新たなる信州土産のご提案。りんごの∞(無限)の可能性
長野県で出合うおいしいものや、すてきなものたち。旅の思い出に連れて帰りたくなる、ちょっと気の利いた信州土産。
そんな土産品のなかから、今回は「リンゴ」をテーマに2アイテムを紹介します。
飯綱町のリンゴでシードルをつくる「林檎学校醸造所」
全国有数のリンゴの産地である長野県。 なかでも北信エリアに位置する飯綱町は、昼夜の寒暖差が大きい気候条件や、飯綱山の伏流水など上質な水源にも恵まれ、甘味と酸味のバランスがよく、蜜を含んだおいしいリンゴが育つといわれている。
日本トップレベルの生産量を誇り、“りんごの町”と呼ばれ栄えてきた飯綱町のリンゴ。もちろん、そのまま生食でいただくのが一番ではあるのだが、今回はリンゴを別商品に生まれ変わらせた、2人の仕掛け人が手がけた商品に迫ってみたい。
1アイテム目はシードル。
リンゴを発酵させて作るアルコール飲料で、県内でも個性豊かなシードルが多数つくられている。県内産のリンゴを使いシードルづくりをする長野県認定の醸造家の一人が、廃校になった小学校でシードルの醸造を行う小野司さん。「林檎学校醸造所」の代表を務めている。
長野県飯綱町のリンゴ農家に生まれた小野さん。高校を卒業するまでは稼業のリンゴ農家を継ぐ気はなかったそうだが、転機は東京でシステムエンジニアとして働いていたころに訪れた。
「システムエンジニアと農業。ある意味、デジタルとアナログと対極にありますよね。デジタルの世界から農業を見直してみたとき、今まで見えていなかった農業の魅力に気づいたんです」。
離れてみるからこそわかる、稼業の魅力。自分語りで恐縮だが、私も若いころは「早く地元を離れたい」とそればかりを願っていた。ある程度人生を経験し地元へ戻ったときに、ようやく長野県の魅力を知り、素晴らしい景色や食べ物、文化が多いことに気づかされた。
近くにいると見えなかった農業の魅力。
ただ今の時代、リンゴ農家をそのまま継ぐだけではビジネスとして成立させ、続けていくのは難しい。何か新しいことを生み出さないと、と考えた小野さんはシードルづくりに着手。
「最初は近隣にあるワイナリーさんに委託し、うちの畑で採れたリンゴでシードルをつくってもらっていたんです。でも、そのワイナリーさんが委託醸造をやめてしまうとなって、じゃあ自分たちで立ち上げてみるかと。それで会社を起業しました」。
“地元のリンゴを使ったシードルを作る、そしてこの飯綱の地にシードル文化を根付かせる”。そんな同じ志を持ったメンバーと出会ったことも追い風となり、2019年に「林檎学校醸造所」を立ち上げた。
廃校を利用することになったのは本当に偶然だった。
シードルの醸造所を造ることを自治体に報告に行ったところ、町内の小学校が合併し、廃校になったあとの活用方法を相談されたのだという。
「自分たちが育った飯綱町と、その周辺エリアの活性につながればという思い。まだまだ知名度が低いシードルを多くの人に知ってもらうのにも、この場所は最適なんじゃないかと思ったんです。廃校活用事業と我々の設立のタイミングが合致したのは、本当に運が良かったと思います」。
そしてはじまったシードルづくり。醸造酒に精通した大学の准教授からアドバイスを受け、技術や管理方法などを身に付けていった。
「発酵の温度や環境などで引きおこる“オフフレーバー”、いわゆる変なにおいや味になってしまったり。瓶のなかで酵母を自然発酵させるのも管理が難しく最初は苦労しました」。
徹底した温度管理が必要になるシードルづくり。
「実は環境機器を扱う商社に勤めていたこともあり、そのときに一定の温度を保つ環境機器も受注販売していたんです。シードルをつくる行程でも、この環境機器が役立つのでオーダーメイドで作ってもらいました」。
小野さんが今まで経験してきたさまざまな仕事のスキル、知識、そして人脈。すべてがシードルづくりに役立ち、つながっている。
最初は2銘柄からのスタートだった。
「廃校利用というところで、皆さんに覚えてもらいやすい名前をということで「1組」「2組」という名前を付けました」。
小野さんをはじめ、林檎学校醸造所の活動は徐々に広がり、今では地元農家さんからの「うちのリンゴでも作ってくれ」という依頼も多い。
素材は、生食用、クッキングアップルと呼ばれお菓子作りや加工品などに使われる少し酸味がある小さいリンゴ、そして渋みが魅力の「高坂リンゴ」も使用する。
「生食用のリンゴも、味は同じでも色や形が悪かったりなどで出荷できない規格外のものを買い取らせていただいています」。
無料よりはマシ、二束三文にもならなかった規格外のリンゴを買い取ってくれるのは、農家さんにとってもありがたいことだろう。
「うちもとても助かっているんです。小さいリンゴは安かったり、なかなか買い取ってもらえないそうなんですが、うちは潰して使うので、小さいリンゴも大歓迎です」。
