登山ガイドと登る、初めての山小屋泊登山。 アルプスの女王・燕岳へ② 「山頂登頂~山小屋滞在~下山」 後編
日帰り登山を重ねると徐々に泊まりで登山に行きたくなるもの。山小屋に泊まれば登る山の選択肢は格段に増えます。しかし「どんな準備をすれば良いの?」「最後まで登り切れるか不安」ーー初めての“お泊り登山”は不安がつきものですが、山のプロである登山ガイドと登れば安心。
今回は、日帰り登山の経験しかない編集部員が、登山ガイドと一緒に北アルプス『燕岳』に登り、山小屋『燕山荘』へ一泊してきた実体験を前編・後編に分けてレポートします。
※2021年8月に取材したものを記事化しております。
※入山する際は、登山に適した服装と装備で余裕を持った行動をお願いします。
標高2,763mの燕岳。“アルプスの女王”と称されるほど山容が美しく多くの登山者を魅了する人気の山です。
登山ガイド・髙木さんと一緒に、登山口から約5時間半の山行を経ていよいよ山頂へ。山小屋・燕山荘での滞在の様子などをリポートします。
☞登山の準備から山頂手前の燕山荘までの道のりをリポートした前編はコチラ
奇岩を探しながら白砂を進み
360度の展望広がる燕岳山頂へ
燕山荘から燕岳山頂までは約30分。白い花崗岩砂礫の稜線を進んでいきます。
風は強いですが、目の前に広がる景色を眺めながら歩く稜線は開放感抜群でとても気持ちよかったです。
山頂までの道のりには、燕岳の見どころの一つでもあるさまざまな形をした奇岩がいくつもあります。『イルカ岩』や『メガネ岩』などと呼ばれる岩は、全て花こう岩の風化によってできた天然の彫刻。面白い形をした岩を探しながら歩くのも楽しみの一つです。
例年7月下旬から8月上旬には“高山植物の女王”といわれるコマクサが見頃を迎えます。ピンク色の可憐で小さな花ですが、他の高山植物が生育できない稜線上の砂礫上という厳しい環境で花を咲かせます。
また、稜線上のハイマツ帯には国の特別天然記念物にも指定されているライチョウが生息しています。この日は見つけられませんでしたが、運が良ければ出会える可能性も。
登山をスタートして約6時間。念願の燕岳山頂に到着しました。
山頂に立つ達成感は、山登りの最大の魅力ともいえます。頑張って登ってきたからこそ見ることができる景色に大満足です。
山頂からは360度の展望が広がります。槍ヶ岳や穂高連峰、立山連峰、天気が良ければ遠くに富士山も見ることができるそう。
燕岳山頂はそれほど広くないため、記念撮影と景色を楽しんだら次に待つ人へ場所を譲ります。髙木さんによると、夕方から天候が悪くなることは確実で次の日の展望は絶望的とのこと。登山中も雨雲レーダーなどを頻繁に確認し、天候などの状況を的確に判断してもらったおかげで無事に登頂でき、景色を楽しむことができました。
100年の歴史がある山小屋『燕山荘』
燕山荘は燕岳山頂への稜線上・標高2,712mに建つ山小屋で、アウトドア系メディアの調査で「泊まってよかった山小屋ランキング1位」にも選ばれるほど高い人を気を誇ります。燕山荘の歴史は1921年(大正10年)に『燕の小屋』を建てたのが始まりで、2021年に100周年を迎えました。
燕山荘の館内は広く、隅々まで清掃が行き届いて快適そのもの。客室や食堂、喫茶サンルームのほか、診療所(夏場のみ)、乾燥室、談話室なども揃っています。フロントの目の前には売店があり、オリジナルTシャツや手ぬぐいなどのお土産品が人気。登山用品や飲み物なども販売されています。
広くて快適な山小屋での滞在
燕岳登頂後、チェックインをしたのは14時過ぎだったため、食堂の隣に併設されている喫茶サンルームで軽食をとりました。13時45分まで食堂は昼食営業をしており、カレーやうどんなどをいただけます。
喫茶サンルームは大きな窓に面した開放的な空間。窓越しに朝はご来光、夜は麓の夜景を眺めることができるそう。ビールやワインなどのアルコール類やおつまみ、人気のケーキセットやイチゴミルクが用意されています。
登頂を果たした達成感とお腹も満たされたことで眠くなってきますが、高標高の山小屋に到着後は、最低1時間は寝てはいけないそう。寝てしまうと呼吸が浅くなり、酸素不足による高山病の症状が出る可能性が高くなります。部屋で本を読んでゆっくり過ごしたり、山小屋内や周辺を探索するのがおすすめです。
山小屋での滞在で楽しみなのが食事。ご飯とお味噌汁のほか、お肉や魚、サラダ、デザートもあり品数・ボリューム満点。
これまで「山小屋のご飯っておいしいの?」と疑問に思っていましたが、肉・魚・野菜のバランスも良く、ハンバーグはふっくら。煮物もしっかり味がしみていましたし、お味噌汁も具だくさんで大満足の夕食でした。
夕食後は、次の日の準備をしたり、自分の荷物の整理をしたり思い思いの時間を過ごして20時30分に消灯です。
一斉に暗くなるので必ず消灯前に寝る準備をしておきます。私はのんびりしすぎて直前に慌てたので時間に余裕を持って用意しておくのがおすすめ。ヘッドライトを手元に用意しておくと便利です。
<山小屋滞在時のポイント>
・山小屋到着後、1時間は高山病予防のため寝ずに起きている
・標高が高い場所は乾燥しており、脱水になりやすいため、こまめに水分をとる
・山では水は大変貴重なもの。節水を心がける
・夕食後は早めに寝る人もいるため、会話や荷物の音に気を付ける
