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ツキノワグマの実態を知り、共存方法を模索する ――信州ツキノワグマ研究会・岸元良輔さんインタビュー

長野県は6/5、長野県全域に発令したツキノワグマ出没注意報を同年11月14日まで延長しました。信州のクマについて調査・研究を行なっている「信州ツキノワグマ研究会」代表の岸元良輔さんに、クマの生態や、クマとの共存方法についてお伺いしました。

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TOP PHOTO:信州ツキノワグマ研究会代表の岸元良輔さん

クマは基本的に“おとなしい”動物

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山や森の中で、ひっそりと暮らすツキノワグマ

――6月5日に、長野県内に「ツキノワグマ出没注意報」が出されました。これはどういうものですか?

長野県の発表によると、クマ出没注意報の発令基準を「里地での目撃件数が平年の1.5倍、及び里地で人身被害が発生した場合に総合的に状況を判断して発令する。」としています。5月の目撃件数が平年平均の1.8倍、人身被害が2件(6月5日現在)起きたことで、発令されました。ただ、長野県の山地には広くクマが生息するので、里地の注意報に関わらず、山へ入る場合は注意が必要です。


――クマというのは、やはり危険な動物なのですか?

もちろん、クマは力が強く、鋭い牙や爪もあるので、襲われれば大けがをする恐れがあります。
ただ、普段は山の中に隠れてひっそりと暮らしている、おとなしい動物です。基本的に警戒心が強く臆病なので、人間の存在を感じたときなどは、ヤブの中に身を潜めて気配を消しています。

最も重要なのはクマと出会わないようにすることですが、たとえ出会ったとしても、普通はクマのほうが逃げていくことが多いです。
ツキノワグマは人間と同じくらいの大きさ(体長)ですので、クマにとって人間というのはちょっと怖い存在で、警戒していると思いますよ。

近ごろは、「クマに会ったら襲われる」というようなイメージが先行しているので、ちょっとそれは事実と違うように感じています。もし出会ったとしても、必ずしも襲われるわけではありませんから。
クマに会ったとき、人間側が「襲われる」と思って騒ぎ立てたり、慌てて逃げたりすることが、事故に結びつくこともあります。クマと出会ったときに、まず落ち着いて行動できるようになることが大切です。

生息域が拡がっている信州のクマ

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里山に森林が戻ったことで、クマも生息できるようになってきた

――長野県内のクマの数は増えていますか?減っていますか?

県内に限らず全国的な傾向ですが、現在は数が増えています。同時にクマの分布も広がっていて、ほぼ県内全域でクマが目撃されるようになりました。

昔は炭焼きなどで人が里山を伐り拓いていましたので、背の高い森林や、クマが隠れられるようなヤブがなく、クマが生息できる環境ではありませんでした。このため、クマは山の奥へと追いやられていたんです。また、乱獲があったこともクマの減少を加速させました。

しかし、次第に人間による里山の利用が減り、山裾まで自然が戻ってきたことで、クマが行動できる範囲が拡がってきました。今は、山裾ギリギリまでクマの行動圏内になっています。


――ニホンジカのように、クマも増え続けますか?

クマは、ドングリなどの餌の量によって生きられる頭数が決まってしまうので、ある一定の数まで増えたら、自然に数が頭打ちになります。逆に、極端に数が減った場合は、その反動で数が増えていく傾向があります。
いずれにしても、ニホンジカのように、あらゆる植物を片っ端から食べて、増え続けるようなことはありません。
シカの管理対策は捕獲がメインですが、クマの場合は、捕獲よりもクマを人里に誘引しない対策がより効果的です。シカとは別の形での管理対策が必要なのです。

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捕獲したクマに麻酔をかけ、サイズや体重を計測したり、発信機を装着したりする調査研究活動

――クマは、どのような生活をしているのですか?

