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連載企画『ヒトタビ=とびっきりの人と出会う旅』Vol.2 酒蔵体験を通じて、まちの文化を醸造する 『KURABITO STAY(クラビトステイ)』

「⼀度(ひとたび)会って気が合えば、何度でも⾏きたくなる」。
⼈に会いに行く『ヒトタビ』は、長野県内のとびっきりの人と出会ったGoNAGANO編集部・旅人の目線からつづった、記録と記憶のドキュメントです。

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目指すのは、酒蔵を起点に拡がる新しい観光とまちづくり。
関わる人の心に火をともす!
長野県佐久市臼田・KURABITO STAY(クラビトステイ)

 

長野県佐久地域は千曲川の最北端に位置し、良質な水に恵まれた地域。古くから酒どころとして知られ、今でも13の酒蔵がある。そんな佐久市の臼田エリアにある創業300余年の橘倉酒造の敷地内に2020年、日本酒造りの体験施設兼ホテルの『KURABITO STAY(クラビトステイ)』がオープンした。

車を駐め、『KURABITO STAY(クラビトステイ)』まで続くさらさらと流れる小川を辿って行くと見えるのは、杉玉。日本酒に詳しくない私でも、酒どころだと分かる目印だ。オリジナルの手ぬぐいを頭にかぶり、橘蔵酒造さんの法被といういでたちで出迎えてくれたのは、田澤 麻里香さん。『KURABITO STAY(クラビトステイ)』の代表である。

小柄で柔らかい雰囲気の田澤さんだが、普段は埼玉県和光市にて旦那さんと息子さん3人で暮らし、週末は長野に戻って『KURABITO STAY(クラビトステイ)』を運営。2拠点生活を両立させながら事業を経営する起業家だ。

 

法被に手ぬぐい姿で出迎えてくれる田澤さん ©️ヒトタビトーク

 

日本酒造りの“蔵人”になれる世界初の体験施設

 

ここに滞在する人は、酒蔵に宿泊するだけでなく“蔵人”となって、その時期に実施される酒造りの作業を実際の酒蔵で体験することができる(体験プログラムは1泊2日または2泊3日の2種類がある)。もとは酒の仕込みの時期に新潟方面から職人さんが来て冬のあいだ寝泊まりしていたという築100年の古民家をリノベーションし、2020年春に酒蔵体験ホテルとしてオープンした。

 

リノベーション前の軒先の様子 ©️KURABITO STAY

 

リノベーション後の様子 ©️KURABITO STAY

 

一階は滞在する“蔵人”たちが朝食を取ったり、日本酒を味わったりする場所。この地域の他の酒蔵のお酒や、地元の作家さんが作った陶器なども並び、気に入った物は購入できる。

 

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』のロゴには日本酒造りをする“蔵人”になれる場所(酒蔵の屋根)と“蔵人”(人)の両方の意味が込められる。©️KURABITO STAY

 

座布団まで『KURABITO STAY(クラビトステイ)』のロゴが! ©️ヒトタビトーク

 

2階の客室写真 ©️ヒトタビトーク

 

2階は各“蔵人”が寝泊まりする宿泊スペース。客室は全て個室で質素な造り。滞在しながら職人さんの擬似体験ができる。“蔵人”たちは翌朝早起きをし、日本酒造りに取り掛かる。 現在の『KURABITO STAY(クラビトステイ)』の客層の8割は”おひとりさま”。日本酒通も多いらしく、なかなかできない蔵人体験を楽しみつつ、参加した仲間との絆も深まるそうだ。

 

店頭に出す前の大事な作業であるラベル貼りも体験。©️KURABITO STAY

 

時期によって取り組む作業も違うため、リピーターも多いのだとか。©️KURABITO STAY

 

「時期によってできる事も変わり、作業量も違います。急な作業もあるので、先週のお客様には過去最高に働いていただきました(笑)。日本酒について詳しく知りたいという方ばかりなので、思いがけず貴重な体験ができたとみなさん喜んでくださいました」。

“蔵人”たちが仕込みに携わった日本酒は、約50日後に自宅まで届けられる。(国内ゲストに限る)蔵人体験が貴重なのはもちろん、自分たちが仕込んだお酒を飲めるとなれば、喜びもひとしおだ。出来上がったお酒も一段と美味しく感じるだろう。

 

国内だけでなく海外からもユニークな体験を求めてゲストが集まる場となってきた。 ©️KURABITO STAY

 

参加した“蔵人”は必ず橘倉酒造の大ファンになるそうだ。『KURABITO STAY(クラビトステイ)』は宿泊施設としても、酒蔵としても全く新しいお客様との関係性を紡いでいる。

 

主婦から起業家へ。ギアが入った瞬間

 

