長野県が誇る3つのアルプスと、個性豊かな5つのエリアをめぐる「Japan Alps Cycling Road(以下JACR)」。総延長878㎞、獲得標高は15,000mというダイナミックなサイクリングコースで、官民連携プロジェクトとして2023年4月に公表されました。感じてほしいのは、散歩でもドライブでも味わえない自転車だからこそのライブ感。ペダルを漕ぐたび景色が変わり、峠をひとつ越えれば食も文化も営みも変わる、長野県の魅力が詰まっています。
今回お話を伺ったのは、Japan Alps Cycling Project(以下JACP)代表の鈴木雷太(すずき・らいた)さんと、副代表の小口良平(おぐち・りょうへい)さん。自転車を使った「サイクルツーリズム」で長野県の魅力を発信しようと意気込む2人が目指すのは、国が指定する「ナショナルサイクルルート」の認定取得です。プロジェクトの軌跡とルートの魅力を伺いながら、県下初となる新たな挑戦の現在地を聞きました。
鈴木さんと小口さん、そして長野県の三者が集まり、2018年頃から準備会が立ち上がったJACP。それぞれの視点で世界の自転車文化を見てきたお二人は、長野県が秘めるサイクルツーリズムの可能性に早くから着目していました。
鈴木さん「中学生のときに競技自転車を始め、スピードにのる爽快感に夢中になったのが自転車との出会いです。現役時代はマウンテンバイクの選手として世界中を走ってきましたが、長野県はサイクリングにとって本当に良い環境が揃っていると思います」
小口さん「私はもともと諏訪地域の出身で、自転車冒険家として世界一周を達成したあと、辰野町にUターンしました。鈴木さんとの出会いも、プロジェクトの立ち上がりも、ちょうどその辺りのことです。レースとツーリングという違いはありましたが、『長野県を自転車で走るのはおもしろい』という意見が合致して、全県をつなぐルートを考えはじめました」
サイクリスト目線で魅力的なルートも、広く一般の人に楽しんでもらうためには気をつけなければならないポイントがたくさんあります。例えば道のわかりやすさや、適度な間隔での休憩スポットの有無。安全に走れる道路状況かどうかは、何度も試走を重ねて議論が繰り返されました。
小口さん「通常の道路は市町村道、県道、国道に分かれていて、それぞれ管轄が異なります。自転車やサイクルツーリズムに対する理解度は人や機関によりますから、設定したいと思う道はまず一緒に走ってもらって、プロジェクトに関わる人の目線を合わせるところからスタートしていきました」
実際に自転車で走ることで、「ここは景色が良くて走りやすい」「あの辺りは身の危険を感じた」など、共感を得るきっかけを得ていったお二人。長野県特有の「山越え」に苦労した伊那谷と木曽谷の往来では、選定のために何度も試走を行いました。
鈴木さん「場所によっては1歩進んで3歩下がるような進捗具合だったように思います。私たちサイクリストは『一筆書き』という言い方をしますが、ワールドスタンダードでは、信号や一時停止などのストレスがなく、真っ直ぐ走れる道が理想とされています。試走をして、時間をかけて共通の理解をつくる。官民連携の難しさも感じますが、より良いルート設計に向けて、今も大切にしている考え方のひとつです」
食、文化、体験。長野県が世界に誇るサイクルツーリズム
JACRの主なエリアは、千曲川沿いに牧歌的な景色が広がる「北信濃エリア」と、古城や宿場町をつなぐ「東信州エリア」。諏訪大社や松本城など注目スポットも多い「諏訪・松本エリア」、山岳ツーリングの魅力をダイレクトに感じる「北アルプスエリア」に、歴史、景色、食など楽しみ満載の「中央アルプスエリア」の5つ。南北に広がる長野県を、余すことなく味わえる設計です。
小口さん「あえてひとつを選ぶとすれば、私は故郷でもある諏訪・松本エリアをおすすめしたいです。古くからドライビングコースとしても人気のビーナスラインは、やっぱり別格の爽快感。長野県の武器のひとつだと思います」
鈴木さんのイチオシは、白馬地域を含む北アルプスエリア。松川沿いに見る清らかな水の流れや、フォトスポットとして人気の「白沢洞門」なども魅力ですが、一番は四季の移ろいが感じられるところです。頬を撫でる風の気持ちよさや季節ごとに咲く花の香りなど、五感を使って長野県の自然が感じられます。
