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ディープ戸隠ルポ・めくるめく『鬼女紅葉伝説』の世界へ

長野県長野市北部の中山間地に位置する「戸隠」。『天の岩戸神話 *1』ゆかりの神々を祭る戸隠神社が鎮座し、国内有数のパワースポットとして多くの参拝・観光客が訪れる。
一方で、歴史深いこの地には、あまり知られていない伝説の舞台が点在している。
そのディープスポットをまとめた〈とがくしカルタ *2〉の中から、今回は『鬼女紅葉(きじょもみじ)伝説』ゆかりの地を巡った。
めくるめく『鬼女紅葉伝説』の世界へ、いざ。

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*1 天の岩戸神話:詳細については https://www.jinjahoncho.or.jp/shinto/shinwa/story3
*2 とがくしカルタ:戸隠の自然、歴史、文化などをまとめたカルタ。地元有志団体“戸隠を知る会”が制作した。商品化に向けて準備中。

『鬼女紅葉伝説』とは?

平安時代、武将・源経基の側室であった、美しく聡明な女性〈紅葉(もみじ)〉は、正妻を呪い殺したとされ、流罪に。流れ着いた先は……戸隠と隣接する鬼無里だった。
当初は、村人と仲良くしていた紅葉だったが、やがて悪事を働く、鬼女に変貌。悪名を聞きつけた朝廷は、平維茂に鬼女紅葉の討伐を命じる。紅葉一党と平維茂軍の激しい戦いの末、紅葉は征伐された...と戸隠では語り継がれている。

『鬼女紅葉』が住んでいたといわれる荒倉山の山中。鳥居をくぐると二つの洞窟が現れる。ここに紅葉が住んでいた…?

鬼女紅葉は何処に?平維茂が矢を射て居場所を占った〈矢本神社〉

さて、今回の旅は戸隠神社がある観光エリアより南側の農村地帯が舞台。長野市街地から国道406号線を進み、古宮バス停を左に入って約1kmのところにある〈矢本神社〉(矢本八幡宮)からスタート。

紅葉討伐のため戸隠へ攻め入った維茂だったが、巧みな妖術で姿を隠す紅葉の足取りがなかなか掴めず、居所を占うべく矢を放ったという。その場所に建つのが〈矢本神社〉で、境内には矢を射る際に足を掛けたという、“ふんばり石”が残っている。
鳥居の先は見晴らしが良く、荒倉山や矢の刺さった場所の〈柵(しがらみ)神社〉(矢先八幡)が一望できる。なるほど、居所を見極めるには最適な高台だ。

境内には杉や桜の木が立ち並び、風にそよいだ葉のこすれる音が心地よく、石灯籠に宿る苔は趣深い。平維茂は、気持ちを落ち着かせて、矢を放ったのだろう。この場所では自然と心静かになる。

本殿の中から。鳥居の遠方、維茂が放った矢が刺さった場所にある〈柵神社〉が見える

朝一番に訪れた〈矢本神社〉。朝日が気持ち良い

鳥居の先から見える景色。荒倉山や集落が一望できる

維茂が矢を放つ際に足を掛けたという、“ふんばり石”。境内のすぐ横にある

凛とした佇まいの石灯籠に、情緒あふれる苔。なんと美しい

本殿の中には、個性豊かな天井画が

☞《矢本神社(矢本八幡宮)》 MAP

まさにディープな〈柵神社〉

〈矢本神社〉から、維茂の足跡を追ってみる。車を10分ほど走らせ、維茂の放った矢が刺さった場所に建つ〈柵神社〉へ。
途中、『鬼女紅葉』の墓といわれる、鬼塚に立ち寄る。諸説あるが、維茂が紅葉の首を埋めた場所とされ、大きな五輪塔が一つと、小さな五輪塔が十数個並んでいる。日陰だからだろうか、それとも何か……ここは、ひんやりとしている。

鬼塚から道路沿いを北へ歩くと、西ノ矢というバス停があって、近くに鳥居が建っている。鳥居の先に目を凝らすと、長く続く階段の先にお社が見えた。鬱蒼とした境内。ディープさ極まる、ここが〈柵神社〉だ。

〈とがくしカルタ〉
「も」 紅葉の墓 ひときわ大きな 五輪塔
「や」 矢本・矢先・西の矢と 維茂射た矢が 地名に残る

住宅と畑の合間にある鳥居をくぐると、突如として漂う異世界感。緑茂る中、社殿の赤い屋根が見える。

階段を登り、社殿へ。何回数えても階段の数が合わない。

柵神社社殿。右側には、「余吾将軍平維茂紅葉狩遺蹟之碑」と書かれた碑がある。

社殿の彫刻が見事。どこか丸みを帯びていて、愛らしくも見える。

柵神社に行く途中、立ち寄った鬼塚。紅葉の墓と伝わる場所に大きな五輪塔が建っている。その前にある赤い箱は何なのか。

大きな五輪塔の近くには、小さな五輪塔が並んでいた。これは、紅葉一党を供養するものか、はたまた維茂軍のものか。

☞《柵神社(矢先八幡)》 MAP

激戦の地、もみじ美しいキャンプ場と紅葉の住んでいた荒倉山へ

いよいよ紅葉と維茂の激戦の地へ。車で所要時間15分。田んぼの間の道路を抜け〈荒倉キャンプ場〉に着く。キャンプ場一帯は、紅葉か維茂が毒を盛ったり盛られたりした場所であることから「毒(ぶす)の平」と呼ばれている。いろんな意味で、ドキッとする。