そして「高坂リンゴ」。現在、飯綱町には50品種以上のリンゴが栽培されているといわれ、海外の品種も多く栽培されている。そのほとんどが西洋からきたリンゴだが、「高坂リンゴ」は中国からきた和リンゴ。西洋リンゴが普及すると同時に、渋みが強い「高坂リンゴ」の栽培はどんどん減少し一時は絶滅寸前に。現在は保存に取り組んだ成果で2本の原木が残り、飯綱町の天然記念物にも指定されている。
ポリフェノールの一種であるプロシアニジンが他のりんごに比べ豊富に含まれているといわれる「高坂リンゴ」。
「お酒が好きな方には、ほのかな渋みって好まれるんです。高坂リンゴをブレンドした商品は、甘味、酸味、そして渋みのバランスがとれたシードルになるんです」。
アルコール度数が高いものや、アルコール度数0.5%の微アルコールのものなど、市場のニーズに合わせ商品を開発。今では珍しい品種を使ったシードルなどバリエーションは増え、現在のラインアップは20種類ほど。
「最近、お酒を飲まない方も増えてきていますが、シードルは飲んでみたいというご要望も多かったので微アルコールのものを作ったり、逆にアルコール濃度が高い『アップルジャック』も発売しました」。
アップルジャックは、17世紀、アメリカのニューイングランド地方で生まれた果実酒で、「シードルを凍らせ、凍った部分を除去することでアルコール成分などが凝縮されたお酒が残るんです。アルコールと一緒に香りや甘味、酸味なども残るので非常に濃い林檎酒になるんですよ」。
林檎学校醸造所の商品は、県外にも少し流通しているが、購入できるのは主に県内の土産店や駅ビルなど。ECサイトでも入手可能だが、確実に購入したければ観光がてらこの場所を訪れるのが一番だ。
今後は飯綱町のリンゴを広めていくために、農家、醸造所、そして加工業と、個々でやっている活動をひとつの共同体(チーム)にできないかと模索していると、小野さんは話す。
そして、そのチームの加工業を担うのが、次なる仕掛け人、株式会社SORENAの伊藤優里さん。
リンゴから果汁を搾るときに出る残渣(しぼりかす)を生まれ変わらせ「りんごレザー®」を誕生させた、その人だ。
リンゴの残渣を「りんごレザーⓇ」へと生まれ変わらせる「株式会社SORENA」
高知県で生まれ、大分県で育った伊藤さん。信州大学に入学したことをきっかけに長野県に移住。卒業後はアパレル会社を経て、フルーツ加工会社に入社した。
「友人にちょっとやってみない?と誘われて。当時は理想的な就職口がなかなか見つからず、ちょっとだったらと入社したんです。結果10年も勤めることになったんですが(笑)」。
いろいろな果物を加工し販売するという仕事をするなかで、「廃棄しなくてはいけないものがたくさん出る日常を送っているときにふと思ったんです。子どもたちに食品を無駄にしないよう教えなくてはいけない立場なのに、自分のしていることはどうなんだろうと。これって矛盾しているなと…」。
2人の子どもを育てる“母親”でもある伊藤さん。ちょうどそのころSDGsという言葉が少しずつ浸透し、サステナブルへの意識も高まりつつある時期だった。
「素材となる果物は輸入品を使っていたのですが、コロナや地震など、予期せぬことがおこると輸入はすぐストップしてしまう。そういうリスクもあるのになぜ輸入に頼っているんだろうと不思議でした。日本には海外に誇れるくらいおいしい果物がたくさんあるのに」。
輸入に頼らず日本独自で経済をまわせないだろうか。日本産の食品の価値を高め、海外でも適正価格で買ってもらえるような社会を目指したい。 「私に何かできることはないかと考えたときに、出合ったのが“ヴィーガンレザー”だったんです」。
伊藤さんが “ヴィーガンレザー”と出合ったのは、とあるサステナブル製品を扱う展示会だった。パイナップルやバナナを原料に人工皮革を作れることを知り、「これなら自分がやってきたことが生かせるのでは」と運命的なものを感じた瞬間だった。
2019年に長野市を襲った台風19号。千曲川堤防が決壊し、リンゴの生産地でもあった長沼地区では多くのリンゴ農園が甚大な被害を受けた。
「自分のなかで、何かやらなきゃという思いがより一層強くなった出来事でした」。
そして2021年株式会社SORENAを設立。リンゴを使った合成皮革「りんごレザーⓇ」の開発に着手した。
ヴィーガンレザー自体、日本ではまだ前例が少なく、指南してもらえる機関や企業もなかったため、海外の文献などを読んだり、ネットなどから情報を収集。「長野県工業技術総合センター」に協力を仰ぎ、開発にいそしんだ。
「最初のころはすべて手作業で。リンゴを刻み、搾りかすを作って、乾燥させ…そんなことを繰り返しやっていました」。
原料となるリンゴの搾りかすは飯綱町をはじめ、「林檎学校醸造所」から提供されるものを使用する。