鈴木さん「世界に誇る、という視点で見れば、歴史や文化が色濃く残る野沢温泉や戸隠、鬼無里村なども外せません。アップダウンの激しい山岳ルートでありながら、おやきや蕎麦など長野県の食文化があり、寺社仏閣めぐりが楽しめる。厳かな雰囲気や地域の人の営みに触れられる貴重なエリアだと思います」
小口さん「長野県には山も川も湖も、魅力的な景色がたくさんあります。同じ場所でも走る道や方角によって全く異なる景観が楽しめると気づいたのは、JACPのおかげかもしれません。私自身、馴染みがなかった北信や東信エリアに足を運ぶ機会が増え、多くの仲間とつながれたのが大きな財産です」
目指すは「ローカルありき」のナショナルルート認定
ナショナルルート認定はひとつの大きな目標ですが、JACPが目指すのはさらにその先、長野県らしい「ローカルなサイクルツーリズム」が根付く未来です。
小口さん「個人的には、自転車を通じて県内はひとつにつながった、その過程が評価されたらいいなと思っています。JACRでつないだ878kmが盛り上がり、サイクリングが身近なものとして親しまれていく。ルートも認定も、設定したり認定されたりしたあとが重要で、多くの人に快適に走ってもらえたら嬉しいです」
鈴木さん「多くの人が関わってつながり、ここからさらに長野県を発展していきたい思いが強いです。自転車は、飲食も宿泊も各地にある体験も、どんなコンテンツとも連携できる可能性を秘めています。仲間が増えれば新たなサイクリストとも出会えるでしょうし、新たな事業が広がっていく可能性もある。JACPは、そうしたつながりを生み出すきっかけであり続けたいと思っています」
JACRとして設定したルートから、ナショナルサイクルルートの認定に向けては、まだまだクリアしなければならない壁も多くあります。休憩スポットや標識の設置などハード面の整備、事業者や地域の人を巻き込むソフト面の体制づくり。JACPは、鈴木さんと小口さんを中心にこれからも知恵を出し合って進みます。
鈴木さん「自転車で言えば前輪と後輪のような関係性でしょうか。不足しているパーツを探しながら私たちらしく走っていきたいと思います。もちろんルートの設定や認定取得だけでなく、次世代の育成や自分達が楽しむことも忘れずに。これからも、多くの人との出会いを楽しみにしています」
Information
【Japan Alps Cycling Project】
電話:026-235-7253(観光スポーツ部観光誘客課)
HP:https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoshin/japanalpscycling.html
【BIKE RANCH】(鈴木さんが運営するスポーツバイク専門店)
住所:松本市新橋 6-16 LIFE STYLE MARKET内
電話:0263-50-6884
【gravbicycle】(小口さんが手がける自転車プロジェクト)
住所:上伊那郡辰野町辰野1704 グラバイステーション
電話:090-7732-1198
撮影:新井涼平 文:間藤まりの
鈴木 雷太 / Raita Suzuki
愛知県岡崎市出身
1995年からブリヂストンサイクル株式会社とプロ契約を結び、2000年にシドニーオリンピックMTBクロスカントリー日本代表に選出。その後2007年までプロマウンテンバイク選手として活躍する。引退後はナショナルチーム監督として選手育成に尽力するほか、松本市でスポーツバイシクルの専門店「BIKE RANCH」を経営。各種サイクルイベントのプロデュースなども手がけ、国内外に向けて自転車の魅力を発信している。
小口 良平 / Ryohei Oguchi
長野県岡谷市出身
1980年生まれ、長野県岡谷市出身。2007年に1年かけて日本1周の自転車旅を達成し、2009年から約7年半をかけて世界を走破した現役の自転車冒険家。これまで訪ねた国は157カ国、走行距離は約16万kmに及ぶ。現在は長野県辰野町に拠点を置き、grav bicycle projectを主宰。ツアーガイドとしてさまざまなサイクルツーリズム事業を手がけながら、まちづくりサイクルアドバイザーとして、マップ作成や観光商品開発、環境整備などにも取り組んでいる。