天空の湿原 栂池(つがいけ)自然園を親子で歩く。 『MIKKETA!(みっけた)』で見つける 大自然からの贈り物。
梅雨が開けた週末、小学校1年生の娘と6年生の息子を連れて栂池自然園に向かった。栂池自然園は北アルプス白馬岳の麓、標高約1,900メートルに位置する中部山岳国立公園だ。緑広がる湿原とミズバショウやワタスゲが咲く風景。ポスターの写真の中で吹いているであろう風を肌で感じたいと想いを募らせていた。
ー北アルプスの絶景を眺め、栂池自然園へー
栂池自然園には、麓の栂池高原からゴンドラリフトとロープウェイを乗り継いで行く。ゴンドラリフトの山頂駅「栂の森駅」までは約20分ほど。子どもと3人、検温と手の消毒を済ませてから乗車チケットを購入し、乗り場へと向かった。感染症対策が丁寧に行われていることに安心感がある。 ゴンドラの中間駅を通り過ぎ、更に登っていくと北アルプスの山並みが見えてきた。白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳、唐松岳、その奥には五竜岳、鹿島槍ヶ岳、爺ヶ岳が並んでいく。迫力ある景色が近づくと、子どもたちの目も丸くなった。なんて良い朝の景色。早起きの十分なご褒美をもらえた。 「栂の森駅」を降り、ロープウェイに乗り換える。ロープウェイは見上げるほどの木の上を通り過ぎてゆく。約5分の空中散歩だ。麓からは遠くに見えていた山々がいよいよ近づいてくる。やがて山頂駅に着くと、自然園の入り口まではもうすぐ。
約10分歩くと自然園の入り口に到着。立ち並ぶ3軒の建物は、お食事と宿泊ができる栂池ヒュッテと栂池山荘、栂池自然園の基地であるビジターセンター。ここから進むと自動販売機も売店もないため、足りない分の水分はここで足しておく必要がある。並びにはもう一つ小さな建物があり、ここが自然園入園前の最後のトイレ。園内の楠川にもトイレはあるが、トイレのある場所ではできるだけ済ませておくことにしている。小学生高学年になればある程度コントロールできてくるトイレの感覚も、低学年のうちはまだ慌てることが多い。それに、ここは中部山岳国立公園として保護されている貴重な場所。人間の排泄も自然に影響を与えてしまうため、トイレがある場所で済ませることがマナーになっている。身近なところから自然を知ることが、生きた環境教育につながるのだと思う。
ー自然体験プログラム『MIKKETA!』との出会いー
栂池自然園ビジターセンターに入る。今回、ここに来たかった理由がもう一つあった。栂池自然園で行われている『MIKKETA!』というキッズ向けプログラムに参加するためだ。案内のウェブサイトには「カメラをもって子どもたちが自然園レンジャーになって自然園内をパトロールし、自然園を守るためのミッションとして指定された園内写真の撮影と、おもしろいと思ったものを撮影していただきます。」と書かれている。今までは、歩くことを楽しみに子どもを連れて山へ来ていたけれど、最近になって娘が「歩きたくない…」「つかれたからおんぶして」と口にするようになった。その都度なんとか歩いてきたけれど、子どもが何か視点を変えて山を楽しめることができないかと考えるようになっていた。 受付に申し出ると、担当してくださるガイドの猪股さんが出迎えてくれた。ちょっと緊張した様子の子どもたちに声をかけながら、『MIKKETA!』についての説明を受ける。『MIKKETA!』でやることは大きく分けて4つ。1つ目は自然の景色を体験すること。2つ目は、指定された場所の写真を撮ること。3つ目は、1の体験中に「いいな」と思ったもの、興味のあるものの写真を撮ること。4つ目は、写真を3点選び、専用のアルバムにまとめる。 実際に本物のカメラを手にすると子どもの瞳に”スイッチ”が入った。カメラのシャッター(記録)と、撮った写真を再生する操作を覚えたら、革製のショルダーを体にかけていざ出発だ。
