
旅先で、つい、手にとってしまうもの
ここでしか食べられない、今しか食べられない。そう思うと、いつだって、つい手にとってしまうもの。大きな旅の楽しみでもある、食。食は、その地ならではの、文化や歴史を一手に引き受けているもののひとつ、ともいえるだろう。
伝統料理から、B級グルメ、地元のスーパーや、お菓子屋さんなど、そこでしか味わえないものに出会ったが最後、食べてみないと気が済まない。例えその時、お腹が空いていなくても。今までにも旅先で、それまで見たこともない食材や料理に、出会ってきた。そしてその体験は、私の旅の思い出を、より鮮やかに印象付けている。
長野県内を旅していると、その広さと多様さを、つくづく思い知らされる。その理由のひとつが、やはり食なのだ。県内には、77の市町村があるが、少し地域が変わるだけで、馴染みのない料理や素材が現れて、その度に私は、なんとも言えない興奮を覚える。近くても、気候も違えば、採れるものも違う。だから、長野は、おもしろい。
そして今回、私が聞きつけたのは、冬にしか食べられない飯山のご当地スイーツ、“バナナボート”。バナナボートといえば、マリンアクティビティの、あのでっかいバナナしか思い浮かばないが、飯山市民にとってはお馴染みのスイーツらしい。知ってしまったからには、食べてみたい。早速、雪深い飯山へとひた走った。
バナナボート、ことはじめ

飯山のご当地スイーツ、バナナボートがずらりと並ぶ

『道の駅 花の駅 千曲川』内にある『カフェ里わ』では、冬季の土日限定で5〜6店舗のバナナボートを販売

飯山の雪深い冬の景色とバナナボートがよく似合う

『カフェ里わ』はサテライトショップとして市内の店の様々なスイーツが並ぶ
向かったのは、『道の駅 花の駅 千曲川』内にある、『カフェ里わ』。飯山の食材をたっぷりと味わえるメニューを取り揃えたレストランだ。食事はもちろん、ここには地元のお菓子店のスイーツもずらりと置いてあるのが特徴で、もはやお菓子屋さんかと思うほどの、豊富な品揃え。ここに来れば飯山のお菓子を一通り味わえる、といっても過言ではないだろう。
そしてその中にはもちろん、バナナボートも並んでいる。冬の土日限定で、日によって5〜6店舗ほどの商品を置いているそうで、もはや、お菓子コーナーの半分ほどを占めている。その佇まいは、とても堂々としていて、なんだか誇らしげにすら見える。
飯山にバナナボートが登場したのは、昭和50年ごろ。市内の和菓子屋、大黒屋製菓舗のご主人が、百貨店で偶然見かけたロールケーキにインスピレーションを受けて、自分でも作ってみたのがきっかけだ。つまり、それが、飯山のバナナボートの発祥らしい。
城下町だった飯山は、昔からお菓子文化が盛んだった。その影響もあり、多くの和菓子店が存在する。彼らが、和菓子だけでなく、洋菓子にもチャレンジするのに、ちょうどいいのがバナナボートの存在だった。シンプルで、作りやすく、おいしい。全ての条件が揃い、バナナボートが各店へと広がっていった。
ここで重要なのは、和菓子屋さんがバナナボートをはじめた、という点だ。ケーキ屋さんがはじめたのでは、なんだかありきたりに思えてしまう。だって、クリームとか、スポンジとか、そういうものは、洋菓子店の定番なのだから。そうではなく、和菓子屋さんから始まった洋菓子、という点。ここが、個人的にはとても、ぐっとくる。(若い世代になると、和菓子店を継ぐ前に、洋菓子店に修行に行くこともあるらしい。和洋折衷、そういうのも、なんだか、良い。)
というわけで、飯山市の住民にとって、ふるさとの味であるバナナボート。私もぜひ、いただいてみたい。昼に近づき、店内もにわかに混んできた。売り切れる前に、列に並ぶことにしよう。
いいやまの、いつものおやつ、バナナボート

『梅月』のバナナボート/米粉入りのスポンジはふんわりした厚みが特徴。生クリームの分量もちょうどよく、ペロリといただける

『福田屋製菓舗』のバナナボート/地元産「菜の花みゆき卵」を使用したスポンジと、脂肪分少なめの生クリームが、絶妙なバランス!