田澤さんの地元はお隣りの小諸市。大学進学で上京し、旅行会社やワイン商社で働いた後、結婚と出産。しばらく埼玉で専業主婦をしていたが、いつかは社会復帰したいと考えていた。そんな矢先、目に留まったのが一般社団法人こもろ観光局(長野県小諸市)の開設に伴う”地域おこし協力隊”の募集案内。要件に旅行会社経験者と書いてあるのを見て、運命を感じ応募。旦那さんのサポートもありつつ、当時2歳だった息子さんを連れて埼玉と小諸の2拠点生活がはじまった。

 

柔らかな雰囲気で話す田澤さん ©️KURABITO STAY

 

地域の観光に携わるという事で、まずは地域の事業者さんをヒアリングして回る。
「地域の事業者さんにヒアリングすると、みなさん“こんな所、何も無いよ”と言うんです。自分たちの地域に自信が無くて。頭のいい人ほど、何も無いとかできないっていうんですよ。こうなったらだめになるってリスクばかりを想像してしまうので」。

本当に何も無いのだろうか?

一旦は地元を離れUターンした田澤さんだからこそ持つ、外からの視点で見つけたのが酒造りの文化だ。唯一無二の豊潤な自然環境に育まれた”佐久13蔵”を、観光と結びつけて何かできないかと考え始めたという。

 

佐久市内にある13の酒蔵のお酒 ©️KURABITO STAY

 

「蔵人体験ができる宿泊施設は日本に無いし、“日本に無いって事は世界で初めてじゃん”と」。
田澤さんは地域の人とも丁寧に距離を縮めて、事業のアイディアを磨き、2018年に橘倉酒造の井出民生社長(現会長)に相談。“面白いね。田澤さんだったら、ここ好きに使っていいよ”と快諾をいただき、『KURABITO STAY(クラビトステイ)』は歩み出した。

その後、小諸市で行われた“みんなの夢アワード”で事業プランを発表した田澤さん。結果は、グランプリ受賞。

 

“みんなの夢アワード”授賞式での田澤さん ©️KURABITO STAY

「最初は起業する気は全く無かったんですが、2,000人くらいの観客の前で ”酒蔵ホテルやります!” と断言してしまったので、これも運命なんだろうなと。人生一度きりだし、挑戦してみようと思って」。

田澤さんは、挑戦は難しければ難しいほど燃えるタイプ。
コンペでのグランプリ受賞は、完全な追い風になった。

 

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』が地域へもたらす変化

 

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』は、泊食分離スタイル。滞在客は、臼田のまちなかに繰り出して昼食や夕食を楽しむことができる。蔵人体験だけでなく、まちで過ごす時間そのものが魅力的な観光コンテンツとなるため、地域側の協力が不可欠となる。創業当初からインバウンド客をターゲットとしていた田澤さんは、地域の飲食店さんに声をかけ、インバウンド客とのコミュニケーションスキルアップを目的としたセミナーや勉強会を開催し、丁寧にビジョンの共有を重ねた。

 

新酒が出る時期には“蔵人”たちと酒蔵や地域の人が交流できるイベントも開催された。 ©️KURABITO STAY

 

「“来るからよろしく”ではなく、地域の人たちみんなが気持ちよく受け入れることができて、“地元のことを知ってもらえてよかったね”と心から思えるような準備をいろいろとしました」。

そのかいあってか、まちとしての心理的な受け皿もでき始め、提携してくれるお店も増えてきた。現在、『KURABITO STAY(クラビトステイ)』では滞在客に”USUDA KURABITO FRIENDLY MAP<ウスダクラビトフレンドリーマップ>”(日英2言語)が配られる。『KURABITO STAY(クラビトステイ)』から徒歩圏内で、“蔵人”たちにフレンドリーなお店(提携店)を示しているオリジナルマップだ。

 

USUDA KURABITO FRIENDLY MAP<ウスダクラビトフレンドリーマップ> ©️KURABITO STAY

 

取材ロケハン中、ランチ場所としてふらっと入ったお店も実は提携店。名物のモツ煮は濃いめの味付けで、具沢山。箸が進む。©️ヒトタビトーク

 

KURABITO FRIENDLY(クラビトフレンドリー)の提灯が目印 ©️ヒトタビトーク

 

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』をきっかけに、国内外から訪れる多様な人がまちを歩き、地元店とつながっていく。そこでは、一部の観光に携わる人たちだけが動くのではなく、いかにまちの人や地元住民も通うお店が面となってのおもてなしができるかがカギとなる。その状況を作り出すために、田澤さんは地域とのつながりを作る活動にも積極的に参加してきた。その結果が、提携店舗の増加やまちの人たちの協力として目に見えるようになってきた。

 

田澤さんが考える、観光地域づくりとは。

 

長年観光業界に在籍してきた田澤さんが目指すのは「観光地域づくり」。観光客が物珍しさやブームに乗じて地域を訪れては地域とつながることなく完結してしまう単発・短時間の滞在ではなく、地域に暮らす人々やそこに根付く文化そのものに価値を見いだすことで、愛着を醸成させ、来訪者と地域の持続的な関係性を紡ぐ事が目的だ。これによる価値を享受するのは来訪者だけにとどまらない。地域の人が毎日のように眺めている日常的な風景も、外から来た観光客にとってはハッとするような景色として映し出される。新たな視点によって当たり前とされてきた地域の暮らしの魅力が掘り起こされ、憧れるようなライフスタイルとして評価される。観光がある事でそこに暮らす地域住民のまちへの誇りが増していくような、ポジティブな循環がもたらされるのだ。

