特集『長野の大自然に魅せられ愛し続けるプロフェッショナルたち』 信州の自然を活かして、みんなハッピーに!トレイルランニング大会運営を手がける (株)Nature Scene代表・大塚浩司さん
トレイルランニングは、山を走る爽快さが魅力の山岳スポーツです。信州を中心に、全国各地でトレイルランニング大会を運営している『株式会社Nature Scene(ネイチャーシーン)』。代表を務める大塚浩司さんは、金融マンから転身して山の世界に飛び込んだという異色の経歴の持ち主です。山を舞台にした大会運営に懸ける想い、そしてトレイルランニングの魅力についてお伺いしました。
TOP PHOTO:トレイルランニングの大会運営を手がける大塚浩司さん
金融業界から一転、信州の大自然の懐へ
今や年間14もの大会を運営し、トレイルランニングの大会オーガナイザーとして活躍している大塚さんですが、山に出会う前は、まったく異なる業界で生きてきたそうです。
「僕、出身が長野県須坂市なんです。アルプスが近く、北信五岳も見える場所です。雄大な景色を見慣れていたので、幼い頃は山に対してなにも感じていませんでした」
そう自身の生い立ちを語る大塚さん。次々に東京へ出て行く同級生を見ながら、「人と違うことをしたい」と、高校卒業後はアメリカに留学。ニューヨークのマンハッタンにある大学でビジネスを学び、帰国後は東京の金融会社に就職したそうです。
「毎日、億単位のお金を動かして。その頃は、男は金を稼いでなんぼ、みたいな意識がありました(笑)」
転機となったのはリーマンショック。取引先の態度が一変したり、優秀な同僚たちが入院したり。凄惨な日々に耐えていた大塚さんの考えを変えたのは、信頼する取引先の社長さんの一言でした。
「大塚、こんなことをやっていたら人生終わるぞ。人生はもっと素晴らしいことがいっぱいある。お前はバイタリティがあるんだから、もっと他のことで人生を費やした方がいい」
大塚さんは会社を辞め、地元の長野県に戻って起業することを決意しました。
トレイルランニングの雰囲気に魅せられて大会運営を開始
神奈川県から、出身地の長野県へと戻った大塚さんは、長野市の中心地で、アウトドアプログラム専門のフィットネスクラブを始めました。
「その頃はサーフィンが趣味だったので、アウトドアを仕事にしたいと思いました。海なし県に生まれたから、やっぱり海に憧れたんですよね」
さまざまなアウトドアスポーツを扱うなか、出会ったのがトレイルランニングでした。
「トレイルランニングに関わる人たちが、本当に爽やかで、良い人ばっかりだったんです。このスポーツ楽しいな、すごくいいなと思い、ハマりました」
昔から走るのは得意だったため、大塚さん自身もレースに参加し、3位入賞など好成績を収めます。参加者がみんな笑顔で楽しんでいる、そんな大会の雰囲気が大塚さんは好きになりました。フィットネスクラブの経営があまり順調でなかったこともあり、大塚さんはトレイルランニング大会の運営へと舵を切ります。
2012年、大塚さんが手掛ける最初のトレイルランニングレース「戸隠マウンテントレイル」が開催されました。このときのメンバーは、大塚さんを含めてたった4人。
「不得意なことはやりたくないんです」と笑う大塚さん。行政への書類申請や、ホームページ作成などは得意とするメンバーに任せ、大塚さんはコース整備や、関係者との折衝を担当することにしました。
「実行委員長が仕事を抱えすぎて燃え尽きてしまい、無くなる大会も多いんです。だから、自分が不得意なことはアウトソーシングし、完全分業制にしました」
大塚さんが心がけたのは「仲間とのビジネスライクな関係」。シビアに結果を求めるけれど、仕事に見合った対価はきちんと支払う。合理的でクリアな関係を築くようにしてきたそうです。
「仲間だから一緒に頑張ろう、というのは嫌いなんです。精神論だけでは長続きしないし、絶対に失敗すると思うので」
質の高い大会運営をめざして
「レースの運営は、とても楽しかった。参加者もみんな笑顔で、ハッピーなのが伝わってきて。これはどんどんやるべきだと思いました」
