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知っているようで、知らない、寒天のこと
透明で、つるんとしていて、喉越しさっぱり。それがどんなものかと聞かれたら、自信満々にそう答える。でも、何からできているか?どうやってできているか?そう聞かれた途端、思わず言葉に詰まってしまう。もしかすると私は、あなたのことを、実はよく、知らないのかもしれない。
寒天。当たり前にあるけれど、その正体を知らないものランキングがあるとしたら、おそらく上位に入るだろう。和菓子とか、ゼリーとか、きっと誰もが口にしたことはあるし、存在は知っている。でも、原材料や製法について、細かく説明しろと言われても、できない人は多いのではないだろうか。少なくとも私は、できない。
長野県にいると、やたら寒天の製品を見かける。それもそのはず、諏訪地域は、なんと国内唯一の、天然角寒天生産地なのだ。恥ずかしながら、私はそんなことも知らなかった。近くに産地があるにも関わらず、寒天のなんたるやを説明できないなんて……こんなんでは、いかん!と、居ても立ってもいられなくなった。
寒天について学べて、あわよくばそれを、おいしくいただけるところは、ないだろうか。わがままな私の欲求を、全て満たしてくれるところを探して、辿り着いた場所。それが、諏訪の『トコロテラス』だ。
『トコロテラス』で、寒天を学ぼう
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カフェだけでなく、買い物と工場見学もできる『トコロテラス』
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創業80年以上の寒天メーカーが手がける本格派ショップ
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早速工場見学からスタート
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コンパクトながらしっかり寒天について学ぶことができる
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寒天の原料は、天草などの海藻!だから食物繊維が豊富なのだ
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ここでしか作れない角寒天、もはや神々しく見えてきた
暖かい、1月の昼下がり。冬の諏訪といえば、神様が通った道筋と言われる“御神渡り”が思い浮かぶ。気温が下がり、湖が全面氷結すると現れる現象だが、あいにくこの日は暖かく、風で水が揺れていた。
そのほど近くにある『トコロテラス』は、1939年創業の寒天メーカー、株式会社マツキが運営している工場併設のカフェ&ショップだ。工場の様子をガラス越しに見ながら、パネルや映像で寒天について学ぶことができる、工場見学も楽しめるスポット、というわけだ。(工場見学という響きには、どうしてもわくわくしてしまう。)
さらにここでは、おいしい寒天も食べられて、お土産まで買えてしまうのだから、一粒で三度おいしい。早速、名産品である角寒天についての知識を網羅したギャラリーを、カフェスタッフの倉根さんに案内していただこう。
「まず初めに、ところてんと角寒天の違いって、分かりますか?」
いきなりの質問に、内心、どきりとした。分からない。寒天と、寒天を作っている人たちに、大変申し訳ない気持ちになったので、正直に、まずは謝ることにした。すみません、恥ずかしながら、よく知らないんです、寒天のことを。そう言うと彼は、そうおっしゃられる方がほとんどですよ、とにっこり微笑んでくれた。そう、やっぱり多いのである。寒天のなんたるかを、知らぬ人は。仲間がいっぱいいること(と、倉根さんの優しさ)に、ほっと胸を撫で下ろす。
ところてんと角寒天の違い。それは製造の段階の違いだという。そもそも寒天は、天草と呼ばれる海藻を主な原料としている(寒天の正体は、なんと、海藻だった!)。それを煮て、寒天液を抽出し、濾過したものを冷やし固める。そうやって出来上がるのが、ところてん。そして、ところてんを屋外で繰り返し凍結・乾燥させたものが、角寒天だ。
寒天には他にも糸寒天や粉末寒天など、厳密に言うと様々な種類があるが、それぞれ形状や原料が違うという。どうやら寒天にも、多様性があるらしい。
大事なのは、なぜ諏訪地域だけが角寒天を作れるのか、という点だ。それには、気候が大きく関係している。雪が少ない、乾燥している、昼夜の気温差がある、そして良質な水が豊富。そのすべての条件が揃うのが、国内では、諏訪地域だけ。だからここは、唯一の角寒天の生産地なのだ。
冬の名産である角寒天は、自然に任せるところが大きく、12月から2月と作れる期間が短いが、併設工場では、ところてんを通年製造しているという。寒天に向き合い続けてきた職人が、ところてんにも本気で向き合い、厳選素材と長年の技を詰め込んで作った、“本来のところてん”。『トコロテラス』の看板メニューでもある。
こだわりが詰まったその味を、是非とも食してみたい。工場で寒天について学んだ後は、カフェへと案内してもらおう。
カフェで堪能、和洋寒天スイーツ
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“本来のところてん”が味わえるあんみつは、やっぱり大人気
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弾けんばかりの”てん”は、黒蜜をたっぷりかけて。フルーツと白玉とのバランスが絶妙