「最初に協力してくれた革製品を作る企業の方が「飯綱でおもしろいことやっているので行ってみない?」と紹介してくれたのが『いいづなコネクト』でした。そこで林檎学校醸造所の小野さんと知り合ったんです」。
「いいづなコネクトEAST」で、リンゴを使ったスイーツを提供するカフェを営む「泉が丘喫茶室」の植田さんも「肥料や飼料にしかならなかった残渣がグッズになるなんていいですね」と応援してくれた。
そして2022年6月にリンゴの搾りかすを使った合成皮革の素材が完成。日経新聞にも大きく取り上げられ、2021年度の「ベンチャーコンテスト」では奨励賞を受賞した。
シードルを作るときに出る搾りかすを乾燥させ、樹脂などを配合し生まれる「りんごレザー®」。石油由来の原料「ポリウレタン」の使用量は通常の合成皮革に比べると2/3ほどに抑えられており、より環境に配慮されている。手触りは本物の革と見間違うほど。そのうえ軽く、伸縮性があり、高い耐久性と耐水性を備えている。使いこめば使いこむほど、経年変化が生まれ味が出てくるのも本革同様だ。
商品の製作は県内で皮製品を作る企業に依頼。商品第1号となったのはバッグだった。
そして、今では看板商品となっているリンゴをイメージしたトートバッグを、長野市にある『IVY PRODUCTS』に手掛けてもらった。
「『IVY PRODUCTS』の高橋さんとは、私がふらっとお店へ遊びに行ったことが出会いのきっかけです。お話しているなかで「りんごレザー®」に対して興味を持ってくださったんです」。
2022年にはクラウドファンディングにも挑戦した。
「おかげさまで目標額にはいったものの、返礼品用に作ったお財布の製造原価がかなり高くなってしまって。実はものすごい赤字だったんです。皆さんに知っていただくよい機会だったのでチャレンジしてよかったと思うのですが、いろいろ勉強になりました(笑)」。
「りんごレザー®」で制作したアイテムのブランド名を 再生(Re)とリンゴ(ringo)をかけ、“Rerigo(レリゴー)”と名付けた。
「食べられなくなったリンゴを、再び日本の宝として輝かせたい。万有引力で多くを惹きつける地球のように、世界中の同じ思いの人々と繋がっていけるブランドでありたい」という思いが込められている。
「皆さんが知らない世界をご紹介していく、何もない0から1を広めていくのって本当に大変だなと実感しています。今は、商品をたくさん作ってたくさん買っていただくということより、“チームRerigo”の輪を広げ、より多くの方に知っていただくのが先決だと思っています」。
簡単にできることでもないし、すぐにうまくいくわけでもない、それでも続けていくしかない、と伊藤さん。一見、険しい道のりを進んでいるのかと思いきや、表情は明るく、常に笑顔なのが印象的だ。
「私の活動に共感してくれる人が自然と集まってくれて、みんなでシードルを飲みながら楽しいことを考えたり、新しいことにチャレンジしたり、そうやってモノづくりができたらいいなって思います。それが私の今後の目論見です(笑)」。
長野県に西洋リンゴの苗木が到来し、2024年で150周年を迎える。
「日本で作る食品の価値を高めたい」という想いからスタートした伊藤さんの活動は今、「長野県のリンゴの価値を高めていく」という具体的な目標となって、着実に実現へ向かって歩み進めている。
飯綱町のリンゴ。
規格外のリンゴを使ったシードル。
そしてシードルから出る残渣を使った「りんごレザー®」。
生産者、林檎学校醸造所、SORENAが一体となり、本来だったら廃棄されてしまうものをアップサイクルし、より魅力的な商品へと生まれ変わらせる。
飯綱のリンゴからはじまったサーキュラーエコノミー。長野県産のリンゴがより多くの人の元へと届き、また再び長野県を訪れたいと感じてもらえるように。この想いが絶えることなく次世代へと紡いでいくことを切に願う。
〈林檎学校醸造所〉
住所:長野県上水内郡飯綱町赤塩2489 いいづなコネクトEAST 1F
TEL:050-8893-2772
https://5gaku.com/
Google Maps
〈株式会社SORENA〉
https://sorena39.com/
https://rerigo.jp(Rerigo)
取材・文:大塚真貴子 撮影:平松マキ
<著者プロフィール>
大塚真貴子(Ohtsuka Makiko)
長野市出身。東京で情報誌を中心とした雑誌、書籍などの編集・ライターを経て、2008年に地元である長野市にUターン。地域に根差した出版社において情報誌の編集に17年間携わり、フリーランスのローカルエディター・ライターとして独立。観光、グルメ、住まい、ライフスタイルなど幅広いコンテンツを手がけるほか、イベント、間借りスナックなどを思いつきで開催している。
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