ビジターセンターを出ると涼しい風が通り抜けた。木道が自然園の奥へとつながっている。「さぁ、行こうか!」声と一緒に歩き出した。ほんの少し歩いた先に小川が流れている。透明に透き通る水の中をのぞき込むと、ゆらゆらと動く斑点模様の背中が見える。イワナだ。冬の自然園は数メートルにも及ぶ雪が積もる。「その寒さの下で生き延びているイワナなんだよ」と猪股さん。すっかり観察の目になった子どもたち。次は今年は良く咲いているというコバイケイソウに目をやる。花の性質や、花の名前が”梅の花”から由来していることを教えてもらう。そう聞くと、離れて見ていた花に視線もぐっと近づく。息子がカメラを構えてパチリ。その後ろでは、「みてみてー!とれたよ!」と、娘がミヤマキンポウゲの花を撮り終えていた。カメラの再生画面には画面いっぱいに大きく黄色い花が写っている。ミヤマキンポウゲは直径3センチほどの”小さい花”という印象をもっていた。それが大きく写されていることから、子どもと花の距離がとても近いことがわかる。花に近づいたのは単に距離だけのことではなく、娘の”気持ち”が、花に近づいたということだろう。小さい花が大きく写った画面から、子どもならではの自然を見る視線が感じられ、わたしも感化されてしまった。 すくっと立ち上がると、目の前に広がっていたのは、いつか訪れたいと待ち望んでいた風景だった。緑の湿原が広がり、白に黄色に紫の花々が彩っている。その先にそびえる白馬岳、杓子岳の間には大雪渓の残雪が白くまぶしい。息子がじっとカメラを構え、同じ視線の先の風景にシャッターを切った。わたしたちは今、同じ風景を眺めながら、言葉にならないこの感動を無言で共有しているんだー。そう感じて嬉しくなった。
ー子どもが見つけた宝物ー
歩く木道の傍らに咲く花々の数は、この季節にピークを迎えるそうだ。ワタスゲのわたはふくらんで、いまにも飛び立ちそうにしている。旬のアヤメは、ヒオウギアヤメと言って高山種なのだそう。いつしか”子どもカメラマン”は立ったりしゃがんだりしながらシャッターを切っては歩き進んでいく。いつもなら聞こえてきそうな「まだつかないのぉ~」なんていう子どもの声は今日は全く聞こえてこない。「あ!」「しーっ!」「そーっと、そーっと…」息子が息をひそめてトンボを手に止めようとしている。一切の声を止めたその時、指にトンボがとまった。息をのんでカメラのシャッターを押した。大人もうらやましく思うような瞬間だった。歩く木道には木の葉が一枚舞い落ちていた。なにげなく踏み越えそうな葉を見つめ、また息子がパチリ。子どもの視線が捉える自然の世界は美しく、面白い。 「風穴」と呼ばれている岩室まで来た。岩と岩の隙間をのぞくと雪がしっかり残っていて、つららまで下がっている。フーっと風が吹き出すと、冷たく凍ったような風が肌をかすめる。ひんやりとして心地よい。風穴まで来れば、楠川まであと少し。
ワタスゲ湿原の入り口に腰を下ろし、少し休む。栂池自然園には園内に休憩できる小スペースが点在していて、ちょっとした休憩をとるのに丁度いい。特に夏の季節は熱中症に気をつけたい。意識的に水分補給をすることと、おやつタイムも大切だ。お腹が空くと体もバテてくるが、心にも余裕がなくなりイライラしてしまったりする。何より、おやつは子どもの山の楽しみでもある。歩きだすとニッコウキスゲが咲きだしていた。花芽はお料理の材料にもなる、甘くておいしい花だそうだ。「…だから鹿もたべるし、猿も食べるんだよ。日本のあちこちの地域では、そうしてニッコウキスゲが減っているんだよ。」猪股さんの隣で娘が耳を傾けている。小学生になると五感で感じる自然以外に、そうした知識への興味が湧いてくる。知識の扉を開いていくことで、学ぶことの面白さを感じることができる年齢でもある。湿原には虫を食料にするモウセンゴケ、ブルーベリーの原種であるクロマメノキ、フワッとした毛がなびくチングルマ、子どもも発見が止まらない。 楠川まで来たら階段を下る。広めの河原は雪解け水が勢いよく流れる。絶好の休憩スポットとあり、人気だ。水のないところを選んで石に腰を下ろす。水に触れるとびっくりするほど冷たい。何秒水に手をつけていられるかと、我慢大会ができそうなくらいだ。 楠川をあとにしたら、8の字状に設計された木道を利用し、往路と道を変えてビジターセンターへと戻る。
