土地の恵み、人の思いが巡り、暮らしが満ちる 循環の村、佐久市望月
IターンUターンの移住者が集まり、有機農業や小商いが盛んな地域が長野県東部の佐久市にあります。多様な暮らしが循環する佐久市望月で「足元にあるもの」を大切にした小規模高品質な暮らし方を体感してみませんか。
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足元の宝物を大切に
「足元に宝物が転がっている、ということを職人館の北沢正和さん教えていただきました」。ーーそう語るのは「YUSHI CAFE(ユーシカフェ)」のオーナーである高塚裕士さん。「日本の農家レストランのはしり」と言われる「職人館」の北沢正和さんは、YUSHI CAFEの常連のひとりです。望月には、職人館やYUSHI CAFEのほか、大澤酒造や多津衛民芸館、「Restaurant さんざ」など、古民家を改修した魅力的な場をつくっている人たちがゆるやかにつながる「ボローヤの会」があります。地元のさまざまな業種が関わるグループで、地元米で酒を造り、酒粕を漬物に…といったような、小規模でも多様で高品質なものが循環する生業を実践しています。
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農林水産省第1回「料理マスターズ・シルバー賞」(2016)で『全国5人の料理人』を受賞したひとりでもある職人館の北沢さん
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望月産のそば粉100%の手打ちそばや旬の食材を使った料理を提供する春日地区の「職人館」©︎職人館
もともと中山道の宿場町だった望月。多くの人やものが交流し、新しい文化を大切にする地域性が育まれてきました。商店街となっている「望月宿」と良質米の産地として名を馳せた「茂田井間の宿」のふたつがあり、現存する建物から往時の面影を感じることができます。
お隣の浅科地区にはブランド米で有名な五郎兵衛新田があります。江戸時代の元武士・市川五郎兵衛真親が、私財を投じ地域の人たちと建設した五郎兵衛用水が潤す田んぼで、甘味と粘りがしっかり味わえるおいしいお米が育っています。
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食の循環・望月で昔から栽培されてきた「雁喰豆(がんくいまめ)」など、地元の豆を使った「Restaurant さんざ」のテリーヌ
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中山道の望月宿と芦田宿の中間に位置する「茂田井間の宿」。武重本家酒造と大澤酒造の2軒の造り酒屋がある©︎佐久市観光課
有機農で「いのち」を循環
1980年代、食の安全に関心を持つ人たちが、ここ望月で有機農業に取り組み始めたことが、現在の望月が形づくられるひとつのきっかけだったかもしれません。そのひとりが旧「ゆい自然農園」の由井啓盟さん・喜代子さん夫妻。近隣の畜産家などから集めた馬糞や籾殻を活用した有機肥料を使い、無農薬有機栽培で野菜づくりを行ってきました。季節の野菜を詰め合わせて全国の消費者や、近隣市町村のレストランなどへ直接販売しています。2010年には由井拓実さん・まな美さん夫婦がゆい自然農園を引き継ぎ、「たくみの」と改名。拓実さんが70種類以上の野菜を栽培し、まな美さんは商店街の空き店舗を改修して、たくみのの野菜と地元の鹿肉を提供するレストラン「まなみの」の切り盛りをしています。
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「有機農業をやりたい」と、県外から望月を訪れる人も多く、ゆい自然農園では30人以上の研修生を受け入れてきました。研修生のなかには「くさぶえ農園」や「藤井農園」のように望月に残って独立する人もいます。
またそのほかにも、望月の野菜の宅配を行っている生産者は「ポカラカファーム」や「mano mano(マノマノ)」など複数あります。いずれも県内外のレストランや消費者から高い評価を受ける、ファンの多い農家です。
望月のレストランのオーナーたちも、望月の野菜のおいしさ、山菜やきのこといった山の食材の豊富さに魅力を感じて移り住んだ人が多く、地元の食材や人とのつながりを大切に暮らしを楽しんでいます。
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「YUSHI CAFE」がつないでくれた縁で、元スナックだった空き店舗をレストランに改修した「まなみの」
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猟師・農家の鈴木茂さんを師匠に、店主自らが狩猟から解体まで手がけた新鮮な鹿肉。臭みがなく柔らかな食感
豊かな土地に新しい風が吹く
この十数年の間に、有機農業や食に関心がある移住者が増えた望月。最近は、この地に循環する人と暮らしに魅了され、さまざまな志を持つ若い人たちも増えました。たとえば、春日温泉の近くにあるチーズ工房「ボスケソ・チーズラボ」は、信頼できる牧場の牛乳や酒蔵の乳酸菌を使うなど、チーズを通じて地元のプロフェッショナルと手を組み、環境保全や地域貢献活動につながる事業を行うことを目指しています。ほかにも、望月商店街の元喫茶店を改修し、手打ちパスタを提供する「グースケ」、茂田井地区で国産小麦と自家製酵母のパンを販売する「akka(アッカ)」など、わざわざ訪れたくなる小規模・高品質な店がそろいます。
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冒頭に登場した、古いものや地元の食材といった「足元にあるもの」をいかにすてきに提案するか、そんな考え方を共有しているボローヤの会は、30年前に北沢さんらが立ち上げた異業種交流グループ「信濃かたりべの会」が元となっていて、現在は移住した若い人たちも受け入れながら、ゆるやかなつながりをつくっています。
その拠点となっているのが2004年頃から〝この土地にある美味しいもの〟と〝この土地に暮らす人たちとできること〟〝人々が行き交うオープンな場〟を提供してきた「YUSHI CAFE」。望月を訪れたときに感じる懐かしさと新しさを象徴する場所です。取材でお会いした地域の皆さんが「YUSHI CAFEは接着剤」と口をそろえるように、オーナーの高塚さんを通じて、インターネットには載らないローカルな情報のやりとりや豊かな交流が生まれています。
今回ご紹介した皆さんのいきいきとした表情と、地域に根づく多彩な生業、そして、山野でとれるものや農産物といった恵まれた食材が、この地域の豊かさを教えてくれます。さあ、「循環の村、望月」へ出かけましょう。
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