冬こそ食べたい「信州そば」
冬は、そばが最も味わい深いといわれる季節。王道のざるそばや温かいとうじそば、そして冬の郷土食材の一つ、すんきを使用したそばと、冬こそ味わいたい「信州そば」をご紹介します。
掲載の情報は、記事執筆時のものとなります。最新の情報は各店にお問い合わせください。
“そばが一番おいしい季節”を味わうなら、王道のざるそば
そば職人や食通の間では、一年の中で“冬のそばが最も風味が良い”と言われている。取材先の誰もが「冬のそばが一番」と言う。主な理由としては、2つ挙げられる。一つは、秋の新そばの熟成が進み、コクと甘みが増す。もう一つは、冬季の冷水でしめることにより、喉ごしがきわ立つ。あらためて、日本屈指のそば処・長野市の戸隠地区で、冬のそばの魅力を聞いた。
そば処 よつかど(長野市戸隠)
7.5km圏内に約30のそば店が集結する戸隠地区。冬季は道路の除雪やスキー場の圧雪などに従事する職人も多く、営業するのは20軒ほど。言わずと知れたそば処には多くの人が集まり、ゴールデンウィークやお盆、紅葉期、新そば祭りが続くグリーンシーズンは、各店大賑わいで長蛇の列ができることもしばしば。一方、年末年始を除き、目立った混雑のない冬は、いわゆる穴場的な季節で、暖かな店内で“冬の戸隠そば”をじっくり味わうことができる。
戸隠神社宝光社門前に店を構える「そば処 よつかど」は、県内外を問わずファンの多いそば店だ。取材日にも常連と思わしき方々が酒を飲みながらくつろぎ、店の人と談笑する姿に和んだ。
さて、この店の3代目店主・徳武勝広さんに話を聞く。「冬のそばが一番おいしいと思いますか?」と率直に聞くと、YESとの返答。秋の新そばは見た目・味ともに青さがある。収穫から時間が経過した冬のそばは食べ頃を迎え“おいしい”と評されるのではないか、と分析する。「科学的な根拠があるわけではなく、あくまで肌感覚なのですが」と前置いた徳武さんだが、毎日そばと向き合うプロが言うのだから、間違いない。
「そば処 よつかど」のそばは、戸隠地区にある2つの製麺所の粉をブレンドして作られる。使われているのは、もちろん戸隠産のソバの実だ。そば粉を水でこねてできたそば種は少し大きめ。これは、昔からの伝統的な技法を受け継いでいるためだが、そば生地も必然的に大きくなり、均一に延ばすためには熟練の技術が必要になる。席に運ばれてきたざるそばは細く、美しいぼっち盛りだった。戸隠特有の馬蹄形にして並べるぼっち盛りは、神様のお供物として短いそばを取り除いた状態で献上するために誕生した、との説がある。ゆでたそばを水にさらして盛る行程も拝見したが、あぶれたそばはほとんどなかった。
お待ちかねの実食の時間。水を切らずに盛られた艶めくそばを、まずは、つゆや薬味を付けずに口に運び、ソバ本来の味を愉しむ(お好みで塩を付けても)。今秋にいただいた時に比べ、ソバ本来の味がまろやかに感じ「食べ頃」「熟成」に納得を得た。そばつゆは、カツオと昆布のだしとかえしを混ぜたもので、言わずもがな、そばとの相性は抜群だ。温かいそば湯を飲み干し、多幸感に息を付いた。
〈そば処 よつかど〉
住所:長野県長野市戸隠2179-4(☞Google Maps)
TEL:026-254-2145
営業:12月〜4月中旬 10時〜16時(4月下旬〜11月は9時30分開店)
定休日:12月〜4月中旬 木・金曜(4月下旬〜11月は金曜のみ)
http://yotsukado-togakushi.com/
寒い日に体の芯から温まる、とうじそば
「とうじそば」とは、その名の通り季節の食材が入った鍋つゆに、籠に入れた冷たいそばを浸し温める(=湯じる)郷土料理。端的に言うと、そばの“しゃぶしゃぶ”だ。長野県内の各地域で冠婚葬祭などのハレの日の料理として、昔から供されている。
中でも「とうじそば」を地元名物として謳い、慣れ親しんだ味として定着しているのが松本市の奈川地域だ。奈川で「とうじそば」がメニュー化されたのは、昭和50年代。とある旅館が宴会の席で「とうじそば」を振る舞ったところ大好評で、次第に各店の品書きに並ぶようになったという。加えて、今でこそ交通の便が良くなったものの、四方を山に囲まれた立地から、地域特有の文化が今も色濃く受け継がれているのも「とうじそば」が名産になったゆえんだ。
奈川は、標高1,200mに位置し、昼夜の寒暖差が大きくソバの栽培に適した地域。その土地に古くから根付く在来種も栽培されている。新そばのシーズンはもちろんのこと「そばが一番おいしい」と地元が太鼓判を押す2月中旬には、キジの肉を使った「とうじそば」が登場するなど、年間を通じてそば祭りが開催されている。
