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新しいジブン発見旅-櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日)第23話 「【連作トレッキング❷】銀河の彼方めざして夜の山へ 『アサマスタークロスウォーク』で浅間山麓をナイトトレイル」

夜空に輝く星を見ながら、浅間山麓を歩く。標高差1,350mのナイトトレイル『アサマスタークロスウォーク』で、忘れられない体験を。

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魅惑のナイトトレイル

 

夏は夜。それは、平安時代から(もしかしたら、もっと昔から)変わることはない。
日が沈んで外を歩けば、夏の香りが鼻をくすぐる。空気に含まれた湿気や、昼間に熱された地面のほてりが冷めていくのとともに、人々は解放的になっていく。とにかく、胸を高鳴らせる夏の夜には、ただ歩いているだけでも、なぜだかつい顔がにやけてしまう。

“トレイル”という世界を知ってしまった今年の夏、色々なところを歩いてみたくて仕方がない。うずうずした気持ちと共に、手当たり次第にコースを調べ、ビギナーでも楽しめそうなトレイルを探していたのだが、どこがいいものか、なかなか決めきれずにいた。
そんな折に、トレイルに関する文献を探しに図書館に出向いたところ、何やら、見慣れない立て看板が置いてある。近づいてみると、そこには一枚のポスターが貼られていた。

立ち止まり、食い入るようにポスターを見つめると、「“銀河ロード”を歩く」と書かれている。普段は立ち入れない山の中を、満天の星空を眺めながら歩くナイトトレイルイベントが開催されるというのだ。私が探していたのは、まさしくこれだ!と、天啓を受けたかのごとく、すぐさまエントリーすることにした。

夏の夜に、山を歩くなんて。今年は、特別な夏の夜を過ごせそうだ。そしてその予感通り、あの夜は、紛れもなく、忘れられない夏の夜となった。
こうやって書きながらあの時のことを思うと、まるで幻だったかのような、美しい景色が浮かんでくる。でも、幻ではない。体にはその体験が、しっかりと刻まれているのだから。

5年ぶりに開催された 『アサマスタークロスウォーク』

まちなかから湯の丸高原、池の平湿原を通り、高峰マウンテンパークへ

東御市からスタートして浅間山麓を歩き、小諸市へ向かう『アサマスタークロスウォーク』は今年18年目を迎えるナイトトレイルイベントだ。
コロナや浅間山の噴火の影響で、開催は5年ぶり、今回からコースがリニューアルされた。普段、夜間は立ち入れない林道“銀河ロード”をメインに、23㎞または40㎞からコースを選ぶことができるので、体力に自信がない人にも参加しやすい。

私は、23㎞コースにエントリー。まちなかにある東御市役所・東御清翔高校を出発して、湯の丸高原、池の平湿原を通り、高峰マウンテンパークをめざす。標高差は1,350m。つまり、殆どが上り坂である。(40㎞コースはそこから小諸駅まで再び下ってくるのだから、想像しただけで膝が笑ってしまう)

夕方、受付に到着した時にはすでに長い列。大きめのリュックを背負った人もいれば、今にも走り出しそうなほど軽装の人もいる。キョロキョロしながら、彼らの装備品をちらちらと見る。今後の参考にさせていただこう。それにしても、西日がじりじりと皮膚に刺さり、暑い。周りには、日陰に座って体力を温存する人、荷物を確認する人、栄養補給をする人、準備運動をする人。私もその様子を眺めつつ、今するべきことは何かを考える。そうだ、おにぎりを食べよう。中に入った梅干しの塩分が、体に活力を与えていく。外で食べるおにぎりは、世界一おいしい。

そんな風に呑気に過ごしていたら、稜線に日が差し掛かって、暑さも和らいできた。時刻は6時過ぎ、そろそろ出発の時刻だ。ゴールは、ここから見える山の上。本当にあそこまで行けるのだろうか、という不安もありながら、MCの掛け声、鳴り物の音と共に、胸が高鳴る。そして、全員が合図とともに、ゆっくりと歩き出した。和気あいあいとした雰囲気の中、道路に人の列が流れ出していく。私もその粒の一つになって、流れに乗ろう。記念すべき第一歩は、いつだって感慨深い。

イベント参加者はグループも多く、みんなおしゃべりしながら、リラックスした様子だ。最初は、彼らの会話をなんとなく耳に流しながら、のんびりと歩いた。周りの風景を眺めながら、改めてこの続く行列を見つめる。遠くまで人々がぞろぞろと連なるさまは、まるでアリの行列のようでおもしろい。
しばらく、アリが見る世界を想像する。私たちが遠くの山をめざして歩くように、彼らも遥か遠くを見据えて、歩いているのだろうか。彼らの小さな一歩は、一体どこまで続くのだろう。