 

農林水産省が主催する「食かけるプライズ2020」では、『KURABITO STAY(クラビトステイ)』の蔵人体験が、訪日外国人に発信したい日本の魅力的な食体験として“食かける賞”を受賞した。©️KURABITO STAY

 

観光によって地域のイメージがよくなると、他のところへもポジティブな変化が連鎖していく。

「観光によって地域のイメージがよくなることで、それが地域のブランディングになり、その地域でのモノやサービスの付加価値を高めることができます。それは、観光産業、ホスピタリティ産業で働く地元住民の労働生産性を高めることにもつながって、結果的に観光が活性化することが地域住民の幸福度を上げていくことにもなるのです。また、サービス産業の活性化は地域の女性の雇用創出にも大きく貢献できると感じています」。

得意の英語を活かして『KURABITO STAY(クラビトステイ)』の外国人ゲストの通訳を担当するのも、地元の女性だ。

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』をきっかけに、国内外から訪れる多様な人がまちを歩き、地元店とつながっていく。そこでは、一部の観光に携わる人たちだけが動くのではなく、いかにまちの人や地元住民も通うお店が面となってのおもてなしができるかがカギとなる。その状況を作り出すために、田澤さんは地域とのつながりを作る活動にも積極的に参加してきた。その結果が、提携店舗の増加やまちの人たちの協力として目に見えるようになってきた。

 

通訳をする地元の女性。家庭と仕事を両立するために短時間で付加価値の高い仕事をするというのが田澤さんの仕事のモットーのひとつ。 ©️KURABITO STAY

 

「“蔵人”が地域のお店を回ると、お店の人にお願いしたわけではないのに、珈琲をサービスしてくれたり、ピザのチーズをナイアガラの滝のようにトッピングしてくれたり。誰かに言われたからやるのではなく、みんなでこの地域をどうしていきたいとか、そういう想いが芽生えることが観光地域づくりの目標であり、スタートだと思います」と、田澤さん。

『KURABITO STAY(クラビトステイ)』提携店のお蕎麦屋さん『ともせん』も、“蔵人”に向けて出張蕎麦打ちを申し出てくれて、出張そば打ち体験が実現した。

 

田澤さんが注文してくださった、『ともせん』のお蕎麦。手打ちのお蕎麦はしっかりとコシがあり、大根おろしとわさびでさっぱりと仕上げられている。©️ヒトタビトーク

 

私にとって何より印象的だったのは、田澤さんは関わる人の心に火をともすタイプのリーダーである点だ。地域や事業と向き合う姿勢が真摯で一生懸命だからこそ、周囲の人が心を打たれ、自発的に動こうとするのかもしれない。

一人一人の想いが地域をつくり、観光をつくる。『KURABITO STAY(クラビトステイ)』から、田澤さんは新時代の観光を形作ろうとしている。

 

文:岩井 美咲(旅人)

 

 

KURABITO STAY
https://kurabitostay.com/

 

<プロフィール情報>
田澤 麻里香さん
KURABITO STAY(クラビト ステイ)代表
長野県小諸市出身。大手旅行会社、ワイン商社勤務後、「観光地域づくり」による地域振興の一環として2019年起業、2020年世界初となる酒蔵ホテル KURABITO STAYをオープン。国内外の日本酒ファンが集う。

 

<著者プロフィール>
岩井 美咲
Kobu. Productions代表
1990年東京⽣まれ。Impact HUB Tokyoに新卒⼊社後、起業家のコミュニティづくりや事業伴⾛を行いながらプログラムやイベントを運営する。2018年より⻑野県塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」の⽴ち上げに参画し、2020年に塩尻市に移住&独立。屋号の由来である「⿎舞する」をテーマに、向き合う⼈のビジョンや課題を掘り下げ、必要な伴⾛を提供しつつ企画を一緒に実現していく。事業内容はインタビューやPV制作のディレクション、ブランド⽴ち上げから経営伴⾛まで多岐にわたる。

 

 

左:岩井、中央:田澤さん、右:ヒトタビMC湯浅さん @ヒトタビトーク

 

GoNAGANOライブ配信番組
『ヒトタビトーク』について

一度(ひとたび)会って気が合えば、何度でも行きたくなる。
人に会いに行く新しい旅の形”ヒトタビ”。
”ヒトタビ”のキッカケとなる出会いを作るライブ配信番組が『ヒトタビトーク』です。
長野県内で活躍する人をゲストに、東京出身のMC2人がその人と暮らしている地域の魅力を紹介。
県内外の皆さんに「あの人に会いたい!」と感じる出会いを提案中です。
(毎週木曜日19時半よりライブ配信中)

 

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