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モバイルサウナおじさん長野をゆく_駒ヶ根編 ウイスキー蒸留所の川辺で身も心も蒸留される

コロナ禍によりさまざまな生活様式の変化を求められる中、ある日突然、40代半ばのサラリーマンがサウナを背負い森へ入った。家庭円満、仕事も順調。余暇&月3万円の小遣いを投資し没頭する趣味嗜好もなかった、ごく普通のおじさんが、なぜ注目のアウトドア・アクティビティにハマったのか。彼を自然の懐へと駆り立てるものとは? 自らも問う旅の始まりです。
文:中野優也 撮影:佐藤ピエール

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『駒ヶ根キャンプセンター』の北を流れる清流、太田切川の河原に到着。あいにく雲は低かったけれど、私の心は晴れ渡りすがすがしい気持ちに満ちていた。

“モバイルサウナの師”へ弟子入り志願。笑顔の歓迎はつかの間、修行の幕開けだった。

中央自動車道・駒ヶ根ICから約5分、広大な木曽山脈の玄関口と呼ぶにふさわしい深緑の森『駒ヶ根キャンプセンター』フリーサイトの一画。私が師匠と仰ぐ白澤 悟さんの笑顔があった。日本におけるモバイルサウナ・ムーブメントの先駆者で、神器=『バックパックサウナ』の企画開発・普及も担う。電話での会話同様、気さくで明るい。自然を愛する素朴さが好印象。私は人見知りで好き嫌いがはっきりしているタイプに属するらしいが、私は白澤さんが嫌いじゃない。サウナ購入後、仕事が忙しく地元での“開封の儀式”が遅れてしまった。やっと取れた休日。記念すべき“初張り”は白澤さんの拠点で、と無理を承知でご指導願った。

「では、早速始めましょう。まずはすぐそこの川へ薪木になる流木を拾いに行きましょう。10分ぐらいでけっこう集まりますから」

大型のトートバッグを受け取り、白澤さんの後につき川へ下りた。緊張と興奮で身震いが。長い間、私の中の物置に押し込められ、その存在を忘れていた何かが蓋を開けようと動いた……。

白澤さんは薪木作りの作業中だった。私が背負っている大きなリュックサックが『バックパックサウナ』。テント、基幹となるストーブなど20個以上の構成部品全てを収納。重さは13㌕。例えば設営目的地まで20~30分の徒歩行程で途中少々の上りがあったとしてもたどり着けそうだ。

白澤さんに燃焼材としての適・不適を教えてもらいながら太田切川の瀬切れした河床を歩くこと15分。トートバッグ満載!? の乾燥した流木を収獲。この量で大丈夫だろうか? 不安があったけれど師匠いわく、1回約15分の入浴が3回ほど可能らしい。何気に設営地へと戻る堰提階段がキツかった。特にフクラハギあたりが。いびつな形をした大小不規則な石の上を歩いたのは小学生以来なのだから。そして最後の2段で左足をつった。

キャンプサイトへ到着して約1時間。サウナ部屋になるテントの設営に取り掛かる。梁の役目を果たす2本のポールを固定し天井部分をフックに吊り下げ筒状の穴(スリーブ)に通していく。自立したところで張り綱(ロープ)をペグにつなぎ地面に打ち込む。テントや張り綱にたるみがあると生地が室内のストーブに接触し事故を起こす可能性がある、と指導を頂戴する。

“モバイルサウナ心得”の一つ。薪木や資材などはできる限り現地調達を(ただし合法的に)。ペグが打てない硬い地面には玉切りにした木材をアンカーに利活用(実は薪材として乾燥中だったサイト所有物。終了後返却)。

次はストーブの組み立て工程へ。きょうのモバイルのため3日前に収納したセットを再度分解したところ、部品が足りない。どうやら自宅庭にて組み立て練習後、水洗いした部品を乾燥するため車庫に放置したままだった。大失態! 白澤さんに真実を話し、年季の入った師匠の予備機材をお借りすることに。その部品を並べ、再度悔やむ。白状すると薪木拾いや薪割りに使う作業手袋も忘れた私に白澤さんは自分の手袋を貸してくれた。とても使い心地のいい革製手袋だった。