最初の大会に満足した大塚さんは、次々に大会を増やしていきます。同時に、大会の運営を担う受け皿として「NPO法人 北信濃トレイルフリークス(KTF)」を設立。当時はまだ大会の数が少なかったこともあり、やればやるだけ参加者も集まって大会運営は順調でした。次第に活動の場も全国へと広がり、現在では年間14大会(※休止している大会も含める)を手がけるようになりました。
「自分たちは大会運営のプロ」と話す大塚さん。集客やコース整備、大会の雰囲気づくりなどに全力で取り組み、ノウハウを積み上げてきました。
大会を成功させるためには、いくつかのポイントがあるそうです。
「場所の条件としては、まずスキー場があるところですね。参加者が1000人以上になりますから、大きな駐車場があることが必須です。また、レストハウスやトイレもあるスキー場は拠点としても最適。スキー場がたくさんある長野県は、トレイルランニングの大会開催には最高のエリアなんです」
一方のスキー場側もグリーンシーズンの活用という点でニーズが合致することが多く、協力が得られやすいそうです。
地元住民や団体、行政との距離感も、大切なポイントだそうです。毎年のように大会を開催すると、最初は協力的でも、3年くらいすれば地元は疲弊してきてしまう。地元が負担に感じてしまうようでは、大会は長続きしないと大塚さんは考えています。
「とくに自分たちから提案して始めた大会では、極力、地元に負担をかけないようにしています。逆に、地元から開催を依頼された大会は、地元にヤル気があるので、がっちりとタグを組んで運営します。そのあたりの見極めも大切ですね」
コース整備を担当する大塚さんが、本格的に大会の準備に取り掛かるのは、意外にも本番の1週間くらい前からだそうです。チェーンソーを使っての倒木処理、コースマーキング、分岐の看板立て。これらの作業は、ほぼ大塚さん一人で行ないます。
「大会を盛り上げることも大切ですが、運営者としていちばん重要なのは、参加者をロスト(道迷い)させないこと。看板立てやマーキングは、徹底的に分かりやすく、自分が納得いくようにやりたい。だから他人には任せません。手伝ってもらうのは草刈りくらいです」
さらに大会で重要な役目を果たすのが、ボランティアだそうです。KTFには80名ほどのボランティアが所属し、大会当日の受付や会場設営を行なっています。
「ボランティアは、お客さんと同じくらい大切」と考える大塚さんは、ボランティアにもメリットを感じてもらえるよう、交通費や宿泊費の優遇、大会後のパーティーの無料参加など、好待遇で迎え入れています。
「経費的にはめちゃめちゃ大きい部分ですけど、ここは絶対に譲れません。初期からの付き合いの方も多く、KTFのボランティアであることを誇りに感じてくれています。僕も、そういう彼らを心から称えています」
良い大会をつくることが、ライフワークや生きがいになっている方もいるとか。そういうボランティアに支えられているからこそ、参加者も心から楽しめるのでしょう。
KTF主催の大会は、ほとんどが土曜日に開催されます。それは、「ボランティアや選手には、大会後に宿泊して、翌日に地域を観光したり、山へ遊びに行ったりしてほしい」から。地域の活性化につながる大会にしたいというのが大塚さんの願いです。
トレイルランニング大会が果たす役割
トレイルランニングと言えば、ひと昔前は、ランナーのマナーが問題視されたり、登山者との軋轢が生じたりしたこともある、山のニュースポーツでした。年月を経て、今ではトレイルランニングの認知度も高まり、山岳スポーツとして成熟してきています。
「今はトレイルランナーも、本当にマナーが良いですよ。大会では、スイーパーが最後尾でゴミを拾いながら走りますから、道もとてもきれいです。また、ハイカーさんたちともだいぶ仲良くなったと思います」
さらに、現在、問題になっている登山道の維持管理についても、トレイルランニング大会が果たす役割は大きいと大塚さんは考えます。
「登山道は、人が踏まないと、あっという間にヤブに覆われて消えていきます。毎年、大会を開催して、草刈りや倒木処理を行ない、大勢の人を走らせることで、登山道を維持できます。体力があるトレイルランナーが果たせる役割は大きいと思いますよ」
トレイルランニングの魅力とは
トレイルランニングを心から愛する大塚さんは、その魅力をこう語ります。
