Vol.4 志賀高原発!『仕事と遊びを両立できる』居場所づくりと人材育成。 長野県下高井郡山ノ内町・井戸 聞多さん
「⼀度(ひとたび)会って気が合えば、何度でも⾏きたくなる」。
⼈に会いに行く『ヒトタビ』は、長野県内のとびっきりの人と出会ったGoNAGANO編集部・旅人の目線からつづった、記録と記憶のドキュメントです。
Vol.4は、自然豊かな志賀高原のコワーキング施設『hiroen(ヒロエン)』を運営し、『新しい働き方提案』『地域の人材育成』『組織の課題解決』を実現するプロジェクトを手がける、井戸 聞多(いど もんた)さんに出会う旅。常に人を起点に地域へポジティブな化学反応を起こし続ける井戸さんの原点と、これからについてお話を伺った。
志賀高原は長野でも有数のスキーリゾートだ。自然資源が豊富で国立公園に指定されたエリアも多い。年間を通じてさまざまなアクティビティが楽しめる。訪れたのは3月末だったが、まだ車道脇に雪が残っていた。ここでは春先まで雪は解けず、場合によっては積雪も見込める。この日も、スキー合宿で訪れる学生や、ファミリー層をちらほらと見かけた。
目的地となるコワーキング施設『hiroen(ヒロエン)』で出迎えてくれるのは、施設を運営する井戸 聞多(いど もんた)さん。元ラガーマンというだけあって高身長の上、がっしりとした身体つきで、こちらも少し身構えてしまう。それでも一言・二言話してみると、身構えていたのが恥ずかしくなってしまうくらい、人柄のよさが伝わってくる。
外と中、遊びと仕事。それぞれの境界を曖昧にする場所『hiroen(ヒロエン)』
標高1,500~2,000mに位置する志賀高原。『hiroen(ヒロエン)』は人気のビューポイント、蓮池にもほど近い絶好のロケーションに建つ夜になると星たちがぐっと近くなり、市街地とは比べ物にならないくらいの星を目視できる場所だ。
そもそも、『hiroen(ヒロエン)』という名称は、建築用語の『広縁』が由来。伝統的な日本の家屋には、部屋の南の方角に面して板敷の間があり、「縁側」と呼ばれる。その中でも幅の広いものを『広縁』と呼ぶそうだ。また、この『広縁』には、家屋の外と中の境界線を曖昧にする意味がある。これは、外と中だけでなく、広義で捉えれば仕事と遊びなど、一見対照的なものにも応用できる。
冬の志賀高原での過ごし方の王道といえば、スキーやスノーボード等のウインタースポーツという印象が強い。例えば、週末などを利用して家族で志賀高原へ訪れる人もたくさんいるが、やっと滑り方を覚えたころには週末が終わってしまい、仕事のために都心にある家に帰らなければならないという人も多いのではないだろうか。だがそこにコワーキング施設があれば、会議やパソコン作業などはコワーキングスペースで実施でき、同伴の家族はそのままスキー場を満喫することもできる。また、仕事があったとしても、会議と会議の空き時間には気分転換にウインタースポーツを楽しむこともできるかもしれない。井戸さんによれば、利用者の中には、会議とスキーの往復を1日に3回ほど繰り返す人もいるそうだ。
新しい働き方やレジャーの楽しみ方の提案として、井戸さんがSNSなどで定期投稿している通称“意味ないシリーズ”の写真(※注1)を見てほしい。冬だけでなく、年間を通して楽しめる志賀高原。写真では、さまざまなアクティビティをしながら、仕事もやってのけてしまう井戸さんのお茶目な姿を垣間見ることができる。
一見全く脈絡がないように見える写真だが、井戸さんにとってはリゾートテレワークという働き方の実践であり、「こんな働き方があってもいいよね」という、井戸さんなりのメッセージの発信でもある。
「テレワークはどこでもできますが、『hiroen(ヒロエン)』というシンボルになる施設があれば志賀高原でもできるということを知ってもらえます。リゾートテレワークをまずは概念としてきちんと存在させようと思っています」と、井戸さん。
『hiroen(ヒロエン)』のような場所があれば、リゾート地でテレワークするスタイルがより身近に感じていくだろう。仕事と遊びは、トレードオフの関係性ではなく、両立も可能なのだ。
志賀高原への移住は子どもの夢を応援するため。親としてできることを全力でやる