山の広い範囲で、季節によって場所を移動しながら、基本的には単独で生活しています。里山に住むクマ、高山帯に住むクマなど、好みや住み慣れた環境は個体によって異なるようです。そして、秋になるとあちこちからブナやミズナラの多い標高帯に集まってきます。

クマは昼行性の動物ですが、畑や果樹園など人間の生活圏内に近づくときは夜に来ます。また、冬眠前の秋には、昼も夜も行動してドングリを食べ続けます。


――最近は温暖化の影響で冬眠しないクマがいるという噂を聞きますが?

基本的に、冬眠しないクマはいません。今後、かなり温暖化が進んだ場合は分かりませんが、今のところは、野生ではどんなクマも冬眠します。
ちなみに、人に飼育されていると冬眠しないんです。飼育環境で冬眠させるには、かなり工夫が必要だと聞いたことがあります。

ただ、クマの冬眠というのは、春まで熟睡するのではなく、浅い眠りなんです。体温も5度前後しか下がりません。冬の間に動き出すことはときどきあることで、途中で冬眠の穴を変えたりすることもあるんですよ。
冬眠場所は本当にいろいろで、雪の中、岩穴などのほか、倒木の根元や、ササヤブの地面などでも冬眠します。「こんなところで冬眠しているのか」と驚くこともありますね。

正しいクマ対策で、信州を安全な観光県に

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クマが餌付かないよう、畑の周りに電気柵を張る

――どうしてクマと遭遇してしまうのでしょう?

登山やキャンプ、渓流釣りなどは、クマの生活エリアに人間が立ち入っていく行為ですので、クマと出会う可能性が高くなります。山菜やネマガリタケは、クマにとっても食料のため、山菜採りなどは特にリスクが高くなります。

クマが人間の生活エリアに入ってくるのは、山に餌が少ないときです。餌が少なくなる夏季や、秋にドングリが不作のときに、人里に現われやすくなります。

最も大きな問題になるのが「餌付けされたクマ」です。
里山がクマの生息域となったことで、クマと人が遭遇しやすい環境が増えています。そんななか、畑のトウモロコシや、プルーンなどの果樹、人間の残飯を一度でも味わってしまったクマは、何度も人間の生活圏内に現われるようになります。人間の食べ物は栄養価が高く、クマにとって中毒性があるくらい美味しい食べ物だからです。


――クマ対策で、まずやるべきことはなんですか?

クマ対策というと「駆除」が真っ先に思い浮かべられますが、人身事故を減らすためには、それよりも優先して行なうべきことがあります。
それは、「クマが餌付くような場所をなくす」ことです。トウモロコシ畑、果樹園、ホテルや旅館のゴミ捨て場、養魚場など、思わぬ場所がクマを誘引していることがあります。

クマは縄張りを持たないので、誘引している原因を取り除かない限り、次々にやってきます。
お金はかかるのですが、畑の周りに電気柵を設置したり、クマが開けられないゴミステーションを設置したりすることが有効です。
対策をしても追い払えず、人と接触を続ける問題個体の場合には、駆除という手段を検討します。

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屋外には、野生動物が開けられないゴミ箱を設置するのも有効な対策

――登山やキャンプの際に気を付けるべきことは何ですか?

まずは、クマと出会わないようにすることです。
クマ鈴を携帯して、自分の居場所をクマに知らせることは有効です。クマ鈴を持つのが嫌いな人は、曲がり角やヤブの手前で、声を出したり、手を叩いたりするといいでしょう。

クマは聴覚や嗅覚が優れていますが、渓流など常に音がしている場所や、人間が風下にいる場合は、気づくのが遅れます。人間が釣りに集中していたり、クマが餌を食べるのに集中したりしていると、お互いが接近するまで気づかないことがあります。

また、山中でのランニングは、クマが想定しているよりも速く人間が移動しているため、「人が自分に向かってきている」とクマが誤解し、恐怖を感じてしまう可能性があります。山では、音を出しながらゆっくり歩くほうが安全です。

キャンプの際は、食べ物の管理が重要です。食べ物を置いたまま、テントから離れることは避けましょう。


――クマと人の生活圏を分けて、住み分けることはできないのですか?