歩きながら考え事をしていたら、もう日が沈み、代わりに月が昇っていた。ゆるやかな坂道を上りながら、後ろを振り返ると、ぎゅうぎゅうだった行列も、少しずつまばらになっている。遠くには、人の気配が溢れるまちの明かり。さっき通った国道に連なる、ヘッドライトが動いている。郷愁を誘うその温かい光を背にし、私たちはどんどんと先へ進んでいくのだった。

標高差1,350mを、ひたすら上る

チェックポイントで給水や振る舞い、トイレを利用できる

1,350m。冷静に考えると、すさまじい標高差である。それだけの高さへ到達するためには、もちろんそれだけの坂を上る必要があるということだ。
コースの途中には、いくつかのチェックポイントが設けられ、水や食べ物の振る舞いを頂くことができる。トイレも用意されており、至れり尽くせり、スタッフの皆様のサポート体制には、本当に頭が下がる。

最初のチェックポイントまではゆるやかな道だったが、そこを過ぎると、人家もなくなりはじめ、ひたすら坂を上り続ける道へと変わる。このあたりから、最初にあった周りのリラックスした雰囲気が、少しずつ変わり始めていた。とにかく急な坂だ。もうすっかり夜になったので涼しいはずだが、息が上がり、汗が噴き出る。私もすでに、水のボトルを一本空けていた。体が、燃えるように熱い。

集団はすっかりばらけ、それぞれのグループのペースで歩いている。途中で止まって休む人も、所々に見える。私も立ち止まりたくなったが、ここで止まってしまったら歩き出せなくなりそうだったので、彼らの前をそのまま通り過ぎた。
一人で参加していた私は、自分で自分のペースを見極める必要があった。できるだけ一定の歩幅で歩き、規則的な呼吸を心がける。きつい。もちろん、きつい。けれど、なんだか心地良い。スイッチが入り、軽やかな波がやってきた。一歩一歩出す足、地面につくポール、そのリズムが上手くはまると、するりと体が前に運ばれていく。その感覚が面白く、夢中になって次々に手足を出す。

その調子でどのくらい歩いただろうか、遠くに次のチェックポイントが見えてきた。その瞬間、ホッとする。立ち止まり、腰を下ろす。コース上ではまばらになっていた人たちが一堂に会しているのを見て、旧友に再会したような気持ちになった。みんな同じ坂を上がってきたんだと思うと、一人一人と握手したいくらいだ。

チェックポイントは明るいが、周りは照明も殆どない、真っ暗な山道。他の人も一緒の道を歩いているんだ、という事実は、大きな心の支えになる。
「一人じゃ無理だよ、みんなで歩いているから歩けるんだよ。」と、他の参加者が言っていたが、本当にその通りだと思う。
きっと一人で挑戦しても、私はここまでですら、歩けていないだろう。前に誰かがいてくれる、後ろに誰かが来てくれる、途中で待っている人がいる。そう思うと、きつくても歩き出す気力につながっていくのだから、不思議なものだ。

後ろ髪をひかれながらも再び歩き出す。すると、くねくねとした坂道に立ち並ぶ木々の隙間から、もくもくと雲が見えた。そこから空を切り裂くように出てくる光の線が、時折ぴかぴかと明るく道を照らす。雷だ。

ひたすら“歩く” 私たち

途中から降り出した雨が地面を濡らす

夏の夜空は、美しい。雷で光る雲さえも、恐怖よりも美しさが勝り、足を止めて見惚れてしまう。まちからは遠く見えていた雷雲が、山に入るにつれ、徐々に近くなってきたようだ。
山の夜道は文字通り漆黒で、ヘッドライトをつけなければ一歩先すらも見えない。だが、たまに光る稲妻が、一瞬だけ世界を明るく照らし出す。それほどに、明るい。

雷と共に、ぽつぽつと雨も降り出した。リュックサックから、レインウェアを取り出す。それがこすれる音と共に、雨の中を歩く。
この辺りから、先ほどの波とはまた違う感覚が、私を包んだ。時間の流れが、いつもとは全く違う。遅いとか、速いとか、そういうものを超えて、そんなものはもはや、なくなってしまったようだ。霧が立ち込め、人々がもつ光源がゆらめく道は、あまりに幻想的で、違う世界への入り口に見えた。私はただひたすら、その違う世界に向かっていった。