山ノ内町へ移住する前は東京勤務で、神奈川県横浜市在住。井戸さんの志賀高原との接点は奥様の実家だ。奥様の実家は志賀高原で『幸の湯(さちのゆ)』という温泉旅館を営む。スキー場が近いこともあり、井戸さんのお子さんたちが幼少のころから、1月~3月のピークシーズンに志賀高原に送り出しては、スキー練習をさせていたという。また、お子さんたちが小学校に上がると、同時期は住民票を一時的に山ノ内町に移して現地の学校に転入ができるようにし、現地校に通学しながらスキーができる環境を整えた。次第にお子さんたちも大会で勝てるようになり、スキーにのめり込んでいく。
最終的に山ノ内町への移住を決めるきっかけとなったのは、お子さんの「オリンピックに行きたい」という一言だった。
「まだ子どもも小さいので、もしかしたら冗談かもしれない。でも、オリンピック行きたいという夢を親に本当に語ったんだとしたら、それを冗談だと流して、オリンピックに行けない状況にさせたら親として超格好悪いなと思ったんです」。
オリンピック選手を目指すのであれば、日常的にスキーができる場所へ行くしかない。スキーの練習に適した環境があり、以前からなじみのある山ノ内町を移住先として選ぶのにはあまり時間はかからなかったという、井戸さん。最近は、オフシーズンのトレーニング環境の整備ということで、『スキーシミュレーター』という機器も調達した。
ラグビーに学んだ “芯のある人間であること” の重要性
誰かの夢に、ここまで真摯に向き合う井戸さんの原点はラグビー選手時代にある。ラグビーは激しい競技であるからこそ、試合でのミスは命取りになりかねない。その時、チームメイトに求めるのは、“人間としての芯”を持っているかだ。“芯”があるからこそ、俗にいうPDCA(※)のサイクルを自分なりに考えて回せるようになる。
「試合という40分ハーフで、自分が死んでしまうかもしれないという状況で戦う中、本当に自分が背中を預けてもいいなと思える選手はそうはいません。時間が有限な中でそういう人たちを増やすためには元から芯をもっている人とやらなければと考えました」。
自分の子どもも芯のある人間に育ってほしい。そう願った井戸さんは、お子さんが生まれる前から色々な文献を読み、ラグビーで培った考え方を混ぜながら芯のある人の育て方を学んでいたという。結果として、“生まれた時から新卒社員だと思って接するスタンス”に至ったという。どんなに小さくても、子ども扱いせずにひとりの人間として扱う、一環した姿勢がある。
※PDCA読み:ピーディーシーエーとは:Plan(計画)、Do(実行)、Check(測定・評価)、Action(対策・改善)の仮説・検証型プロセスを循環させ、マネジメントの品質を高めようという概念。組織のマネジメント文脈だけでなく近年は個人の活動レベルでも仮説・検証のプロセスを踏む時などに用いられる。
「特に大事なのは、やれたことよりもやろうとしてチャレンジした姿勢です。結果を褒めると、その結果をもう一回出そうとするので、新しいことに挑戦しなくなります。やろうとしたことを褒めれば、やろうとする方が褒められるから、挑戦しよう頑張ろうって気になるんです」。
難しいことでも自ら考え、チャレンジし続けること。子どもだけでなく全世代に共通して必要な大事な姿勢であることは間違いない。
『外と中』が交わることで組織や地域に良い循環を生み出す
井戸さんがラグビーの選手活動や会社員経験、子育てを通して培った組織や人づくりのノウハウは様々な分野で活かされようとしている。これまでの経験からわかってきたことは、企業も地域も、組織体として停滞してしまう状態を防ぐには、ある程度の人や情報の流動が組織の内外で発生しつづける状態が必要だということ。
『hiroen(ヒロエン)』の立ち上げ時には、専門業者に発注するのではなく地域課題解決と学生の実践教育を主題に活動するベンチャー企業『株式会社Sinonome(シノノメ)』と組みながら、建築学科の学生たちと作っていくことで、地元の人たちとの交流を生み出した。
最初は、設計コンペと銘打って合宿をし、まちの人への聞き取りを経てアイディアの審査会を実施。その後数ヶ月間かけて施工という流れで動いていった。施行中は地元の大工さんから工具道具を借りたり、直接やり方を教えてもらったりと協力を得た。