仙洛(松本市奈川)
今回は、旅館とそば店を営む「仙洛」にお邪魔し「とうじそば」をいただいた。湯じるそばは「奈川在来」のそば粉で打たれ、冬の冷水でキリリとしまり、小分けに盛られる。先に置かれた鍋には、鴨やネギ、油揚げ、シイタケ、ウドなどの山菜が入り、これらの旨味が醤油ベースのつゆにしみ出ていた。
籠にそばを入れ、揺らしながら麺をほぐし温めていく。“しゃぶしゃぶ具合”はお好みで。サッと通してそばのコシを感じるもよし、長めに漬けてつゆとよく絡ませるもよし。鍋からそばを取り出し、お椀に入れ、鍋からつゆと具材を取り分け、女将さんから「ワサビをそばに少しのせるのがおすすめ」と教わったので、その通りにする。思っていたよりもつゆの味がしっかりしていて、醤油の甘みやコクに、ワサビのアクセントが効く。
あっという間に一人で2人前を平らげてしまった。「とうじそば」を存分に味わった後は、残った鍋つゆで雑炊にするのが定番だという。卵とご飯を追加してもらい、満腹で横になって一眠りしたい気分だった。「仙洛」では、宿泊した際も希望に応じて夕食もしくは朝食で「とうじそば」を提供してくれる。次回はぜひとも宿泊したい。
ちなみに「とうじそば」は一年中食べることができるが、冬は格別だ。外仕事の帰り道に寄ったというお客さんは「体が温まります」と笑顔で話してくれた。
〈仙洛〉
住所:長野県松本市奈川1044-124(☞Google Maps)
TEL:0263-79-2277
営業:11時〜(閉店時間は日によるため要問い合わせ)
定休日:不定休
http://www.azm.janis.or.jp/~n-okuhara/index.html
木曽伝統の冬の味、すんきそば
「すんき」は、木曽の伝統野菜である赤カブの茎や葉を、塩を使わず、乳酸菌の力で発酵させたもの。“ツン”としない独特の酸味が特徴だ。300年以上前から木曽地方に伝わる冬の保存食で、霜が降り、カブの糖分が高まる11月〜12月半ば頃に収穫し仕込まれる。漬け込み方法は各家庭で若干異なるものの、収穫した赤カブの茎と葉を刻み、湯通しして“すんき種”と一緒に保温し出来上がる。
“すんき種”には前年に漬け込んだ「すんき」やその年に出来上がったものを使い、これを元に発酵が進む。伝統の味を重ねることで、アップデートされるのだ。木曽地方には各地域に根差した全6種類のカブがあり、種類によって味が異なるという。加えて興味深いのは、木曽とそれ以外の土地で漬け込んだものとでは、同じ製法でも同じ味にはならないことだ。木曽の風土でこそ成り立つ「すんき」の謎は多い。
「すんき」特有の乳酸菌は約20種類ほどあると言われ、近年の発酵食品ブームもあり注目を浴びている。みそ汁に入れたりパスタの具材にしたり、さまざまな楽しみ方がある中でも、すんき料理の代表といえば温かいそばと合わせた「すんきそば」だ。
そば処 まつば(木曽町開田高原)
“そばと木曽馬の里”として知られる開田高原にある「そば処 まつば」では、通年「すんきそば」を提供する。毎冬「すんきそば」目当てに訪れる常連客もいる。やはり漬け立てが味わえる冬に一度は食べておきたい。
栽培から製粉、そば打ちまで全て自分たちの手で行い、使用するソバは在来種の「開田早生(かいだわせ)」というこだわり。「すんき」も、もちろん自家製だ。正直「すんき」と「かけそば」が合うのか食べる前は疑念を抱いていたが、愚問だった。しょうゆ、煮干し、干しシイタケ、昆布でとっただしに、すんきのやわらかな酸味が絶妙にマッチする。そばと「すんき」はさることながら、だしの旨味に感動し、気づけば飲み干していた。
「すんき」単体でもいただいたが、野口さんの漬けた「すんき」とは素人でも分かるほど、違いがあった。各店の味を食べ比べてみてはいかがだろうか(野口さんの「すんき」は「道の駅木曽福島」などで11月中旬〜3月頃に購入可能)。
〈そば処 まつば〉
住所:長野県木曽郡木曽町開田高原末川3904-1(☞Google Maps)
TEL:0264-42-3100
営業:11時〜17時
定休日:月曜
取材・文・撮影:松尾 奈々子
<著者プロフィール>
松尾 奈々子(Nanako Matsuo)
1993年生まれ。長野市出身・在住。
記者・観光地広報担当を経て、現在はフリーライターとして活動中。顔は大福に似ているといわれる。人の話を聞くことが好き。
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