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梅雨に美しさ増す、日本有数のコケの森 ――小さな魅惑の世界に触れる「北八ヶ岳 苔の観察会」

「日本の貴重なコケの森」に選定されている北八ヶ岳苔の森。毎年5月下旬には「苔の森開き」が開催されます。夏季の間は、コケを観察するガイドツアーも行なわれ、奥深いコケの生態を学べます。

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TOP PHOTO:ミクロの芸術世界に生きるコケ

コケってどんな植物?

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コケについて知りたい!

足元にひっそりと息づくコケ。コケに覆われた庭園や寺社は、なんとも言えない、しっとりした独特の雰囲気や情緒があります。梅雨の季節や降雨の後などは、いっそうみずみずしさが増し、まさに景観の名脇役。最近は園芸分野でも「苔玉」や「苔テラリウム」などに利用され、人気が高いようです。

考えてみれば、コケって不思議な生物です。ふわふわ、もふもふの手触り。土や木、石の上など、さまざまな場所に生えています。いったいどうやって生きているのでしょう?キノコなどとは違う生き物なのでしょうか?

長野県佐久穂町の北八ヶ岳苔の森は、日本有数のコケの生育地として知られています。北八ヶ岳では、夏季を中心に苔の観察会が行われ、私のような初心者でもコケについて学べるそうです。さっそく、5月末の「苔の森開き」と「苔の観察会」に参加してきました。

日本有数のコケの森、北八ヶ岳

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20人ほどが参加した「苔の森開き」と観察会

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「北八ヶ岳苔の会」の山浦清会長

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山の安全を祈る安全祈願祭

「苔の森開き」は、北八ヶ岳の入り口である白駒池駐車場で行なわれます。多くの登山者が訪れる北八ヶ岳。まずは登山口の前に設けられた祭壇で、山の安全祈願祭が行なわれました。

その後は、「北八ヶ岳 苔の会」の会長、山浦清(きよし)さんから挨拶がありました。山浦さんは、白駒池畔の山小屋「青苔荘」の2代目ご主人です。 「苔の森開きと観察会は、今年で13年目になります。ここ10日間ほどは雨が降っていませんが、これからの梅雨の時期には、コケの森はもっと美しくなります」

山浦会長は「苔の観察会」の発起人で、北八ヶ岳の山小屋をメンバーとする「苔の会」を結成した方でもあります。
13年前、初めて苔の観察会を実施したときは、なんと参加者が0人だったそうですが、それでも自ら先頭に立ってコケについて学んできました。活動を続けるうちに次第に観察会が周知されるようになり、今では多くの参加者が集まるようになったそうです。

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北八ヶ岳の美しい原生林を歩く

いくつかのグループに分かれて、いよいよコケの森へと入っていきます。案内人は「北八ヶ岳 苔の会」のメンバーの方々。私のグループは、青苔荘の3代目ご主人、山浦雄大(たけひろ)さんが案内してくださいます。

「八ヶ岳で見つかっているコケは、現在519種です」と山浦さん。
日本には1800種、世界には18000種のコケがあるそうです。世界の400分の1の面積しかない日本に、10分の1もの種類のコケが生えているというのはすごいことで、日本は「コケ大国」なのだそうです。また、1800種のうち519種がある八ヶ岳も、まさにコケの宝庫と言えるでしょう。

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山浦さん(左奥)の解説で、みんなコケに興味津々

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指が埋まるほどの高さがあるセイタカスギゴケ

「北八ヶ岳のコケは、自由に触ることができます。でも、叩いたり、抜いたりはしないでくださいね」
と、山浦さんはスギゴケの群落にそっと手を入れます。
私も真似をしてみると、指が埋まってしまうくらいの高さがあることが分かりました。
「よく見ると、2種類のスギゴケがあるんですよ」
山浦さんに言われて見ると、なるほど、似てはいるものの、明確に違う2種類があります。
「セイタカスギゴケと、コセイタカスギゴケです。生えている斜面を見ると、角度が違いますよね。コケは住み分けをしている植物です。木の幹が好きなコケ、石の上が好きなコケなど、種類によって生きる環境が異なります」

また、コケというのは、菌類でもカビでもなく、コケという固有の植物。分類的には「蘚苔(せんたい)類」というそうです。
根がないため、風で飛んだり雨で流されたりしないように、仮根(かこん)というもので土や石にくっついていますが、水や養分を吸い上げる機能はありません。葉っぱから水を吸収し、光合成によって栄養を作って生きているのです。

北八ヶ岳の森を育むコケ

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倒木に付くコケが、森の生態系を支えている

「北八ヶ岳には倒木が多いのですが、これもコケと深い関係があります」と山浦さん。
たしかに、森のなかには倒木があちこちに見られます。木道の脇には、根こそぎ倒れている木もありました。

北八ヶ岳は、約1千万年前の火山活動でできた、比較的若い山です。その火山台地の上にできた森なので、実は、土壌の厚みがあまりないのだそうです。木が生えても、根が深くまで張れないことで、強い台風などが来るとすぐに木が倒れてしまうのです。

倒木からは、新しい苗木が生えてくるのですが、そこで大切な役割を果たしているのがコケです。コケが倒木の表面の水分を保つため、そこから新しい木が生えることができるのです。これを「倒木更新」というそうですが、森の新陳代謝に、コケが一役買っているわけです。

