【長野・上田】新しい年、名湯・鹿教湯温泉が発信する注目のトレンド=“ニュートロ”案内(前編)
今、Z世代が反応するカルチャートレンド=“ニュートロ(new × retro)”。過去のリアル経験に基づく“温故知新”とは異なる「前世紀の昭和レトロは最先端トレンド」という解釈と感性。また若きマーケッターやイノベーターたちもSDGsの視点からこの“ニュートロ”に注目しています。
「鹿に化身した菩薩がその源泉を教えた」という伝説から命名された長野県上田市・鹿教湯(かけゆ)温泉。江戸時代以降、屈指の湯治湯として知られ、環境省より国民保養温泉地の指定を受けています。最近、この昭和レトロな温泉文化を育む鹿教湯温泉に時代の変化に敏感な若者たちの姿を見かけるようになりました。地元=老舗旅館の次世代経営者や飲食店オーナーとゲスト=県内・県外からのZ世代旅行者が織り成す、鹿教湯温泉を舞台とした現在進行形の温泉カルチャートレンドの湧出を前編・後編に分け紹介します。
レトロな温泉街の小道に灯る氷の明かり。それは浪漫と出会う道標だった。
2022年1月6日。上田駅温泉口15時発のシャトルバスに乗った。上田駅ー鹿教湯温泉間を走る専用バス。翌月2月28日まで1日各5便の特別運行する。乗客は湯治のため訪れたという高齢者夫婦、若いカップル、上田市にある大学へ通う学生2名。そしてカメラ三脚を携えた30歳前後の男性。佐久市と松本市を結ぶ国道254号線の中間地点、鹿教湯交差点から温泉街へ右折。すると突然、昭和時代を背景にした小説に登場するような光景が広がる。時刻は16時少し前。30分後には冬の薄暮を作り出す今日最後の陽光が古びた旅館と火の見櫓を薄紫色に染め始めた。
15時40分。定刻どおり終点・鹿教湯温泉バス停に到着。ここは温泉街の中心に位置する小さな交差点の一角。辺りには数軒の飲食店や商店が建ち並び静かな活気が佇んでいた。乗客たちはそれぞれの目的場所に向かう。予約した宿まで徒歩3分。チェックインを済ませすぐに温泉街の散策に出る。20分前に下車した交差点周辺、そして今夜開催されるイベント会場へと続く湯端通り。その先に切れ込む狭小な渓谷にも夜の彩りがその濃密さを増していた。取材の下見を兼ねて川に架かる五台橋を渡り、その正面に組まれた急峻な石段を上ると長野県県宝・文殊堂の境内に立つ。すでに深い藍色に変色した帳に薄らと浮かび上がる仏堂。左手では透明なドーム型グランピングテントの設営が進められていた。もうすぐこの神聖な高台にインスタレーションが舞い満月のような明かりが灯る半球が姿を現す……。さらに漆黒の深みを増した石段を戻ると、まるでレトロな時空へといざなうように氷灯ろうの炎がふわりと揺れていた。
New(ニュー)とRetro(レトロ)が調和した鹿教湯温泉“夜宴”の幕開け。
46段の石段を上ると妖艶な光をまとった文殊堂が夜宴の来訪者を待っていた。1709年(宝永6年)に再建立された県宝の歴史的建造物を彩るライトアップ。地元次世代のリーダーたちのアイディアだ。深山幽谷の趣きに満たされる清廉な渓谷に異空間を構成する文殊の姿。大規模なインスタレーションとは異なる時間の流れ。最初は歓声とともに撮影に興奮していた人たちも、やがて無言のままシャッターを切る。
文殊堂の右手、少し離れた場所に温泉薬師堂があった。鹿教湯温泉の薬師堂は文殊堂より遅く1700年代後半に造られたらしい。歴史深い温泉地と薬師堂は必須の存在。鹿教湯温泉は古くから湯治の聖地として知られていたことはご存知のとおり。1956年、現在の鹿教湯病院のルーツとなる鹿教湯温泉療養所が開設。この薬師堂の静寂な空間に立っているとライトアップの演出効果も相まって“医の仏”を崇める重さがよりリアルに感じられた。 「ここには何度か来ていますが、この光景は初体験で、とても感動的です。写真撮りまくっちゃいました。混雑していませんし、景色に集中できます」と関東から訪れた家族が話してくれた。子どもたちはその先に設置された“光る”ドーム型テントに興味津々。何度も両親の手を引いた。
文殊の森に出現した『こたつバル』という灯りの球体空間。それは宴の舞台だった。
9色の衣を羽織る江戸時代・元禄建立の県宝・文殊堂。あたかもその宴席のように雪の境内に浮かぶ透明なドームテント。鹿教湯温泉の若手有志が発案・実施した今季初開催のイベント『こたつバル』。門灯の役目を担う伝統の氷灯ろう……最新のラグジュアリーなグランピングのはずなのに、その二つのコンテンツの融合が、いにしえに存在したかもしれない巨大な灯ろうに思えてしまう。伝統と斬新の見事な調和。小規模の開催だからこそ感じるだんらんと“暖らん”。それはまさに鹿教湯温泉そのものだった。
18時半ばを過ぎたころ、二人の女性がテントに入った。それぞれ手には発泡どんぶりと透明のパッケージ、そして缶ビール。入室しこたつに足を入れると辺りの景色を確かめるように見回した。どんぶりの中身はおでん、フードパックには焼き鳥が詰められていた。会話は聞こえない。けれどとても楽しそうだ。3張りあるテントのもう一つに先ほどの親子の姿があった。子どもたちは少し緊張した表情。けれど大人になってもこの体験を忘れないだろう。きっとずっと。
撮影・文:Go NAGANO編集部(サトウ)
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