人の住居が一カ所にまとまっているわけではないので、完全な住み分けは難しいと思います。一人一人が、自分の生活環境の特徴を把握し、クマを誘引したり出会わないようにしたりしながら、上手に共存する方法を確立していくほうが、現実的で理想だと考えています。

長野県は、全国でもクマ対策が進んでいて、観光地でも具体的な対策が取られている場所が多くあります。2020年にクマによる人身事故があった上高地では、事故の後、キャンパーの食べ物を収容する食糧庫が設置され、ホテルや山小屋の生ごみ対策も徹底されました。
今後も、このような対策が各地で進むとよいと思います。

ツキノワグマについて知り、知識を普及する

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信州ツキノワグマ研究会による、小学校での「クマ授業」

――最後に、信州ツキノワグマ研究会の活動について教えて下さい。

信州ツキノワグマ研究会は、1995年に設立されました。私は3代目の代表です。
会の活動は大きく3つ。一つ目は、調査・研究です。駆除されたクマの年齢や、何を食べていたかを調べたり、捕獲したクマに発信機を付けて放獣し、行動を調べたりします。
二つ目は、科学的に得られたデータに基づいて、対策を考え、実行することです。ここは行政と連携して行なっています。
三つ目は、一般の方々への普及・啓発活動です。冊子を作って県内の小学校に配布したり、要望があれば学校まで赴いて「クマ授業」をしたりします。

長野県はクマ対策が進んでいるとは言っても、まだまだクマについての正しい知識や情報が伝えきれていないと感じることも多いです。クマとの共存を実現するために、今後も正しい知識の普及に努めていきます。

クマ目線で、周囲の環境を見直してみよう

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クマと人が共存するには?一人一人が対策を考えることが大切

岸元さんのお話を聞いて、筆者が感じたのは、クマも自然の生態系の一部であり、自然豊かな信州に住む以上、共存の道を探していかなければならないということです。

そのためには、自分の生活するエリアが、クマにとってどんな場所かを知ることが最初の第一歩。クマを誘引するようなものがないか、クマが隠れやすい場所はないか、など、クマ目線で見直してみることが大切だと感じました。

6月5日にツキノワグマ出没注意報が発令されたことを受け、県内各地では、クマ出没地点の集中点検が実施されています。岸元さんのお話を伺った後日、6月28日に東信エリアで実施された集中点検に同行取材しました。

点検では、クマが出没した場所などを訪れ、クマを誘引している原因がないか、道路脇の森林の見通しが悪くないか、など周囲の環境を確認します。
クマ対策には、膨大な時間やお金(人手や設備投資)がかかるうえ、クマに対する考え方も人によってさまざまであるため、根気強く取り組む必要があるそうです。
最近は、シカやイノシシを目的としたわなにクマがかかってしまう「錯誤捕獲」の問題が深刻になっているらしく、わなにかかったクマを放すときの危険性などを知ることができました。

今、クマに関する問題は、「怖さ」ばかりがクローズアップされて、どのような問題が起きているのか、どのような活動や対策がされているのか、など具体的なことは、あまり知られていないように感じます。
私たちは、もっとクマについて深い部分を知る必要があるのではないか。そんな疑問が、ふつふつと沸き起こりました。
ほどよい緊張感をもって、クマと人が上手に共存する。そんな未来が訪れるために、信州に住む私たち一人ひとりが、真剣にクマ対策に向き合う段階に来ているのではないでしょうか。


取材・文・撮影=横尾絢子
写真提供=信州ツキノワグマ研究会

【Information】

・信州ツキノワグマ研究会
https://kumakenshinshu.wixsite.com/kumaken

<著者プロフィール>
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。

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