コケの不思議な生態

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木の幹に生きるカモジゴケ

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日本固有種の「ムツデチョウチンゴケ」。メス株は複数の胞子体が同じ方向へ垂れ下がる(写真提供=北八ヶ岳苔の会)

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苔の会のキャラクター「コケ丸」

観察ツアーも後半戦。カモジゴケ、ホソバミズゴケ、セイタカスギゴケ、コセイタカスギゴケ……。さまざまなコケが現われて、飽きることがありません。ユニークな特徴や生態を知ることで、すっかりコケのファンになってしまいました。

「苔の会」のキャラクター「コケ丸」のモデルになった「ムツデチョウチンゴケ」は、高山帯にしか見られない日本固有種だそうです。チャームポイントは胞子体。普通のコケは胞子体が1本なのに、ムツデチョウチンゴケは複数本、多いものだと6本の胞子体があるそうです。

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岩の上のクロゴケに水を噴きかけて変化を観察する

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神秘的な光を放つヒカリゴケ

夢中でコケを観察しているうちに、白駒池へ着いてしまいました。池畔にある青苔荘の前で、石の上に生えているクロゴケに、山浦さんが水を吹きかけます。すると、みるみるうちに膨らんで、褐色から鮮やかな緑色へと色が変化しました。まるでマジックのようなその変化に、参加者からも「わあーっ」と歓声が上がります。
クロゴケは石の表面に生えますが、石の上は乾燥が早いため、晴れている日は葉が閉じています。ところが、水分を感知するとすぐに葉が開いて光合成を始めるのだそうです。

大きな岩陰でひっそりと生き、神秘的な光を放つヒカリゴケを見ることもできました。こんな暗い場所を選んで、わずかな光を使って光合成をするヒカリゴケ。その生き方に不思議なものを覚えました。

地上最古の植物、コケは「陸上のパイオニア」

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ムツデチョウチンゴケのオス株。メス株とは姿形が違う

「コケって食べられるんですか?」と、参加者から質問が出ました。
「コケは『毒にも薬にもならない』なんて言われているんですよ」と笑う山浦さん。
「苔の中には毒のある苔はないので食べることは可能です。ただ美味しくはありません。コケが薬や化粧品などに利用されることもほとんどありません」

コケは、太古の昔に水中から陸上に進出した最初の植物だったと言われています。まさに「陸上のパイオニア」!
乾燥や凍結に強いので、北八ヶ岳の厳しい寒さや雪の中でも生き延びることができるのだとか。葉の寿命は種類にもよりますが、およそ10年くらい。冬になると葉を縮めて休眠状態になりますが、春には復活して光合成を始めるそうです。

そんなコケですが、もちろん弱点もあります。
「塩分や酸には弱く、すぐに枯れてしまいます。人や犬の尿がかかって、コケが枯れてしまった場所もあるんですよ」
コケの森を守る山浦さんが、とくに困っているのが「ペットによる糞尿」だそうです。ペットをコケの森に連れてくることは絶対にやめてほしいと、山浦さんは切実に訴えます。

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青苔荘の3代目主人、山浦雄大さん。毛髪の色にコケ愛を感じます

青苔荘を営んでいる山浦さんは、コケの森に住んでいるという環境を活かして、コケの観察を続けています。「北八ヶ岳 苔の会」は、専門家と連携して研究の一端を担うこともあるそうです。

山浦さんは、コケの魅力を次のように語ります。
「コケは、専門家でさえ見分けが難しく、名前を間違えることもあるんですよ。それに、生態についても分かっていないことが多いんです。まだまだ新しい発見の余地がある。それがおもしろいですね」

今年も10月にかけて、何度か観察会が実施されます。
また、今は北八ヶ岳の山小屋のみが会員となっている「苔の会」ですが、来年度からは一般開放され、個人でも入会できるようになるそうです。
皆さんも、北八ヶ岳の森で、奥深いコケの世界にどっぷり浸ってみませんか?

【INFORMATION】

◆「北八ヶ岳 苔の会」https://www.kitayatsu.net/

◆今年の観察会の予定
・6月15日(土)-16日(日) 苔の観察会:「初心者のための白駒池周辺のコケ植物」
(講師:樋口正信先生、受付:青苔荘Tel:090-1423-2725)

・7月6日(土)-7日(日) 苔の観察会:「初めてのコケ観察の仕方と出会っておきたい北八ヶ岳のコケ植物」
(講師:樋口正信先生、受付:麦草ヒュッテTel:090-7426-0036)

・7月27日(土)-28日(日) 地衣類の観察会:「地衣類とは何者ですか? 白駒の池周辺で観察してみよう」
(講師:大村嘉人先生(国立科学博物館 菌類藻類研究グループ長)、受付:青苔荘Tel:090-1423-2725)

・8月17日(水)-18日(木) 苔の観察会:「コケ植物の生態の基礎知識と苔の森の癒しを体感する」
(講師:上野健先生、受付:麦草ヒュッテTel:090-7426-0036)

・9月14日(土)-15日(日) 苔の観察会:「白駒の池周辺のコケ植物の実態と同定の仕方」
(講師:樋口正信先生、受付:青苔荘Tel:090-1423-2725 )

・6月~10月の期間: 青苔荘、麦草ヒュッテで「皆様に分かりやすいコケとの出会い観察ツアー」を実施中
(受付:青苔荘Tel:090-1423-2725 または 麦草ヒュッテTel:090-7426-0036)

取材・撮影・文:横尾 絢子

<著者プロフィール>
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。

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