7年に1度、だけじゃない、長野
2022年の長野は“7年に一度”が、たくさんある。有名な神社仏閣の一大イベントが目白押しで、日頃は信心深くない私も、これは見逃してはいけないと、今から予定を立てている。長野には、伝統的な神事・祭事なども多く(中には“奇祭”と呼ばれるものも)、それらと長野の自然や人々の生活が深く関わり合っているのが興味深い。なんだか手の届かないような存在も、民話や祭りのエピソードとして語られると、親しみを感じられるから不思議なものだ。
そんな各地から人がたくさん集まる有名な場所だけでなく、実は町中にも私たちの日常と深く関わり合う神聖な場所が沢山ある。そのうちの一つが、佐久にある『新海三社神社』だ。自然の中にひっそりと佇む姿にはとても趣があり、なにより静かに過ごせるのが良い。ひとり、または少人数で訪れたい場所。吸い込まれるような美しい森の中へ、旅に出よう。
人と自然の境目の土地へ
せり出した瓦屋根や立派な蔵が印象的な、古い屋敷が立ち並ぶくねくねした道。対向車が来ないことを願いながらなんとかその道を走り抜け、最後に坂を上りきった所にあるぽっかり空いた所が、神社の駐車場だ。車を降りて振り向くと、思わず声が出てしまうほどの眺望が目に飛び込んできた。ここ何日かで長野の冬が本気を出して、すっかり雪化粧された町並みや、その民家を取り囲むような山々。圧倒的な白の美しさに感動しながらも、神社の奥はどうなっているだろうか、という不安が頭をよぎる。駐車場に他の車はいない。雪に埋もれてしまわないように気を付けながら参拝しよう。
神社は木々に囲まれた山の中に位置している。社殿へと続く道の左右には立派なケヤキやスギがそびえ立ち、つい立ち止まって見上げてしまう。葉っぱに付いた雪が風と共に上から舞い散って、きらきらと消えていく。人気がなくしんと静まり返った森だが、鳥の声がせわしなく響き、雪には動物の足跡もたくさん残っている。ここは、動物が住む場所と、人間が住む場所の、境目なのかもしれない。
雪が積もると、そこに存在した“もの”たちの気配が感じられ、今、ここにはない景色が臨場感をもって現れてくるから、おもしろい。動物だけでなく、人の動きもありありと見える。通路や階段は歩きやすいように除雪され、靴の後もいくつかある。この場所を大切に思っている人たちが、やってくれたのだろう。立ち止まり、手を合わせて引き返したのか、小さい祠に向き合うように揃った足跡もある。その営みに、思わず心温まる。
さて、滑らないように階段を登り、まずは拝殿へ。『新海三社神社』には、拝まねばならぬ場所がたくさんあるのだ。
諏訪湖の波音がする石をめざして
始めに拝殿でのご挨拶を済ませ、雪を踏みしめながらさらに進むと、奥に東本社が見えてくる。ここに祀られている興波岐命(オキハギノミコト)は、この佐久地方の開拓の神とされ、実は諏訪湖の“御神渡り”ともゆかりが深い。御神渡りの際にできる氷の筋の一つは“佐久之御渡(サクノミワタリ)”と呼ばれ、これは、興波岐命が諏訪大社上社にいる父神に会いに行く跡なのだそう。
諏訪湖。ここから車で2時間弱ほどだろうか、神様の一歩はきっと大きいのだろう。湖が割れてせり上がる自然現象もさることながら、神様が渡る、そんな風に目の前のものを捉えた昔の人々の感性には恐れ入る。残念ながら2022年は見ることができなかったが、私たちの日々を過ごす場所に、神様が期間限定でお目見えする大イベントである。
境内には“御魂代石(ミタマシロイシ)”と呼ばれる、龍が描かれた石造物もある。囲われていて近づくことはできないが、耳を当てると諏訪湖の波音が聞こえると伝えられている。小さい頃に、貝殻を耳に当てたことがある人なら、きっとグッとくるはずだ。実際に耳を当てることができないのが、本当に残念でならない。どんな音がするのだろう。
「……今年はお父様に会えずに、残念でしたね。……」東本社の前に立ちながら、なんだか神様が身近に思えて、つい、そう思ってしまう。ロマンあふれるエピソードは、いつの時代も私たちの心を掴むのだ。
美しさが調和する場所
奥に進むにつれて、雪の深さが増す。雪まみれになりながら、三重塔へ。こちらは894年に建立、室町時代に再建され、重要文化財にも指定されている建築だ。ぽつんと誰もいない森の中に佇む、塔。木材から感じられる年月の重み。緻密に組み込まれたそれらは、背景の自然に溶け込むように、そこに存在している。まさにわびとさびを感じさせる、ただただ静かに、じっと眺めていたくなるような佇まいである。『新海三社神社』には、三重塔をはじめ、東本社、神楽殿など特徴的な建築が多く、じっくり見ているとあっという間に時間が過ぎる。静かな環境だからこそできる、楽しみ方だ。