とはいえ、歩き始めてから10㎞ほど。さすがに身体的な疲れが蓄積しはじめ、一歩一歩を軽快に踏み出すことが難しくなってきた。前を歩いている人の背中を追うので精いっぱいになって、そこに雨が追い打ちをかける。今日、星空は見えるだろうか。そんな不安な気持ちが押し寄せる。それと共に、私たちはなぜ、“歩く”のだろう、と考えていた。

歩くことによってしか、見えないもの。歩くことで達成される、何か。私たちは、そういうものを求めてるのだろうか。それとも、自分を試してみたいとか、普段は歩けない道を歩いてみたいとか、そういう目的からだろうか。
きっと、人それぞれの理由がある。何にせよみんな、それを試してみようと思って、ここに来ている。踏破しようと、しなかろうと、実際にやったその人しか知り得ない何かを得ることは、誰かがやった経験を聞くよりも遥かに価値がある。同時に、この知りたいという(やっかいな)好奇心がやはり、私たちを行動へ駆り立てるものだ、とも、思う。

途中で、「こんなに大変だとは思わなかった…。」という声がどこかから聞こえてきた。好奇心のせいで、大変な目にあった経験は私にも何度か経験があるし、実際に今、歩くたびに足が痛い。思わず、わかります、と心の中で深く相槌を打った。
それでも私は、ともに歩く人々に尊敬の念を抱いていた。だから追い抜いたり、追い抜かれたりする際に、密かに相手に対して、エールを送っていた。恐らく届いていないけれど、本当に心から、ここにいる人たち全てを、讃えたいと思ったのだ。
そして、不思議な連帯感も感じていた。多分、私たちがした体験の大変さと感動は、言葉では伝わらない。だからこの場で、それを分かち合う仲間がこんなにいることが、うれしかった。

雨と汗でぐしょぐしょになりながら、段々と足も思い通りにならなくなってきた。もう、さっきのような速さでは歩けない。今、どのあたりを歩いているのだろう。よくわからないながらも、必死に歩く。遠くの方に、霧がぼんやりと明るく照らし出されているのが見えた。ああ、やっと着いた。あれは、山の上にあるチェックポイント、湯の丸高原ビジターセンターだ。

雷、雨、のち、晴れ

漆黒に浮かぶ光は、大げさではなく希望

焦る気持ちを抑えながら、ぎしぎし痛む足をそっと一歩ずつ前に出し、ようやくビジターセンターに辿り着いた。煌々とした室内で、飲食をしている参加者が見える。明かりがあって、人がいる。それだけなのに、このとてつもない安心感は何だろう。

さすがにちょっと、休みたい。頂いたおやきと地元のお菓子を手に、中に入る。暖房が入った温かい室内で椅子に座ると、どっしりと体の重さを感じる。塩気と甘さに、体が喜んでいるのがわかる。こんなに素晴らしい食べ物を作ってくれた人に、大きな声でお礼を言いたい。

ここから先は、「銀河ロード」と名付けられた、イベント限定ルートだ。心配していた空模様だが、奇跡的に降っていた雨が止み、空を覆っていた雲もなくなってきた。こんな展開が、本当にあっていいのだろうか。それくらい、完璧だ。上りもあらかた終わったこともあり、周りには再び和やかなムードが漂っている。私もその様子に、少し心が和らいだ。
しかし、タイムリミットもあるので、あまりのんびりはしていられない。着替えなどを済ませ、再び道を歩き出す。大丈夫、大丈夫と自分の足を励ましながら、前のグループに着いて行った。

雷で照されることもなくなった道を、再び歩く。もうお喋りは聞こえない。静まり返った山道に、人の足音だけが響く。
すると、突然誰かが、「わあ!」と突然空に向かって声を上げた。つられて空を見れば、そこには、星がたくさん光っていた。大げさなプラネタリウムのように、光が散りばめられている。いや、元はと言えば、プラネタリウムが空を真似ているだけなのだから、その表現はおかしい。と、自分への逡巡が頭をよぎったが、そんなものは一瞬で吹き飛ぶほど、星は私たちを一気に引き込んでいった。

そこにいた人たちみんなから、声が漏れた。「ここまで歩いてきて、よかった。」と誰かが言った。私も、そう思った。本当に、心の底からそう思わせてくれるような、美しい星空だった。

ヘッドライトを消して、その場に立ち止まる。近くにいた人たちが先に進み、道に誰もいなくなると、真っ暗になった。何も見えない黒の中に、光る星だけがあった。ふわふわと、宇宙の真ん中に漂っているようだ。
時たまそうやって立ち止まり、空を眺めながら山道を歩いた。ライトを消す度に、私という存在が夜空に溶け込んでいく。足は、いつもとはもはや全く別物のようだったが、そんなことはどうでもよかった。その空を眺めていれば、全てのことが打ち消されてしまうほどの、輝きだったのだ。

特別な、夏の夜

写真では伝わらないのが悔やまれるほどの美しい星空!

