“新しいキャンプ場のカタチ” 山の専門家が手掛けたキャンプ場
松本市の里山、三才山にある『美鈴湖もりの国オートキャンプ場』。
2021年4月より、松本市を拠点とする柳沢林業が運営を開始しました。
なぜ、地域の林業会社がキャンプ場運営に目を付けたのか。
生まれ変わったキャンプ場の魅力とともに、その想いに迫ります。
標高1,000mの山の上には
美しく快適な空間が広がる
松本市の浅間温泉といえば、古くから湯治場として親しまれてきた歴史ある温泉郷のひとつ。その背後に広がっているのが三才山というなだらかな里山で、今回ご紹介する『美鈴湖もりの国オートキャンプ場』の舞台となります。浅間温泉からは、車で約20分。観光地のひとつである美鈴湖を越えたらすぐ、このキャンプ場へたどり着けます。名前のとおり、まわりを森に囲まれているのですが、場内は木々も芝も美しく手入れされていて、さながら公園のよう。広場サイト、区画サイト、バイクサイトのすべてに電源が完備されていたり、温水シャワーとランドリーが入った清潔なサニタリー棟があったりと、初心者キャンパーにもやさしい設備が充実。一方で、木々の間からは麓の街や北アルプスを眺められ、宙に浮いているような不思議な感覚を味わえます。山の上なのに快適に過ごせて、街から近いのに非日常感を楽しめる、まさに穴場のキャンプ場なのです。
材質の違いで薪を使い分ける
通な焚き火のススメ
2021年の4月からこのキャンプ場の運営に携わっているのが、松本市で55年以上、林業会社として営み続けている柳沢林業です。キャンプ場のコンセプトは、街と山、人と山をつなぐこと。松本市内のアウトドアメーカーや酒造メーカーとのコラボレーションをキャンプ場のサービスに取り入れているのは、街と山をつなぐための仕掛けのひとつです。さらに踏み込んで、利用客が山と気軽に触れ合えるサービスを展開していることが、林業会社が営むこのキャンプ場の一番の特色といえるでしょう。
そのサービスというのが、豊富な樹種から選べる薪の販売です。場内に設えられた薪小屋には、燃料として人気の高いクヌギやナラに加えて、サクラ、ニセアカシヤ、スギ、ヒノキなどの薪が種類ごとに積み上げられていて、利用客は針葉樹はバケツ一杯550円、広葉樹は900円で、好きな種類を選んで購入することができます。キャンプ場で薪を買うこと自体は多くのキャンパーが経験済みかと思われますが、材質の違いに着目して薪を買うという経験は、なかなか味わえないのではないでしょうか。木の種類によって、割りやすさ、着火しやすさ、火もちのよさ、熱量、香りが異なります。その違いを意識して火をおこせば、いつもの焚火がより味わい深いものになることは間違いありません。
「木を使う」へのアプロ―チ
その手段のひとつがキャンプ場だった
柳沢林業がキャンプ場運営を行うことになった経緯について、柳沢林業の社員で4月からこのキャンプ場のマネージャーを務める若林悠平さんに話を伺いました。
「地域の森林を整備しながら、伐り出した丸太を販売してきましたが、直接エンドユーザーさんとの接点がなかなか持てないことや、森林・林業への社会的な関心がなかなか高まっていかないということが、私たちの大きな課題でした。丸太の販売先である製材所や木材市場も大事にしながら、その先の一般の方たちと、どのように繋がっていけるか、ということを考えていました。。地域の森林空間や、木の素材としての魅力を色々な人に知ってもらい、関心を高められたら、という思いが強かったので、自社で開催している『ソマイチ』含め、イベントなどで発信を重ねてきましたが、その中で、アウトドア・キャンプが柳沢林業のこれまでの活動と親和性があるということに気づきました。ご縁というのは不思議なもので、そう思っていると渡りに船ではないですが、良いタイミングでこのキャンプ場の公募があり、応募した経緯があります」
柳沢林業はこれまで、消費者へのアプローチとして、薪ストーブユーザーへの販売や配達、『俺たちの薪』というシリーズのインターネット販売などを行ってきました。新しく始めたキャンプ場は、対面で薪を販売できるだけでなく、消費者が実際に使う場面にも立ち会える場所。そのため、地域の木の魅力をより近い距離感で伝えられる、非常に効果的な手段となっているのです。リニューアルオープンしてから約2か月が経ち、すでに多くのキャンパーがこの地へ訪れているそうですが、利用客から木の種類の違いについて問い合わせがあることもあるそう。‟人と山をつなぐ“という役割を、さっそく果たし始めているようです。
山の恵みで生かされている
その価値観を共有するために導入した
『Leave No Trace』
環境に与えるインパクトを最小限にしてアウトドアを楽しむための環境倫理プログラム『Leave No Trace(リーブノートレース)』を取り入れていることも、美鈴湖もりの国オートキャンプ場の特徴的なところです。具体的なアクションとしては、「合成洗剤を使わない」といったLNTのプログラムに沿った環境への配慮と、「直火での焚き火は禁止」、「野生動物は観察にとどめ、そっとすること」、「21時以降はエンジンも音楽も消して静かにする」などのキャンプ場としての規約を組み合わせたルールを、利用客のチェックイン時に説明しているとのこと。山と向き合い、山の恩恵を肌で感じている柳沢林業にとって、この価値観を伝えていくことは、ごく自然な流れなのかもしれません。
「松本の街と山はとても近い関係にあります。私たちがここでキャンプ場を運営していくことで、山の楽しみ方や価値観を伝えながら、松本のアウトドア文化を育んでいきたいですね。山をとっつきにくい場所と感じている方が多いと思いますが、いろいろな形でそのハードルを下げて、裾野を広げる努力をしていきたいと思います」
塩尻市出身で、林業に従事してきた広報担当の斉藤遥香さんが、キャンプ場の方向性についてこう語ってくれました。今後、この新しいキャンプ場が、松本の街や訪れる人々にどのような影響を与えていくのか。新しいカルチャーの芽生えに、期待は高まるばかりです。
撮影:杉村 航 文:松元麻希
<著者プロフィール>
松元 麻希
フリーランスのライター。9年間勤めた雑誌出版社を退職した後、スキー好きが高じて、2017年に長野県松本市へ移住。2019年より地域おこし協力隊として伊那市で暮らしている。夏は南アルプス周辺で登山、冬は白馬や木曽のゲレンデでスキーを楽しんでいる
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