栂池自然園のMAPはここから
ー体験を物語に。そしてココロに記憶するー
ここからは体験の振り返りの時間。撮った写真をカメラのモニター画面に映し出し、一枚一枚見ていく。この中から3枚のお気に入りを選ぶ。 どれにしようかと真剣になる。「うーん…」と悩み抜いて、想い入れの深い写真、良く撮れたベストショットを選んだ。カメラから専用の印画紙にプリントできる。早速3枚の写真が現像された。台紙のノートは写真を3枚貼れるようにレイアウトされている。3枚の並べかたも子ども自身で考える。娘は持ち前の性格でパパパッと並べ、貼っていく。息子は考え抜きたいタイプ。納得行くまで粘って決定。娘は最初に撮ったキンポウゲの黄色い花が大きく写った写真が印象的だ。息子は、雄大な山と青空を切り取った風景、手に止まったトンボ、カメラを逆さにして撮った葉っぱ。3枚の写真にはどれも裏付ける体験のストーリーがあり、宝物がおさめられていた。『MIKKETA!』によって、子どもたちが自分と自然をつなぐ独自の体験ができたことがとても良かった。また、ガイドさんがついてくれることで、自然の世界を押し広げ、大人も子どもも共に学ぶことができた事が新鮮だった。 ビジターセンターは、プログラムの他にもボルダリングの体験スペースや、自然園内の自然をクイズ形式で学べるタッチパネルなどがあり、家族でたのしめる。もし雨が降った場合でも、ビジターセンターで有意義な時間をもつことができそうだ。
ー山上でのおいしい時間ー
体験を終えたら、お昼ごはんへ。 「ここは山の上ですが、天ぷらは揚げたてを出しています」そう聞いたら、頼まずにいられなかった。栂池山荘のお蕎麦は人気のメニューだ。”天ざるそば”を息子が頼み、わたしは”白馬山菜そば”をたのんだ。揚げたてのエビ天は身がプリッと弾ける。あたたかいお蕎麦は心も体もホッとさせてくれる。娘は食べ終わると、本日のお目当て「さるなしソフトクリーム」にまっしぐら。さるなしは小谷村の名産品でキウイの味に近い。ソフトクリームはバニラとミックスされていて、さっぱりとしたフルーティーな味わいだ。隣接する栂池ヒュッテにはしごして、息子は巨峰ソフトクリームを食べる。こちらは濃厚なぶどうの味わいだ。わたしは美味しいと聞いていたアイスコーヒーで食後の一息。本格的なコーヒーと、山上の空気にしばし気持ちを開放した。栂池ヒュッテのお食事も好評で”生パスタ”のスパゲティやカツカレーもオススメとお客さんから教えていただいた。それは是非また食べに来なきゃと、次に訪れる楽しみが増えた。
撮影:杉村 航 取材・文:栗田朋恵
栂池自然園「MIKKETA」プログラム
プログラムの詳細は、下記の「プログラムの詳細はこちら」から公式サイトをご確認ください。
<TEL>
070-4091-5204
<場所>
栂池自然園 ビジターセンター
〒399-9422 長野県北安曇郡小谷村千国乙(MAP)
ガイド担当
猪股崇志さん
1978年長野県北安曇郡小谷村生まれ。栂池高原で栂池自然園ビジターセンターに勤務し、園内の自然の保全活動を行うほか、園内のガイドも担う。春夏秋冬を通じて撮影している栂池自然園の写真はSNSで人気があり、雨に濡れて花びらが透き通った”サンカヨウ”の写真は多くの人を魅了した。
<著者プロフィール>
栗田朋恵
長野県出身。6年生の男の子、1年生の女の子を持つ二児の母。独身の時に山登りをはじめ、子どもが生まれてからは東北、京都、東京、山梨、長野など旅先の山々を親子で歩いてきた。最近は山を歩く楽しみに加え、もっと自然と近づくような体験がしたいと考えている。
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