「トレイルランニングは、スポーツであると同時に“カルチャー”の面が強い。関わる人たちは、本当にこのスポーツが好きで、心がキレイな素晴らしい人ばかりです。トライアスロンなど他競技からの転向者に、『トレランって雰囲気いいね』と言われることもあります。ただ、その一方で、競技としては成長しにくいという面もあります。距離だけでは測れないものもありますし、何がすごいかという基準が分かりにくいんですよね」
もちろん、自然のなかで走るということもトレイルランニングの根源的な魅力。とくに長野県の山は、ダイナミックな景観と豊かな植生が魅力だと大塚さんは言います。
「雪が降って真っ白になった北アルプスなどは絶景ですよね。そういう景色は長野県にしかない。僕がいちばん好きな景色は戸隠なんですが、迫力のある北アルプスの峰々が迫り、その前に戸隠連峰が重なる、そのコントラストがみごとです。また、ブナのような広葉樹の深い森があり、フカフカのトレイルが楽しめる。豊かな森も長野県ならではですね」
競技人口は、コロナ禍で減ったものの、最近になってまた増えてきているとのこと。マラソンやトライアスロン、登山からの転向者が増え、エントリー層向けの20~30kmのレースに人気が集まっているそうです。
いっぽうで、100㎞や100mile(約180㎞)の超長距離レースも人気だといいます。
「距離が長いほどすごい、または偉い、というような風潮ができてしまい、それは少し問題かもしれません。KTFで『志賀高原100』という100kmレースを昨年開催しましたが、すぐに定員が埋まりました。競技者として、限界に挑戦したいというモチベーションは当然あると思いますが、やりすぎると、ケガをしたり燃え尽き症候群になったりして、トレイルランを辞めてしまう人もいます」
究極の大会オーガナイザーをめざして
大塚さんご自身は、長距離よりも短距離が好きで、登りだけのバーティカルレースなどに出場することが多いそうです。
「長距離は飽きちゃうんですよね。ガーッと走ってパッと終わるほうがいい。24時間走り続けるとか、とてもできません(笑)」
今後の夢は、大会オーガナイザーを極めることだそうです。
「大会主催者には、輸入代理店を経営し、物品を販売するために大会を開催する方が多いのですが、自分はオーガナイザーとしての道を極めたい。UTMB®(ウルトラ・トレイル・デュ・モンブラン)という世界最高峰の大会があるのですが、その姉妹大会を日本で開催するのが、夢であり目標です。資金や場所など課題はたくさんありますが、実現に向けて動き始めているところです」
大会運営だけでなく、体が動く限り、自身も走ることを楽しみたいと語る大塚さん。
「50歳を過ぎて、ようやく走ることを純粋に楽しめるようになってきました。70歳、80歳になるまで、ずっと走り続けたい。そういう体づくりをしなきゃいけないし、マインドも常にそのようでなくてはいけないと思います」
トレイルランニングへの愛と信念を抱き、夢に向かって進んでいく大塚さんの挑戦は、これからもまだまだ続くようです。
▼大塚さんが企画・運営するトレイルランニング大会はこちら
https://nature-scene.net/organizing/
●株式会社Nature Scene
https://nature-scene.net/
●NPO法人北信濃トレイルフリークス(KTF)
https://www.facebook.com/kitashinanotrailfreaks
取材・文:横尾絢子 写真提供:大塚浩司(株式会社Nature Scene)
<著者プロフィール>
横尾 絢子(Ayako Yokoo)
編集者・ライター。気象予報士。高校時代より登山に親しむ。気象会社、新聞社の子会社を経て、出版社の山と溪谷社で月刊誌『山と溪谷』の編集に携わる。2020年、東京都から長野県佐久市に移住したのを機に独立。六花編集室代表。現在はフリーランスとして、主にアウトドア系の雑誌や書籍の編集・執筆活動を行なう。プライベートではテレマークスキーやSKIMO(山岳スキー競技)を中心に、季節を問わず山を楽しんでいる。日本山岳・スポーツクライミング協会SKIMO委員。
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