長野の厳しくも豊かな自然の美しさと、人の手が作り出す時代を超えた美しさ。それぞれが調和して、この森の中にある。桜の季節には、また違った表情を見せるこの三重塔は、きっと誰よりも春が来ることの喜びを知っているのだろう。ひっそりとした森の中で、誰も知らない秘密を知った時のようなうれしさがこみ上げる。それぞれの営みが緩やかに交わりながら続いていくこの地は、やはり、特別な場所なのだ。
さあ、そろそろ町に戻ろう。たくさん歩いてお腹が空いたので、腹ごしらえだ。
心と体も温まる店 『フルーツおばさんのCafe 花水木』
雪深い森を後にして15分ほど、ドライブも気持ちがいいコスモス街道(国道254号線)を走ると、内山峡へ差し掛かる。左右にはごつごつと切り立つ奇石が沢山あるので、よそ見をしないように注意しよう。信州サンセットポイント百選にも選ばれた、“屏風岩”に落ちる夕日がよく見えるポイントに『フルーツおばさんのCafe 花水木』がある。
店のドアを開けるとニッコリ迎え入れてくれたのはフルーツおばさん(そう呼ぶには恐れ多い、上品な方なのだが)こと、オーナーの山口さん。店内はとても明るく、暖かい。それは多分、彼女のおかげだ。おしゃべりをしていたら、森ですっかり冷えた体がどんどんと緩んでいくのがわかる。程なくして、常連客と思われるグループが続けて入ってきた。そのやりとりからも、山口さんとお店がとても愛されている様子がうかがえる。関係ないこちらも思わず笑顔になる。
店名の通り、こちらには季節のフルーツをふんだんに使ったメニューが沢山あり、どれもおいしそうで目移りしてしまう。トースト、カレー、ピザ、サンドイッチ。様々な色が散りばめられた料理は、宝石箱の様に美しい。中でも、1年を通じて旬毎に楽しめる季節のパフェが人気だそう。魅力的なメニューばかりで迷うが、今回はイチゴを使ったパフェを注文した。パフェ。どれも捨てがたいが、やっぱりパフェは、キング・オブ・スイーツだ。思い浮かべるだけで、こんなにも幸せな気持ちになるのだから。
旬のフルーツを、愛でる
「お待たせいたしました。」という声と共にテーブルに現れたのは、華やかに咲いたイチゴパフェ。オーナー曰く、デザインに一番力を入れているそうで、360度どこから見ても“映える”ように丁寧に作られている。これは、もはや芸術だ。私は今から、芸術を食べようとしている。とにかく、ここぞとばかりに写真を撮りまくった後、スプーンを手に取る。
もちろん、見た目だけではない。生クリーム、ソルベ、アイスクリーム、ゼリー、ソース、イチゴ以外のアクセントとなるフルーツが重なり、一口毎に味が変化する。単独で口にするのと、合わせて口にするのとで、また違う表情を見せるのがおもしろく、どんどんと口へと運んでしまう。そういえば、注文する時にこんな話をうかがったのを思い出した。
「パフェは大きくても、フルーツが沢山ですし、皆さんぺろりと食べちゃいますよ。」
今、私の目の前から、芸術が消えようとしている。いや、むしろこれらの過程、全てを含めてのインスタレーションなのではないか。自然の恵み、そこから人の手で作り出す調和、そしてそれを五感を使って味わう。とにかく、美しさを摂取した幸せな充足感が、体全体に広がっていく。とても贅沢な午後だ。窓の外の白く雪がかった岩々を眺める。パフェを食べた後なのに、なぜか、私の内側は温かい。今日も、良い旅をした。
美しいもので、心満たす旅
体に必要なものと同様に、心を健康に保つための必須栄養素に、“美しいもの”があるのではないか、と思う。なんだか心がしおれているときには、美しいものを堪能する時間が、私たちには必要だ。自然の中に、人の手の作り出すものの中に、身近な場所に、どこに見出すのでも構わない。じっくりと、心ゆくまで。さあ、美しいもので心満たす旅に出よう。
取材・撮影・文:櫻井麻美
<著者プロフィール>
櫻井麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に 移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ご す。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/
閲覧に基づくおすすめ記事