「幅広い年齢層の人がファンになってくれることで、山ノ内町の認知も広がります。そして、町が彼らの記憶に深く刻まれていく。関係人口を作り、できるだけいろんな人と交流し混ざり合ってもらうことで、作るプロセスから境界線を曖昧にするという『hiroen(ヒロエン)』のコンセプトを体現できるようにしました」。
次に井戸さんが取り組むのは、関係人口創出による組織の課題解決のプログラムだ。
「組織には多様な人材がいます。やる気のある人には好きなようにやらせてあげたい。ただ、その人が動くためには町の中だけではリソースが足りないこともあります。であれば、外から注入しようということで関係人口づくりのプログラムを始動しました」。
プログラムの内容は、山ノ内町の企業と外部の副業人材をつなぎ、それをチーム化させることで学びあいや課題解決を促すもの。また、当事者だけでなく興味関心があり学びたいという人がいれば、”学習者”としてゆるく参加できる。排他的にならずにオープンに人と繋がれる仕組みをつくったことで、学び合いが連鎖する好循環が起きたという。プログラムは第1期を終え、現在第2期を実施中だ。
ラグビー選手から社会人、父親と、人生のライフステージが変わる中でたくさんの経験や学びを得てきた井戸さん。戦うフィールドや取り組むものが変わっても、やっていることは基本的に変わらない。これまでの全ての学びを糧に、ひとりの人間として目の前の人と向き合い、成長に寄り添う。井戸さんは何かに挑戦したい時、真っ先に目指す人となるかもしれない。
文:岩井 美咲(旅人)
<プロフィール情報>
井戸 聞多さん
合同会社SPARK OUTLANDS R&D マネージャー
合同会社MOUNTAIN DISCOVERY マネージャー
株式会社Shinonome 地方創生事業担当
1981年東京生まれ。高校よりラグビーを始め社会人ラグビークラブにて全国優勝8度の経験から勝負の世界での取り組み方、チームのあり方などを学ぶ。大学卒業後はメーカーに就職。妻の実家である志賀高原「癒しの宿幸の湯」の事業承継のタイミングを機に経営の手伝いを始め、子どもの「スキーでオリンピックを目指す」という発言から長野県山ノ内町に移住。同時に「合同会社MOUNTAIN DISCOVERY」を共同創業、ベンチャー企業「株式会社Shinonome」のパートナーとなり地方創生事業の受け入れを行う。2019年12月に志賀高原内にコワーキングスペースを開設。県の「リゾートテレワーク事業」として働く人材への「生き方改革」の発信と地域の「関わりしろ」づくりをきっかけにコミュニティ形成活動を実施中。
hiroen
https://hiroen-shigakogen.com/
井戸さんInstagram“意味ないシリーズ”も投稿中
https://www.instagram.com/monchack8/
志賀高原 癒しの湯 幸の湯
https://www.sachinoyu.com/
<著者プロフィール>
岩井 美咲
Kobu. Productions代表
1990年東京⽣まれ。Impact HUB Tokyoに新卒⼊社後、起業家のコミュニティづくりや事業伴⾛を行いながらプログラムやイベントを運営する。2018年より⻑野県塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」の⽴ち上げに参画し、2020年に塩尻市に移住&独立。屋号の由来である「⿎舞する」をテーマに、向き合う⼈のビジョンや課題を掘り下げ、必要な伴⾛を提供しつつ企画を一緒に実現していく。事業内容はインタビューやPV制作のディレクション、ブランド⽴ち上げから経営伴⾛まで多岐にわたる。
GoNAGANOライブ配信番組
『ヒトタビトーク』について
一度(ひとたび)会って気が合えば、何度でも行きたくなる。
人に会いに行く新しい旅の形”ヒトタビ”。
”ヒトタビ”のキッカケとなる出会いを作るライブ配信番組が『ヒトタビトーク』です。
長野県内で活躍する人をゲストに、東京出身のMC2人がその人と暮らしている地域の魅力を紹介。
県内外の皆さんに「あの人に会いたい!」と感じる出会いを提案中です。
(毎週木曜日19時半よりライブ配信中)
閲覧に基づくおすすめ記事