ストーブ内で蒸気を発生させるための水をくみに川へ。このとき私はさっきまでの元気は消え失せ、どこかへ逃避したいと思った。しかしこの銅製やかんを手に取りまた元気が戻った。なぜならその渋い輝きがとても奇麗だったから。それにしても、「川水をくむ」という行動がこれほど私を無心にしてくれるとは……。

左:再度、煙突の連結を確認。ストーブの組み立ては簡単だ。道具の複雑さに関して、初めは所有する喜びと多少の興奮があるから楽しめるが、やがて面倒くさくなってしまう。私は“ずくなし男”だ。その点、このストーブとは良い関係性を構築できそうだ。モノにも人間社会同様、絶対的相性が存在する。
右:ストーブ本体上部にあるタンクに太田切川の清水を注入。炉部分で薪木を燃焼させ煙突下部の蒸気加熱器を通し高温の蒸気を噴霧させるシステム。水蒸気出口は煙突外側にある。

川で拾った流木を丁寧に投入する。薪木の仕込み段階で炉の内径に収まるサイズにカットする作業は想定外の苦労。と言うより面倒くさい。できる限り“具合(都合)のいい”薪木を入手する“審美眼”を持つことがモバイルサウナ道の奥義と。師匠はそのような薪木を“お宝”と貴ぶ。

着火から燃焼が安定し、室内温度が「いい感じ、入り頃(60~70度)」になるまで平均約20分とのこと(外気温により変動)。ときどき火加減と温度加減が気になりチェック。ドアはスイング式で開閉。出入りが簡単だ。何やら航空機開発で培った技術が投入されているらしい。さすがロシア製。

いよいよ入浴。しかし、思った以上に室内温度が高く、ドアを開け慌てて温度調節した。白澤さんは来客と打ち合わせ中で不在。もうじき師匠の友人も合流し「混浴」が開催される予定だ。ちゃんとしたサウナ室にしなければと、緊張する。対岸に見える「SINGLE MALT KOMAGATAKE」と書かれた建物はこの9月にリニューアルオープンしたばかりの『マルス信州蒸留所・本坊酒造』

室内温度がいい具合に仕上がった証し!? 水蒸気が付着した窓を拭いてみた。一瞬透き通るけどまたすぐに曇る。その繰り返しが楽しい。昔乗っていたエアコンが壊れた愛車を思い出した。そろそろ白澤さんが戻る時間だ。段々と気持ち良くなり、さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が遠のく。少しのぼせた。

昼。師匠が持ち運び可能なかっこいいピザ窯で“おごっそ”を焼いてくれた。うまい、うますぎた。今まで私が食べたピザの中で最高のミックスピザだった。モバイルサウナの師だけではなくピザにも精通した人だったとは!? もしかするとピザ職人の修行を経たのだろうか。料理に興味がある私としては、またまた尊敬。

一人の女性がやってきた。駒ヶ根観光協会の観光地域づくり事業部リーダーを務める林 香織さんだ。白澤さんの友人でもある。どうやら冬の入浴後でも川で汗を流す、かなりの上級者らしい。10分ほど時間をかけもう一度室温を上げ、今度は、いよいよ!? 混浴。白澤さんがモバイルサウナの魅力を語り、林さんが今までの経験を教えてくれた。温泉で語り合えるような友人がいない私にとっては時間を忘れるほど心が躍る。そして妻以外の女性と混浴したのも初めてだった。突然、私の夢心地を現実へ引き戻す携帯音がテントの外から聞こえた。林さんへの仕事の連絡らしい。林さんは帰ってしまった。
(⌘今回の取材では白澤さんが中心となり、林さん、私の過去2週間における健康状態を確認後、訪問しました)

「それでは、そろそろ行っちゃいますか!?」と白澤さんが川へ下りて行った。汗がしたたり、自分の体からいろんなものが搾り出された体感がある。「蒸留」という表現がぴったりだ。風のタオルが私の熱を帯びた体を拭いてくれる。「うわっ、最高ですよ。中野さんも早く寝そべって」と。そして私は大好きな「ぬる湯温泉」に入るように川床へ寝た。仰向けになって。