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ところてんの合わせ酢は、諏訪の蕎麦処『田毎庵』の秘伝の出汁と“つきのつゆ”で仕上げた上品な味
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平日にも関わらず老若男女、たくさんのお客さんで賑わっていた
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お隣のショップではあんみつやところてんを買うこともできる
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そのほか日々の食卓に使える寒天商品も見逃せない
平日にも関わらず、カフェはたくさんの人で賑わっている。実は角寒天、食物繊維が脅威の80%、しかもカロリーゼロという、優れた健康食材だ。角寒天を利用した食事メニューや和洋様々なデザートは、とてもヘルシー。だから、様々な世代にも、支持されているようだ。周りには、老若男女、様々なお客さんが食事を楽しんでいる。
メニューの中でもおすすめなのは、“本来のところてん”と、“あんみつ”。素材そのもの味が、一番ダイレクトに感じられるから、だという。そのアドバイス通り、両方を味わえる食べ比べセットを、いただくことにしよう。
せっかくなので、まずは天草100パーセントの“本来のところてん”を、何も付けずにそのまま味わってみる。箸で掴むのも難しいくらい、ぷるんぷるん、なおかつ、その透明に向こう側の光が透けて、きらきらと光っている。やっと掴んで、落とさぬように口に含べば、程よいコシで、舌の上で弾けていく。磯の香りがふんわりと香ったら、合わせ酢と一緒にさっぱりと喉へと流れていった。なるほど、素材の良さは、シンプルな食べ方であるほど、生きていく。
からしをつけてみると、また香りが変わっておもしろい。ピリッとする後味が、癖になる。そして、海苔と胡麻の薬味も、味の変化をつけたい時にもってこい。うーん、どれも、おいしい。こんなにおいしいのに、カロリーはほぼ0。素晴らしい。
そんなことを繰り返していると、悲しいかな、ところてんはなくなってしまった。気を取り直し、次は、“あんみつ”も、いただいてみよう。
こちらは、黒蜜をたっぷりかけて、フルーツと白玉と共に、贅沢に。先ほどと同じ“本来のところてん”が使用されているが、それぞれ切り方が異なるので、印象も違う。あんみつの中に入った、大きめの角切りの“てん”は、角切りならではの弾力を味わうことができ、何よりたっぷりと入っているので、食べ応えもある。他の具材と合わさることで、それぞれが引き立てあい、絶妙なバランスだ。
周りの様子を見てみると、どうやらこの定番メニューを頼む人が多いようだ。やっぱり、シンプル・イズ・ベスト。唯一無二の和スイーツ。ところてんと、あんみつ、いつ食べても、おいしい。飽きない。それが魅力だ。
あっという間に二つの甘味を食べ終えると、耳元にどこからともなく囁き声が聞こえてきた。まだまだ、いける。摂取カロリーなんて、微々たるもの。せっかくここまで来たのだから、他の寒天スイーツも、食べてみるべきだ、と。なるほど、確かにそういう考え方も、ありだ。声に従い、テーブルに置いてあったメニューに手を伸ばした。
言われてみれば、洋風の寒天スイーツも気になって仕方がない。ヘルシーなのだから、もう一個くらい注文したって、いいだろう。すでに二皿平らげているので、良心の呵責がないわけでもないが……そうだ、ヘルシーなのだから。主成分に、カロリーは、ないのだから。
そして私は、寒天スイーツとソフトクリームのパフェ風メニュー、“珈琲寒天&ソフトクリーム”を追加注文することにした。
諏訪地域、冬の恵みの、ありがたき
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見た目にもかわいらしい、さくらんぼが添えられたパフェに、オレンジピールのシロップをかける。スプーンですくった珈琲寒天とソフトクリームを一緒に口に入れたら、目を閉じる。ふんわりとオレンジが香って、その後には少し苦い珈琲と優しいミルクの甘さ。その上品な味に、思わず口元が緩む。
和洋を問わず、どれも上質なカフェスイーツたち。一口食べれば、そのこだわりがしっかりと伝わってくる。やっぱり頼んでよかった。しかも、こんなにたくさんの品を堪能したにも関わらず、体はまだまだ軽やかだ。いくらでも食べられてしまう寒天スイーツ。その底力を、知ったような気がした。
寒天のことも学べたし、おいしいものもたらふく食べて満足した帰り道、少し赤みがかった夕日が、諏訪湖を美しく照らし出していた。水は凍っていなくても、やはりどこか神秘的な冬。冬にしかできない角寒天もまた、もしかすると、諏訪地域に神が与えた恵みのひとつなのかもしれない。
そう思うと、お土産にいただいた角寒天が、とても輝いて見えた。歴史とともに、職人たちが、大自然の中、丹精込めて作ったもの。実際に、角寒天を戻すと、透明で、きらきらしていて、とてもきれいだ。
夕陽に向かって、思わず感謝する。そして、明日から始めようと決めた寒天ライフ(角寒天を使ったレシピもちゃっかり教えてもらった)にも、心が躍った。
『トコロテラス』
https://toco-terra.com/
取材・撮影・文:櫻井 麻美
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki
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