『美芳屋』のバナナボート/バナナが半分で食べやすいサイズ感。上品な生クリームをバナナと合わせれば、なんだか懐かしい気持ちに

『サン、ローラン』のバナナボート/「菜の花みゆき卵」を使ったふわふわの軽やかなスポンジ。溢れそうな生クリームは、端っこまで楽しめる

『喜楽堂』のバナナボート/一枚一枚焼かれた薄めの生地は、しっかりとした食感。クリームは甘すぎず、優しい味

『京香屋』のバナナボート/こちらは個性派、ボリューム満点のクレープで包まれたバナナボート。しっとりした生地そのもののおいしさを堪能できる

『やよい農園の台所』のバナナボート/こちらは進化系、豆乳チョコクリームが入ったバナナボート。クリームチーズ入りの生クリームと合わさって、満足感あり!
この日並んでいたのは、市内7店舗のバナナボートたち。チョコや抹茶などの変わりクリームもあるが、初心者なのでまずは定番の白い生クリームのものを、各店ひとつずついただいた。洋菓子のパッケージに、和菓子店らしい名前がプリントされているものもあり、そのギャップがとても良い。
ひとつひとつ手に取れば、その重さや質感が違うことにも気づく。スポンジの形から、包み方、バナナの入れ方、生クリームの甘さ、味や食感、それぞれの店主のオリジナリティが溢れた一品に仕上がっている。上級者になれば、断面の違いでどの店かを当てることもできるという。現在、市内では10店舗ほどがバナナボートを提供しているそうだが、どれも本当に、個性豊かなのだ。
そっと透明なセロハンの包みを開けて、一口。バナナの甘さと、生クリームのまろやかさ。それを包み込むスポンジが、全て口の中で合わさった時、思わず息が漏れる。これを至福と言わないでなんと言おう。老若男女、全ての人に愛される理由が、わかる。各店の味の違いもあいまって、もうひとつ、もうひとつ、と自然と手が伸びてしまう。(今日のカロリー摂取量について考えることは、やめておこう。)
当時から変わらぬ味を、今もこうやって味わうと、つい、50年前の人たちに思いを馳せてしまう。当時は飯山にも多くのスキー場があった時代だ。片手で食べられて、お腹にもたまって、甘くておいしい食べ物は、滑り疲れたスキー客にも大変喜ばれた。飯山の菓子店のみなさんも、よくスキー場へと行商に行ったのだと、教えてもらった。
昭和50年ごろといえば、スキーブーム真っ只中。バブル期のスキー場で、バナナボートを片手に、カップルや家族たちが楽しんでいた華やかな情景を、想像する。
もちろん、スキー場だけでなく、飯山の人たちにとってバナナボートは、日常を彩る身近な存在でもある。きっと当時も、子どもたちは喜んで、口の周りにクリームをつけてほおばったに違いない。今も昔も、変わらない。そう思うと、なんだか少し、泣けてくる。
「バナナボートの歴史とか魅力を知って、感動しちゃったんです。」
と話すのは、『カフェ里わ』の小林さん。彼女も飯山に来て、地域の人たちに愛されながら歩んだバナナボートの道のりに、すっかり魅了されてしまったという。バナナボートを一口食べれば、彼女の言っていることに、納得するはずだ。だって、こんなに、おいしくて、懐かしくて、優しいのだから。
昔ながらの味を守りたい、というお菓子屋さんたちの想いが、バナナボートには詰まっている。菓子店が代々続き、味を継承していくことはもちろん、新しい店が新たな味を手がけることだって、その根底には、ふるさとの味に対する想いがあるからではないか。
たくさんあったバナナボートは、昼過ぎにも関わらず、徐々に減っていく。ガラスケースの中で、バナナボートたちはじっと待っている。今日もどこかのだれかの、思い出になることを。
ちょっとうらやましい、ふるさとの味

じっくりと商品を見つめながら、どれにするか悩む人や、すでにお気に入りが決まっているのか、即決する人。全部ください、とまとめ買いしていく人など、飯山の「いつものおやつ」を求めて、今日もたくさんの人が列に並ぶ。
私はその様子を眺めながら、やっぱり、ふるさとの味って、いいな、としみじみ思うのだった。そして、自分のふるさとの味を思い出して、少し感傷的になった。小さい頃、母がよく買ってきてくれた、焼き鳥屋のつくね。おでんをするときには欠かせなかった、練り物屋さんのさつま揚げ。どちらの店も、もう商店街からはなくなってしまった。
だから、ちょっと、うらやましい。飯山のひとたちが。そして、バナナボートがこれからも、きっと、続いていきますようにと願って、また買いにこようと思うのだった。
『道の駅 花の駅 千曲川 カフェ里わ』
※バナナボートの販売は12月〜3月の土日限定、10時から。日によってランダムに5〜6店舗の商品が並ぶ
https://www.chikumagawa.net/cafe/
取材・撮影・文:櫻井 麻美
<著者プロフィール>
櫻井 麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ごす。
https://www.instagram.com/tabisuru_keshiki
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