「祈り」の心が生んだ地域の文化 龍と生きるまち 信州上田・塩田平
聖地として栄え、また龍を特別な神として崇めて太陽と大地に祈りを捧げてきた上田・塩田平。人びとの暮らしに根づいた文化やこの地ならではの風土が、今も訪れる人を魅了し、パワーを与えます。
top photo:別所温泉の岳の幟行事 ©岡田光司
日本遺産に認定された塩田平
独鈷山と夫神岳から扇状に開ける地、上田・塩田平は、古来「聖地」とされ、多くの神社仏閣が建てられてきました。「大日如来・太陽」を安置する「信濃国分寺」、「国土・大地」を御神体とする「生島足島神社」、信州最古の温泉とされ、数々の名刹・古刹が残る別所温泉は、夏至の朝、太陽が昇る際に地上につくる光の線「レイライン」の直線状に配置し、そのライン周辺に位置する大小さまざまな社寺や地域に根ざした祭りなどが「祈りのかたち」として人びとの暮らしに今も息づいています。こうした特徴ある地形と風土、文化のストーリーから、2020年に「日本遺産」に認定されました。
日本遺産とは、地域の歴史的魅力や特色を通じて日本の文化・伝統を語るストーリーを文化庁が認定するもので、上田・塩田平は長野県初の地域型として認定されました。この地が古来、学問を志す者が集まる学びや文化の中心地であり「信州の学海」とよばれたこと、降水量が少ない風土で身近な山々に宿る龍神を特別な神として崇め、山への雨乞いの祭りが今なお伝承されていること、里ではため池をつくって水を蓄え「アメフラセタンマイナ」と祈りの言葉を唱えたこと、「レイライン」に沿うように100年前から鉄道・別所線が走り、その龍のような軌道が未来への架け橋となって地域を結んでいることが認定の要素となりました。
鮮やかな幟が雨を呼ぶ別所温泉の「岳の幟」
晴天率が高く、全国有数の少雨乾燥地帯である上田・塩田平は、時として干害に見舞われ、人びとは恵みの雨を願って水源となる山々に祈りを捧げてきました。別所温泉で室町時代から500年以上も続く雨乞いの祭り「岳の幟(たけののぼり)」は、「下り龍」を描いた色鮮やかな幟をもって夫神岳山頂に祀られた九頭龍神「龗(おかみ)」に祈願し、温泉街の別所神社まで「龗」をお連れする国選択無形民俗文化財。温泉街では伝統の三頭獅子とささら踊りが幟を迎えます。水への憧れと神への畏怖が投影される夫神岳は山菜や松茸など山の幸に恵まれ、松茸料理を楽しめる「マツタケ小屋」も有名。ほかにも400年以上の歴史を誇る獅子舞とささら踊りの「保野の祇園祭」、江戸時代から伝わる舌喰池での雨乞いの行事「千駄焚き百八手」などの祭りや風習が今も伝わります。
花笠を被った子どもたちのささら踊りの舞が龍からの雨を讃える
竜頭青面の雄獅子2頭、竜頭赤面の雌獅子1頭が腰太鼓を打ち踊る三頭獅子
別所温泉は信州最古の温泉といわれ、平安時代にはすでに若い僧が修行を積むための寺院があったとされています。鎌倉時代には北条氏によって鎌倉から仏教文化が持ち込まれ「安楽寺」「常楽寺」「北向観音堂」といった名刹が庇護を得て栄えました。豊かな温泉の楽しみもあったことから、中国の高僧や多くの学僧が訪れ、塩田平は「信州の学海」とよばれるようになったとされています。「北向観音堂」の境内には推定樹齢300年以上とされるカツラの巨木「愛染カツラ」があり、慈覚大師円仁と千手観音にまつわる伝説も。また、温泉街では宿泊はもちろん、現在は外湯巡りや足湯のほか、豆腐スイーツもある「長谷川豆腐店」、ジェラート店「ハレテラス」などの人気店もあり、散策も楽しめます。
八角形三重塔は長野県でいち早く国宝に指定された歴史ももつ
鎌倉の建長寺などと並ぶ日本最古の臨済禅宗寺院のひとつ「安楽寺」
夏至の朝、レイラインを辿ろう
夏至の朝、大地を御神体とし、万物を生み育て生命力を与える「生島大神」と国中を満ち足らしめる「足島大神」の二神が祀られる「生島足島神社」の東の鳥居の真ん中から太陽が昇り、冬至には西の鳥居に沈みます。この神秘的な「レイライン」に沿って、日本遺産を巡ってみませんか。「信濃国分寺」は信濃国の鎮国道場として1300年近い法灯を今に伝え、薬師如来を安置する本堂や大日如来を安置する三重塔といった堂塔伽藍がそろっています。毎年1月7日~8日の「八日堂縁日」で頒与している「蘇民将来」のお守りは、息災安穏と繁栄を願う護符として有名。現境内の南方には創建当時の寺跡が「信濃国分寺史跡公園」として整備され、当時の面影をしのぶことができます。「生島足島神社」南西方には稲作の元となる「泥」を御神体とする古社「泥宮」があり、また隣には平安時代の創建とされ、大日如来と薬師如来を御本尊とする「長福寺」などがあり、別所線を使った探訪が可能です。
「生島足島神社」の北東500mほどの高台には大鳥居がそびえる
夏至には大鳥居と「生島足島神社」の東の鳥居の真ん中から朝日が昇る
塩田平を一望する高台は前山地区とよばれ、鎌倉時代には北条氏が塩田城を築き、室町時代には信濃村上氏、戦国時代には武田氏が支配しました。独鈷山麓の古刹「前山寺」は「未完成の完成塔」とされる三重塔(国の重要文化財)で知られ、4~11月は代々伝わる手作りの名物「くるみおはぎ」が人気を集めています。周辺には太平洋戦争などで没した画学生の慰霊を掲げてつくられた美術館「無言館」と、夭折の画家たちの作品を集めた美術館「KAITA EPITAPH 残照館(旧「信濃デッサン館」)があり、カフェも併設されています。
上田・塩田平の人びとは、古の時代より、龍とともに生きてきました。その龍の背に乗るように、未来への架け橋となる別所線に乗車し、この「太陽と大地の聖地」をたどってみませんか。
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