるものがいくつかあります。現代の作家さんも好き勝手にやっているのではなく、例えば、鎌倉時代の名刀を目指して作ろう、というように、お手本になるような時代や作家や流派があるんです。
展示を見ると、刀によって姿形が全然違いますね。鎌倉時代の名刀を目指して作っているもの、南北朝時代に流行った刀に近いもの、それぞれです。さらにそれに、自分の感性を入れ込んで作っています。
⸺自分の好みを織り交ぜてオリジナルを作っていくのも、楽しそうです。
はい。ただ、自分好みに走り過ぎちゃうと、時代性と感性が合わなくなってしまいます。コンクールでは、審査をされますから、この形にこの刃文はありえないよね、ということでだめなんです。
⸺あくまでも名刀が基準で、時代ごとの刃文や形に、ある程度沿わなければならないんですね。名刀の影響力、すさまじいです・・・ちなみに素材はどうなんでしょうか?
現代の刀鍛冶さんは、基本は玉鋼(たまはがね)を使います。某有名アニメにも出てきましたね。昔は日本各地に製鉄をやっていた所があって、産地によって色合いや風合いなど、鉄の雰囲気が違ったんです。
⸺そうですよね、昔の鉄と今の鉄では純度が違いそうです。
現代の玉鋼は品質が良すぎて、不純物も少ないんです。昔の鉄は不純物が多かった。製品になった時に、地鉄に面白みがあるんです。今のものだけで作ると、きれいになりすぎてしまう。なので、江戸時代なんかの古い鉄を玉鋼に混ぜて、独特の肌合いを出します。それが一番うまいのが宮入一門です。宮入の刀は、地鉄に特徴があるんです。
⸺混ぜ具合によって、地鉄の色や模様が変わる、と。
でも、困ったもんで、混ぜりゃいいってもんでもないんです。混ぜてるんだろうなっていうのが分かり過ぎちゃうと、自然な風合いがなくなってしまう。そうすると品がなくなってしまうんです。
⸺分かる人には分かる、“品”ですね!・・・深いです。
刀の良し悪しは、全体のバランスで決まります。形が良くても刃文がおかしければだめだし、刃文が名刀と見紛うほどきれいでも、形がおかしければ全く評価されません。なので、やはり姿形、刃文、地鉄、この三つがバランスよく整って、“まとまって”いるのが大切です。
⸺基本が大事。鑑賞する側もそれが理解できていれば、見る目も変わってきそうです。
そうですね。三つのポイントにプラスして見るとしたら、持ち手の部分。「茎(なかご)」といいますが、ここにも線が入っています。自分で作った鉄製のヤスリで削った痕です。ヤスリの目が等間隔に並んでいたり、方向もそれぞれです。
⸺本当だ、削った感じが残っています。職人の技の痕跡が垣間見えるようです。
そして、とどめはやっぱり、「銘」です。作者の名前が書いてあります。これが整ってないといけません。
⸺えっ!じゃあ汚い字じゃダメなんですか!
はい、ダメです。なので刀鍛冶として修行に入ったら、書道教室に入る人が多いです。下積みにも耐えなければならないし、センスも求められる世界です。基本的に刀鍛冶は教えてもらえないので、親方がやっているのを見て自分で学ぶ必要があるわけですから、すべての人が一人前になれるわけではありません。
⸺その厳しさを潜り抜けた者だけが、刀鍛冶となり、このような作品が生み出されるというわけですね・・・なんだか、拝みたくなってきました。
ミリ単位のこだわり!輝く刀剣の展示の秘密
⸺見るポイントを教えていただいて、より作品を味わいながら鑑賞できそうです。それにしても、どの刀も美しい輝きで、眩しいくらいです!
『鉄の展示館』では、今話した三つのポイントを見てもらいたい、という気持ちで展示をしています。一番のこだわりは、刀の角度と、ライトの角度です。まず刀を正確に見ようと思うと、真横から見ないといけません。でも光が上手く当たらないと刃文が見えません。刀そのものと光源の位置との、絶妙な角度を見極める必要があります。
⸺角度によって全然見え方が違いますね!すごい!
刀と目線を合わせてもらった時に、刃文がうまく見えるように置いてあります。ひときわ光が輝くはずです。刀をまず置いて、長さを図って、照明の角度を調整して、ひとつの刀につき3つのライトを当てるようにします。右から見れば、左のライトで輝き、左から見れば右のライトで輝きます。真上からのライトで、地鉄がよく見えます。ライトを当てた上で、お客さんの目線を想定して行ったり来たりしながら、角度を何度も微調整します。
⸺この輝きは、時信さんの陰の努力の結晶なんですね。色々な方向から見ると、姿形だけでなく、刃文や地鉄が浮かび上がってきます。より刀の魅力を感じられますね。
実は、他の博物館などでもそうかと言われると、そうでないことが多いです。理由はいくつかありますが、ここで使うような電球がないタイプのケースに置いちゃうと光りません。また、飾っている学芸員さんが刀のことを分かっていないといけません。自分もここに来てから刀のことを学びましたし、全ての学芸員が刀剣の専門知識を持っているわけじゃないですからね。ただポンと置いてあるだけだと、その魅力はやっぱり見えないですね。
⸺そうですよね。展示だけでなくお手入れにも、手間暇がかかりますし・・・
ここは近くに刀鍛冶さんがいますので、展示の入れ替えっていうと、彼らも喜んできてくれるんです。
⸺そ、それは頼もしすぎますね!!