通常のサウナ施設にある水風呂とは比較にならない、次元の違う爽快感に驚いた。ここは川。流水だ。しかも清流。このまま夜空に輝く星を見ることができたら幸せだろうと。集中しているせいか、徐々に水の音が小さくなってゆく。ああ……左目の隅っこに白澤さんの笑顔がぼやけて浮かんだ。

「中野さん、中野さん、大丈夫ですか? 寝ちゃだめですよ。顔色、真っ白ですよ」

同行したカメラマンの声だった。どうやら、私は“別の川”を渡りそうになっていたらしい。

時折、薄日が差す。いささか強制冷却された体を乾燥させるため堰提の上に貼りつく。太陽光を蓄熱したコンクリートが暖かった。水と樹木の匂い、今は川の流れも聞こえる。無言の時間。生きてて良かった。

きょうの締めくくりに、私は太田切川対岸の『マルス信州蒸留所』へ行こうと心に決めていた。駒ヶ根観光協会の林さんが「中野さんがマルスのバーカウンターでシングルモルトを飲んでらっしゃる姿ってシブいですよ」と言ってくれた。村上春樹のエッセイ『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』に登場する、スコットランド・アイラ島のウイスキー蒸留所みたいだ。あちらは海岸だったけれど、こちらは川岸。奇麗な自然と蒸留所っていい感じに調和している。すでに私はいい気分だった。

“川風呂”からあがった後で体を乾燥させた砂防堰提を渡ると(夜間・水量が多いときは通行禁止。現場の案内を確認ください)、そこは蒸留所施設敷地内だった。少し歩くとガラス張りの建物が見える。右にショップ、左にバーが併設されている。入り口で検温・手指の消毒をし、連絡先を記入し、私はバーカウンターの椅子に腰掛けた。そして『シングルモルト駒ヶ岳 リミテッドエディション2020(生産終了)』を頼んだ。

白澤さんと飲みたかったけれど、師匠は会社へ戻った。「じゃ、またお会いしましょう」と、すうっと、去った。どこまでも格好いい人だ。私は全くと言っていいほどウイスキーに詳しくない。でも、グラスに鼻を近づけた途端に果物の香りがして、舐めるように口に含むと高級蜂蜜に似た味もした。グラスの最後には何となくチョコレートの味があった……。

“旅するサウナ”は、人と出会い、人をつなぐ、トクベツな装置なのだ。

サウナを背負い最初の旅に出た。会社の同僚が知らない珍しい道具を所有し、非日常的な体験を実践する。そんな新しい趣味を持てれば……。きょうの昼ごろまではそう思っていた。けれど白澤さんと過ごしている時間、私は今まで見たことがなかった世界を知り、憧れた。戸外で入るサウナがこんなに楽しいなんて。北欧の人の気持ちが分かった。林さんからはサウナを通じて知り合った、個性あふれる人たちの逸話を教えてもらった。それにマルス蒸留所のことも。目の前の川を渡ると本物のバーがあった、なんて私にとっては異次元だった。テントの乾燥を待っている間、低い場所へと傾いた太陽を眺めながら、ふと思った。

「短い旅だったけれど、私も、いろんな人たちと出会ってみたい、とても」

白澤 悟:ファイヤーサイド株式会社長野本社勤務。以前は管理部門に在籍していたが2年前にモバイルサウナ『Mobiba(モビバ)』と出会う。そのコンセプトに魅せられ国内販売を目指し商品企画開発に注力。現在は営業担当兼『バックパックサウナ®︎』の普及に奮闘中。

中野優也:ウェブ解析士。大学卒業後、県内に拠点を置く観光事業関連会社に勤務。独身時代は全国の基幹都市に赴任。観光リサーチという目的で、とりわけ歓楽街での活動に没頭した。モバイルサウナと出会う以前は、自宅で料理を作ることが唯一の楽しみだったらしい。

⌘編集部からのお願い:
・サウナを楽しむ前に、自身の体調を確認しましょう。調子が良くないときは無理をせず体と相談し入浴を判断してください。
・四季を通じて、水浴をするとき、すぐに川・湖・雪へ飛び込むことはお勧めしません。まずは足・手を入れ体と気持ちを慣らしましょう(熱いお湯に入るときと同じです)。
・水浴の時間は1回につき1分から1分30秒ほどが良いといわれています。

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