• HOME
  • 新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日) 第14話 世にも美しい温泉街で「九“糖”めぐり」 気ままに過ごす渋温泉の旅

新しいジブン発見旅ー櫻井麻美さんのニチコレ(日日是好日) 第14話 世にも美しい温泉街で「九“糖”めぐり」 気ままに過ごす渋温泉の旅

そこかしこに湯気が立ち上る昔ながらの温泉街、渋温泉。のんびりと食べ歩きをしながら、お気に入りを探す旅を楽しもう。

20582_ext_01_0_L

魅惑のまち並みと豊かな温泉 渋温泉へ

長野で過ごしていると、温泉をとても身近に感じる。気軽に色々な温泉を巡ることができるので、お気に入りの温泉を見つけるのも楽しみの一つだ。友人と話していると、それぞれに“推し温泉”があるので、面白い。私にもいくつか推しがあるのだが、その一つが渋温泉である。

開湯して1300年、昔ながらのまち並みと、九つの共同浴場(外湯)が魅力の渋温泉は、豊かな湯量と泉質を誇る温泉地。ここにある数々の旅館や外湯は全て源泉かけ流しで、それぞれ特徴が異なる。宿泊者は九つの外湯に入ることができ、多くの人がこの「九湯めぐり」を楽しむ。懐かしい雰囲気の温泉街を人々が手拭いを片手に浴衣姿で歩くその下駄の音と、ふんわり香る温泉の匂い、至る所から立ち込める湯けむりがまた、なんとも旅情を感じさせる。

温泉旅に行くときには、のんびりその地で過ごすことも醍醐味だ。まちの雰囲気を味わいながら、流れに任せ気ままにふらふらするのが、良い。その時に彩りを添えてくれるのが“食”。渋温泉街には、古くからの旅館や商店が多く軒を連ねる。“おいしいもの”を片手に、魅力的な温泉街を散歩してみよう。

自分好みにカスタマイズ 「九“糖”めぐり」でお気に入りを探そう

温泉と言えばやっぱりまんじゅう

『松本製菓』には色々なまんじゅうが並ぶ

立ち並ぶ旅館や商店はまち並みの景観の重要な要素を占めている

朝の渋温泉 遠くに見える山々が美しい

温泉街には九つの共同浴場(外湯)がある

ふらりと吸い込まれてしまう小径

「九湯めぐり」をしながらスタンプを押すのも楽しい

10時半ごろ、渋温泉へ到着。朝は冷え込んだが、よく晴れている。駐車場を出ると、山々がくっきりと背後にそびえたち、流れる川沿いのまちには湯けむりが色々なところから立ち上る。着いた!旅先に降り立った瞬間のこの高揚感は、何度味わっても良いものだ。

今日はふらふら渋温泉街を歩き、景色を楽しみながらおいしそうなものを見つける、というぼんやりとした目的でここに来た。一つだけ決めていることは、「九“糖”めぐり」をすること。渋温泉特製の「いとをかし箱」という九つに仕切られた箱に好きなものを入れ、お土産にできるというシステムで、宝物を集めるみたいで何やら面白そうだ。早速、「いとをかし箱」とおいしそうなものを探しに、温泉街へ繰り出した。

温泉街自体は600m程だが、外湯はもちろん、魅惑の小径や寺社仏閣が沢山ある。だから、時間をたっぷりとるのがおすすめだ。例にもれず、あちこち遠回りしながらも、しばらくして最初の店に辿り着いた。

店頭のショーケースにおまんじゅうがずらりと並ぶ、『松本製菓』。やっぱり、温泉にまんじゅうは欠かせない。こちらは地元の素材を使って作られており、種類も豊富。この日は胡麻そば、みそ、地酒、そして温泉まんじゅうを頂いた。お正月シーズンになると栗かの子も店頭に並ぶそうで、リピーターも買い求める人気商品なのだそう。渋温泉の雰囲気が好きだと話すと、おかみさんはこう言った。

「今は紅葉とスキーシーズンの合間だから、少し落ち着いている時期でね。渋温泉は、地域の人がみんなで協力して大切にしているんですよ。」

温泉の維持には、手入れが欠かせない。渋温泉は、地域の人たちが苦労しながら手入れして下さっている大切な資源を、私たちに開放してくれているのだ。本当に頭が下がる。

色々なお話を伺いながら、おかみさんが温めてくれた「胡麻そばまんじゅう」を口に運ぶ。そばが使われた皮と、みそと胡麻を使った餡は、いくつでも食べられそうなさっぱりとした甘さだ。ついもうひとつ食べたくなってしまうところだが、まだ一軒目。「いとをかし箱」用にとっておこう。箱をまだ手に入れていないので、とりあえず4つのまんじゅうを鞄にしまい込む。

ありがとうございました、と、お世話になったことだけでなく、温泉をつないでいって下さっていることにもお礼を告げ、店を後にする。幸先が良い旅の始まりだ。気の赴くままに、また歩き出す。


〈松本製菓〉
長野県下高井郡山ノ内町大字平穏2185-2
TEL 0269-33-2342

地域の人にも愛される70年変わらない味 うずまきパンでホッと一息

『小古井菓子店』に並ぶかわいらしいパンたち

「うずまきパン」は70年変わらない味

手作りお菓子もたくさんあって迷ってしまう

メイン通りの横道を歩いてお店を見つけよう

「いとをかし箱」をゲット

あちらこちらに誘う小径を歩いていると、湯気が立ち込める中にお菓子屋さんを見つけた。こんにちは、とガラガラと引き戸を開けて『小古井菓子店』に入る。店頭にはお菓子だけでなく、パンも並んでいる。こちらの「うずまきパン」は地域の人にも愛される、ぐるぐる模様がかわいらしいパン。その70年間変わらない味を、一つ頂く。温めてもらうとマーガリンが溶け、ふわふわのパン生地と相まって、口にするごとに至福の瞬間が訪れる。二軒目なのに、あっという間に気づけば昼前。減ってきたお腹に優しい味が染み渡る。