その時には他の人の作品や古い名刀を、実際に手に取って見られますからね。通常はそんなこと出来ませんから。
⸺お互いにとって良い機会ということですね。お手入れするときは、どんな感じでされるのですか?
錆びてないか、傷がないか、というのをチェックしながらします。これなんかも、ここら辺に傷があるんですが、見てわかりますか?
⸺・・・全く分かりません。
そういう全く分からないレベルのものを、記録につけたりしながらやっています。特にコンクール展の出品を受け付けた時には、時間をかけ、複数人でやります。元々傷があったかどうかを、きちんと確認するんです。
⸺レンタカーと同じ制度ですね。
やっぱり他人様のものを借りる時は、神経を使いますね。
刀剣オーナーになる刀剣女子も!昨今の現代刀事情とは
⸺最初に触り方を説明していただいた刀は、よく見ると年号が入っていますね。
そうですね、銘に作者の名前と依頼主、作った年号が入ることもあります。さっきの刀は昭和三十四年でしたね。
⸺そんなに古いのに、輝きは現役ですね。
錆びさせないように管理しています。名刀と言われるのは鎌倉時代のものですが、今でも全く見劣りしないです。名だたる武将や大名が持っていましたし、粗雑にはされていませんでした。中には、合戦で使った跡があるものもあります。刀と刀がぶつかった時の傷が見えるんです。こちらでも展示内容によって、昔の刀の展示がされる時があります。
⸺そう思うと、なんだか少し怖さもありますね・・・もしかしたらこの刀で、人を切ったのかもとか・・・怨念がこもってたりとか・・・
女性の方だと、そういう傾向の方が多いです。実は最近、刀が欲しくて手に入れようとする方が、若い方にも多いんです。刀剣女子と呼ばれたりもしますが、そういうところから入って勉強して。でも、古い刀だと何に使ったかわからないから、怖いという方もいます。
⸺刀剣オーナー!一般人が刀を作ってもらうことが、できるんですか!?
はい、現代刀の職人に刀を作ってもらうことが、ここ数年多いです。若い刀鍛冶さん達は各地のイベントなどにも出ていて、そこで知り合って、いいなあと思った人に作ってもらうみたいです。刀の善し悪しだけでなく、感性が合う合わないもありますからね。
⸺ちなみに、諸々はどれくらいかかるのでしょうか・・・
大体小さめのサイズで若い人なら50万円くらい、ベテランの刀鍛冶さんなら200万くらいですかね。刀そのものだけでなく、完成品にするまでに研ぎ師さん、彫金や鞘(さや)の職人さんの力も必要ですから、期間は注文してから早くて1年くらいはかかります。
⸺そんなにたくさんの職人さんが関わって刀が完成するとは、知りませんでした。
「柄(つか)」の所に巻いてある糸は柄巻(つかまき)師、「鍔(つば)」は金工の人が作るし、「下げ緒」という紐も真田紐とか専門の職人さんです。伝統の継承は難しいですし、経済的にも厳しい面も、やはりありますね。刀鍛冶や研ぎ師は、まだ若い方もいらっしゃいますが、鞘を作る人、特に漆を塗る漆職人が高齢化していて、これからの課題だと思います。
⸺この日本伝統の美しさが、未来に続いていってほしいと切実に思います。最後に、『鉄の展示館』にいらっしゃる方に向けて、どんな風に展示を楽しんで欲しいですか?
そうですね・・・よく刀に吸い込まれそうだとおっしゃる方がいます。多分そういう方は、光の角度によって見えたり見えなかったりする刃文が、意識しないで見えているんですね。だから感覚的に吸い込まれるように感じる。そんな風に、刀の美しさに魅力を感じてもらえたら、と思います。
ポイントを教えていただいた後に展示を見ると、さっきよりも刀の細部が目に付くようになった。実際に刀にも、触らせてもらう。ずしりとした鉄の重み、そして触った部分から感じる冷たさや鉄の匂い。これが鋭利な刃物であるという事実に、じとりとした汗がにじみ出る。
光を当てながら、まじまじと刀を見る。そこにある、刀鍛冶が手をかけて作業した痕跡に気づけば、この刀が作られた過程が頭に浮かびあがってくる。伝統の工法は、時代ごとに変遷していきながらも、遥か昔から引き継がれたもの。それが、現代の刀鍛冶によってこうやって形として手に取ることができることに、時代を超えた魂を感じる。時信さんや刀匠が見る世界を、少しだけではあるけれど垣間見れば、そんな風に脈々と続いていく歴史が自ずと立ち表われてくるようだ。思わず刀の前に、立ち尽くしてしまった。
『鉄の展示館』では年間五回の企画展を行っており、様々な刀剣を見ることができる。“刀鍛冶のまち”で体験する刀剣の美しさは、やはり格別。写真では伝わらないその計算された輝きを実際にその目で見て、刀剣の魅力にどっぷりと浸かってほしい。ちなみに、初心者のための刀剣講座は次回は夏を予定しているという。ディープな刀剣の世界に足を踏み入れてみたい人は、ぜひ訪れてみてはいかがだろうか。きっとその輝きから、目が離せなくなるはずだ。
取材・撮影・文:櫻井 麻美
『鉄の展示館』
☞https://www.tetsu-museum.info/
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/
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