・早朝出発の際は、前日までに準備を済ませ寝ている人に配慮して行動する
山の安全と自然環境を登山者と共に守りたい
燕山荘では夕食時に宿泊者に向けて、燕山荘グループ代表の赤沼健至氏が安全登山や環境保全など山について話をする時間を設けています。
その内容を抜粋すると共に、消灯前のわずかな時間でお話を伺うことができたので紹介します。
安全登山のこと
山の季節は街中とは全く違います。燕岳の夏山シーズンは7月~9月まで。10月~6月は積雪のある冬山として考え、適切な装備を準備して登って欲しい。
山の上では特に、低体温症・高所肺水腫・硬膜下血腫が命に関わる事故になります。低体温症は風と寒さと濡れることで引き起こされます。特に風が強い日の稜線歩きは注意が必要で天候と装備を良く確認してください。
高所肺水腫は肺に水が溜まる重度の高山病で、風邪をひいた状態などで登ると起こりやすくなります。標高の高い場所で風邪が良くなることは絶対にありません。体調が優れない時は山に登ることは避けましょう。
硬膜下血腫は、転倒や落石などで頭を強く打った際に引き起こされます。危険箇所ではヘルメットを着用してください。
環境保全について
燕岳は高山植物の女王とも呼ばれるコマクサの群生がありとっても美しい山です。しかし過去に、登山者が群生地に足を踏み入れたことで全滅に近い状態になったこともあります。コマクサは不安定な砂礫の上に生えています。雨が降ると砂地についた足跡に水が溜まり植物が流されたり浸食で地形が変わってしまいます。一度失われてしまったものを元通りにするためには気が遠くなるほどの年月と努力が必要です。過去の状態から今の光景に戻すために20年もかかりました。“自然のものは自然のままに”。登山道から離れて踏み荒らさないようお願いします。
燕山荘の周辺ではライチョウが生息しています。周辺には天敵となる野生動物が少ないからこそ生息できます。クマやキツネなど野生動物はゴミを狙って現れます。生ゴミ含め、ゴミは全て持ち帰ってください。野生動物に出会ってもエサとなるものを与えぬようお願いします。
登山者一人一人の心がけて、美しい山と自然を後世に守り続けることができます。
登山の世界観がぐっと広がった1泊2日
燕山荘からは素晴らしい夕日や日の出の景色を眺めることができます。残念ながら私が滞在している時は天気が悪く、見ることはできませんでしたが、後日髙木さんに写真を見せていただきました。
翌朝、5時に起床しましたが外は土砂降り状態。雨雲レーダーとにらめっこの髙木さん判断のもと、雨が弱まるタイミングまで燕山荘に待機することにしました。
ゆっくりと朝食をとり、下山の準備を済ませます。髙木さんの読み通り、8時半頃になると雨が小康状態になったので出発しました。
下山時はレインウェア上下にザックカバー、手袋を着用しました。いくら雨が小康状態とはいえ長時間歩けば全身がびしょびしょになってしまいます。山の天気は変わりやすく、急に雨足が強くなったり、止んだりを繰り返していたのでたとえ晴れ予報でもレインウェアを必ず携行しておくことが大切です。
私はこの日、レインウェアのフードをかぶり下山しましたが、視界が狭まってしまうのでレインハットを用意すればよかったと反省しました。
「つまづきなどの事故は下山時に多いので、最後まで気を緩めることなくゆっくり歩きましょう」と髙木さん。
登る時より下山時の方が地面から受ける衝撃が大きくなります。スピードを出したり歩幅を大きくすればその分負荷も大きくなるため、足をくじいたり、バランスを崩しやすいそう。
登ってきた道と同じルートを進み、途中休憩をこまめにはさみながら、燕山荘から約3時間半で下山しました。下山後は登山口の温泉で疲れを癒やすのもおすすめです。
登山ガイドと登ることも山小屋に泊まることも、初めてのことばかりの2日間でしたが、これまでの登山とはまた違った世界観に触れることができました。
登山ガイドと一緒に登ることの意義は技術的なリスクヘッジだけではありません。髙木さんと一緒に登らなければ、天候の判断ができず山頂からの景色を楽しめなかったかもしれません。道中に生えるたくさんの草花は名前も分からずに通り過ぎていたはずですし、登山道から見える山々の景色は「あれは何の山だろう?」と想像することしかできなかったはず。
山小屋泊もしっかり準備をしていけば不自由なことは何一つなく、快適に過ごすことができます。山小屋に泊まれば、登る山の選択肢がぐんと広がりますし、一泊することで疲れを十分に癒やすこともできます。
初めて標高の高い山への登山、初めての山小屋泊、初めて登山ガイドと一緒の登山。今回の山行は、“初めて”のことばかりの登山でしたが、楽しさと学びを凝縮して体験できた2日間でした。疲れをそれほど感じなかったのは“歩き方”が良かったから。山の上で過ごす時間は日帰り登山では得られない充実した経験でした。天候がすぐれず夕日やご来光が見れなかったことが少し残念でしたが、今回見ることのできなかった景色は次に燕岳・燕山荘に訪れる時までのお楽しみにします。山の魅力や登山の楽しさを再発見する経験となり「次はどこに登ろうかな」とあれこれ考えを巡らせている私です。
終
撮影:キムラ タクヤ 取材:編集部(みやざわ ちえ)
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