紅葉の最期については、諸説あって、毒を盛られ首を斬られたとも、現在のキャンプ場まで攻め入った維茂軍が紅葉の妖術に悩まされながらも進撃。乱戦の末、紅葉を斬り伏せたともいわれている。

車を停め、ガイドさんの案内のもと、キャンプ場内からのトレッキングコースを歩き、紅葉の住処だったという、紅葉の岩屋を目指す。紅葉が討ち滅ぼされたという竜虎ヶ原(りゅうこがはら)を過ぎ、台所にしていたという釜壇岩(かまだんいわ)、酒宴を開いていた舞台岩、釜壇岩や舞台岩を守るようにしてそびえる屏風岩、冷たく清らかな紅葉の化粧水と呼ばれる湧き水。いくつもの史跡に足を止めつつも歩みを進めると、赤い鳥居が見えてきた。

キャンプ場を出発して、気づけば1時間ほど経っていた。赤い鳥居の先には、口を開けて待ち構えている生き物のような、二つの洞窟が見える。左側が紅葉が住処としていたといわれる紅葉の岩屋だ。
戦々恐々としながら、紅葉の岩屋に入り、滴る水に背筋をぞくりとさせたのも束の間。ガイドさん曰く「ここが本当の住処ではないかもしれない」。「え?」。

なんでも、紅葉を偲んで岩屋を訪れた際に、「ここは本当の住処ではない」とお告げを聞いた人がいたので、周囲を探してみたところ、新たな岩穴を発見したという。
その岩穴は、紅葉の岩屋からさらに30分登ったところにあり、“奥の岩屋”と呼ばれている。奥の岩屋までの道のりは、急峻であるというので、今回は断念。紅葉の住処には、そう簡単にたどり着けないのであった。

戸隠では斬られてしまうような悪い鬼女だったと伝わる紅葉だが、隣の鬼無里では、村人たちに縫い物や養蚕といった技術や知識を与えた貴女として、その存在が伝承されている。

〈とがくしカルタ〉
「ぬ」 縫い物を 伝えた紅葉 荒倉山

荒倉キャンプ場の一角には能舞台があり、『鬼女紅葉伝説』の地にちなんで、立派なもみじの木が後方に描かれている。伝説を基にした紅葉狩という能の一曲もある

今回案内いただいたガイドさんは、『鬼女紅葉伝説』の語り部から、荒倉山のトレッキングコースの整備までを担う、御年83歳の高森さん

トレッキングコース途中にある釜背負岩(かましょいいわ)。鬼が釜を背負って逃げる姿に似ていることから、その名が付いた。猿の横顔にも見える

トレッキングコースは整備されていて、迷うことは無さそうだが、どことなく怪しい気配のするディープな道のりが続く

そびえ立つ屏風岩。何者も寄せ付けない凄みを感じる

紅葉の化粧水。紅葉はこの水で洗顔していたといい、その美しさの源だったとか

1時間ほど歩いて紅葉の岩屋(左側柵のある方)にたどり着く。右側の洞窟は前庭とも呼ばれている。上を見上げると、もみじの葉が揺れていた

《荒倉キャンプ場》の紹介

5~10月営業。持込テント1泊1,300円~。
別途駐車料金が必要。要予約。
予約先:長野市商工会戸隠支所(TEL:026-254-2541)
https://www.go-nagano.net/topics_detail6/id=731

☞《荒倉キャンプ場》MAP

紅葉と維茂を弔う〈大昌寺〉

旅の最後は、紅葉の菩提寺〈大昌寺〉。荒倉キャンプ場からは車で10分ほどのところにある。真っすぐな参道を、ゆっくり歩く。雲から透けるやわらかい光……心が温まる。大昌寺にある位牌には、敵対していた紅葉と維茂が一つにまつられている。

大昌寺表参道にある大迫力な巨木、『鎮守の熊杉』。〈長野市指定記念物〉

田んぼの間の参道を行く。訪れた9月半ば、稲穂が綺麗だった

大昌寺の境内にある観音像。近くには紅葉と維茂それぞれの供養塔が建っている

大昌寺所蔵の“紅葉狩”の各場面を描いた画幅。戦いの様子が臨場感たっぷりに描かれている

大昌寺には、紅葉と維茂を一つにまつる位牌がある

☞《大昌寺》のMAP

おわりに

今回の『鬼女紅葉』の痕跡を巡る旅は、これにて終了。各所、どちらかというと暗く冷たい場所で、踊り出したい気分には到底ならなかったが、なんというべきか。紅葉が悪い鬼だったとも到底思えないのだ。このもやもやも、“紅葉の力”ゆえなのだろうか。魅了されたというべきか、呪術にかかったというべきかは微妙だが、紅葉に誘われ、ディープな戸隠を垣間見ることができたのは間違いない。

荒倉山は、木々が色付く秋のトレッキングには絶好のコースでもある。是非、地元ガイドさんと一緒に歩いてほしい。そして教えてほしい。皆さんにとっての『鬼女紅葉伝説』とは?紅葉は鬼女か、それとも貴女なのかを。

撮影:武井智史 取材・文:松尾奈々子 イラスト:前田久美子 撮影協力:高森和男

*松尾奈々子
1993年生まれ。長野市出身・在住。元記者、現観光地広報担当。果物店の娘。大好物はイチゴ。顔は大福に似ているといわれる。よく食べ、よく眠り、よく働くがモットー。人の話を聞くことが好き。

今回歩いた荒倉山のガイドツアーはこちら

https://togakushi-21.jp/guidetour/(戸隠観光協会HP内)

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