製糸の繁栄を支えた
近代産業遺産を訪ねる
製糸で栄えた須坂の名残を残す建物は、今なお多く残ります。たとえば、谷街道沿いに建つ「須坂クラシック美術館」は、須坂藩御用達の呉服商・牧新七によって、明治初期に建てられた屋敷を利用。貴重な古民芸コレクションを中心に、着物や大正ガラスなど、実際の暮らしに用いられた品々の美しさを見せてくれます。屋敷自体は、現存する須坂の伝統的町屋のなかで最大規模。牧家から、さらに地域有数の事業家や政治家へと主人を変えながら、町の移り変わりを見つめてきた建物です。
まちづくり拠点の「須坂市ふれあい館まゆぐら」は、明治期に建てられた繭蔵を移転・改修したもの。展示コーナーや休憩所があり、「蔵の町」や「製糸の町」の歴史に触れられます。製糸王・越寿三郎ゆかりの「旧越家住宅(山丸壱番館)」も、隆盛を極めた須坂製糸業の内側を知る貴重な建物です。大正期、アメリカから絹業使節団が訪れた際にも、当屋の広い客座敷で一行をもてなしたとか。主屋裏の2棟の土蔵とともに国の登録有形文化財に指定されています。
ほかにも旧小田切家住宅など、近代化産業遺産にも指定される旧家をはじめ、製糸業の発展を伝える中小製糸家は、駅前本通りから一本それた「横町通り」周辺に多く集まっています。近くには市営駐車場(有料)やレンタサイクル(有料)も。のんびり歴史散策を楽しむのも良いでしょう。
旧小田切家住宅
横町通り
保存再生を経て、今に息づく
文化遺産の建物たち
歴史ある建物を保存再生し、まちづくりや観光の拠点として活用する例はほかにも少なくありません。北信濃屈指の豪商と言われた田中本家の、敷地面積3000坪におよぶ屋敷や展示品は必見。土蔵造り平屋建ての広大な建物を20棟の蔵が囲み、漆器や書画、着物など、常設展や年5回の企画展で展示される品々は、江戸から昭和初期まで、暮らしのなかで使われていたもの。その質・量ともに「近世の正倉院」と称されるほど見事です。
明治から昭和のはじめまで開業していた旧丸田医院もまた、2003年に国の有形文化財に登録された由緒ある建物のひとつです。武家屋敷の様式を残す主屋や医院時代に建て増された洋風の診療棟は、現在「ふれあい館しらふじ」の名称で、会議やサークル活動の場に使われています。名前の由来でもある樹齢約100年の白藤の銘木も、庭園で豊かな枝ぶりを見せています。
江戸時代、塩問屋として創業した「塩屋醸造」に創業当初から伝わる10棟の蔵も、国の登録有形文化財です。山国では貴重な塩を扱い、やがて文化文政年間には味噌・醤油の醸造をはじめました。今も創業当初からの味噌蔵と大桶を使います。厚い土壁に囲まれた蔵のなかは、1年を通じて穏やかな室温で、ゆっくりと熟成を進めるには最適。建物とともに昔ながらの手法で、地域の懐かしい味も守られています。
塩屋醸造
須坂祇園まつり
時代を経た建物が、
「今」の感性と響きあう場所
市内には、江戸や製糸の時代の古き建物を生かしながら、現代様にリノベーションした店舗や宿なども増えつつあります。築100年以上の古民家を利用したゲストハウス「蔵」には、ノスタルジックな日本情緒に惹かれて、国内外から多くの旅人が集います。客室は畳敷きの個室とドミトリー。併設のカフェでのんびりとコーヒーを楽しむのもおすすめです。庭の繭蔵は雑貨店「Sketch in -hike-」に。暮らしを彩る品々が並びます。
牧家の系譜に連なる三善牧家の建物は須坂製糸業の隆盛を支えた商家のひとつで、現在はセレクトショップ「エイトデイズ」として、第二の歴史を刻んでいます。作家ものの器や丁寧に作られたユニセックスの衣類が並びます。 ハンバーグの名店「グラッセ」は、昭和中期まで稼働していた浦野製糸場が前身。手作りの洋食やデザートを提供しています。炭火焼きの居酒屋ダイニング「枠屋(わくや)」の建物は、築約140年にのぼる明治時代の建具屋をリノベーション。豊富に揃う日本酒やワイン、絶品のオリジナルメニューでも人気を集めています。
エイトデイズ
枠屋(わくや)
ほかにもクリエイターのアトリエや工房、地元産の素材を生かしたレストランなど、古き良き町並みに魅せられた人が、次々と新たな息吹をもたらしている場所、それが須坂です。
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