次のチェックポイントの池の平湿原では、みんなが腰を下ろしながら夜空を眺めていた。解説員の方がいて、ポインターで星の名前を教えてくれた。ベガ。アルタイル。デネブ。私は夏の大三角の星のかわいい名前が、大好きだ。
天の川も肉眼で見え、望遠鏡越しには、土星まで拝むことができた。本当に輪っかが付いていて、嘘みたいな形をしている。小さくして、耳飾りにしてぶら下げたいと思った。

この辺りから、永遠に続くかと思われたこのトレイルが、終わってしまうんだ、と神妙な気持ちになった。まだまだ続いてほしいような、早く終わってほしいような、色々なものが入り混じり、自分でもよくわからない。
それにしても、今立っているところは、スタート地点から見たあの山の上なのだから、たくさん歩いてきたのだなあとしみじみする。アリもすごいが、人も、すごい。そんなことを考えながらそろりそろりと、これ以上足を痛めないように精いっぱい着地に配慮した歩き方をしながら進む。すると、ぼんやりと遠くに荘厳な明かりにライトアップされた建物が見えてきた。
それは、今まで見たどんなライトアップされたものよりも、輝いて見えた。あれが、ゴール地点だ。あと1㎞と書かれた看板に、気持ちが浮つく。でも、急いだら足がぽっきり折れてしまいそうだ。丁寧に、優しく、一歩を重ねる。高峰マウンテンパーク。ついに、ゴール地点だ。

ゴールのチェックポイントでスタッフの方が拍手で迎えてくれた時、泣きそうだった。がんばった自分に対して、一緒に歩いた仲間たちに対して、そして、こんなふうに私たちを支えてくれるスタッフの方々に対して、色々な気持ちがこみ上げた。声が上ずってうまく言葉が出てこないのを絞り出すように、小さく、ありがとうございます、と答えた。

ゴールにたどり着いたのは、深夜2時半。怖いもの見たさで、スマホのアプリを開くと、どうやら4万歩以上歩いたそうだ。消費カロリーは2,000kcal。どうりで食べ物が身に染みるわけだ。ゴールについたとたん、気が抜けて、一気に疲れが押し寄せる。そもそも深夜なので、今日はとてつもなく長い時間起きている。普段ならとっくに寝ている時間だ。
それでも、疲れを上回るほどの達成感と、高揚感が内側に溢れていた。わざわざ深夜に、長い時間をかけて、過酷な道を行くなんて、と誰しも思うだろう。実際私も、そう思う。でも、その時、来年も参加したいな、とふんわり考えていた。こんなにぼろぼろの体なのに、そんな風に思う自分が少し滑稽にも思えたが、それくらい、この一晩での体験は、自分の中で特別な体験だったのだ。

まだ、胸はどきどきしている。興奮冷めやらぬまま、小諸駅までの送迎バスを待つ。到着したバスに乗り込むとき、乗車口のステップに自力で足を上げられなかった。足が、全てを拒否している。仕方がないので、手で自分の足を掴み、無理やり持ち上げた。席に座った後の記憶はない。事切れたようにぐっすり眠っていたようだ。
バスを降りると、ヘッドライトをつけて駅に向かって歩く人々が見えた。40㎞コースのゴールが、すぐそこなのだ。「お疲れ様です!」と彼女は私に声をかけた。ぼろ雑巾のような私とは違い、颯爽とした歩き方と晴れやかな表情が、印象的だった。あそこから更にここまで徒歩で下ってきた彼女達を心から讃えて、その後ろ姿に拍手を送った。

白んだ空を眺めながら、先ほどまでの星空を思い起こす。過ぎ去ったことを思う時、いつだってそれは、あっという間だったように思える。その最中がどんなに辛く、長かったとしても。だからきっと、この足の痛みが治まったら、私はまた歩くのだろう。そして、夢見心地な帰りの車内で瞼を閉じながら、やっぱり、夏は、夜。改めて、そう思うのだった。


取材・撮影・文:櫻井 麻美

アサマスタークロスウォーク 2023
https://npo-asama.jp/lp/asw2023/

<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

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