会計の際、レジの横に目をやると、「いとをかし箱」が置いてあった。よかった、今日はこれがないと始まらない。「九糖めぐり」をしているのだ、とおかみさんに告げると

「手作りのお菓子だから大きさが均一でないのもあって。おまんじゅうならきちんと入りますよ。」

と、アドバイスしてくれた。無理に箱に詰め込んできれいなお菓子をぐちゃぐちゃにしてしまうのは忍びないので、助言通り「温泉まんじゅう」を頂くことに。先ほどの四つのまんじゅうと合わせて五つ目。それぞれを箱の仕切りに収納する。ぴったりだ。見た目は違えど、まんじゅうが整列している様はなんだかかわいい。せっかくなので残りもまんじゅうで揃えたくなってきた。そうしよう。今日は、まんじゅう採集の旅だ。おかみさんに他にまんじゅうを置いている店を教えてもらう。

「早くしないと昼休憩に入っちゃうよ。」

と言われたのに、のんびり写真を撮りながら歩いていたので、次の店に着いた頃には“休憩中”の看板がぶら下がっていた。行き当たりばったりの旅には、こういうことがつきものだ。空いた時間でもう少しまちを歩いてみようと引き返すと、「御利益散歩道」という案内を見つけてしまった。散歩道と名のつくものには、行きたくなる性分故、気が付いた時には足が勝手に動き出していた。


〈小古井菓子店〉
長野県下高井郡山ノ内町大字平穏2114
TEL 0269-33-3288

散歩、足湯、そしてひんやり地元産ジェラート

『若葉屋商店』のジェラート どれもおいしそう

おすすめの「りんご」と「ほうじ茶」

色々な土産物が多く並ぶお店だ

「御利益散歩道」へ行こう

階段を登ったらたまに振り返るのがおすすめ

懐かしい景色がたまらない

御朱印所と併設された足湯スポット

「御利益散歩道」は色々なところに分岐して、高台にある寺社仏閣へ私たちを誘う。急な階段を登る箇所もあるが、食べ歩きするからにはカロリーも消費しなくてはならないので、積極的に上に登っていく。たまに振り返れば、温泉街を歩くのとはまた違う視点からまちを眺めることができる。正午を過ぎ、どんどん太陽の光が強くなってきた。マフラーを外し、残りの階段を登っていく。

登り終えると、不動尊がお目見えする。財布からお賽銭を取り出し、お参りする。今日はお邪魔しています、渋温泉は、本当に素敵なところですね、と挨拶をし、また階段を下る。昼頃は温泉街は人が少ない時間帯だそうで、すれ違う人も殆どいない。しんとした中、落ち葉を踏む音がガサガサと響く。厚着したせいか、じんわり汗もかいてきた。でもそれが、心地よい。

民家の横を通る迷路のような細道を抜け、ひとりしきり歩くと、またメイン通りに戻ってきた。足湯へ通りかかったので、一息つくことに。誰もいないタイミング、貸し切りだ。靴と靴下を脱ぎ、裾をめくりあげ、湯に浸かる。渋温泉の湯は少し熱めなので、必ず湯加減を確認しよう。丁度いい温度だ。ふくらはぎがじんわりほどけていくような気がする。しばらく浸かると、ぽかぽか度がマックスに。そろそろ冷たいものが食べたい。足湯を後にし、再び通りを下ると、ジェラートと書かれたのぼりが目に入る。吸い込まれるように店内へ。

『若葉屋商店』の地元産の素材を使っているジェラートは、季節によって品揃えが変わる。おかみさんおすすめの二種類を頂くことに。旬の「りんごジェラート」はさっぱりとして、その爽やかさになんだか気分もリフレッシュするようだ。「ほうじ茶ジェラート」は、味わい深くも、するすると口に入っては溶けていく。お風呂上がりにもぴったりだ。店内にはいろりを囲むように席が用意され、ゆったり食べることができる。おかみさんとおしゃべりしながら過ごす昼下がり、旅先での人との出会いは、やっぱり旅を豊かにする。

「この辺は古い家ばっかりだし、みんな顔見知りだからね。救急車なんて来た日には、みんな心配して、飛び出して行っちゃうわよ。」

昔ながらのまちで老舗を続けていく、という大変さは計り知れないが、そんなことを感じさせないおかみさんは、そう明るく話す。まんじゅう探しの旅(!)をしていて、目当ての店の昼休みが終わるのを待っていると言うと、他にもお店を紹介して頂いたので、先にそちらに伺うことにしよう。渋温泉から続く、安代温泉へ向かう。


〈若葉屋商店〉
長野県下高井郡山ノ内町大字平穏2184
TEL 0269-33-3305

渋温泉と安代温泉 行き当たりばったりの旅も佳境へ

『羽田甘精堂』は安代温泉エリアにある

温泉の焼き印は店によって違うのだ

この辺りでエリアが切り替わる

安代温泉も落ち着いていて雰囲気が良い

『羽田甘精堂』で買ったお土産 こういうものを箱に入れても良い

温泉街のメイン通りの終点までを“渋温泉”と呼ぶのかと思っていたが、地元の人曰く、『小石屋旅館』と『わかたけ製菓』あたりからエリアが変わるのだという。通りを下った先は“安代温泉”と呼ばれ、そこからさらに先へ行った“湯田中”もまた実は違うエリアなんだよ、と教えてもらった。

『若葉屋商店』のおかみさんおすすめのまんじゅう処は、その安代温泉エリアにある『羽田甘精堂』。自家製のこしあんにこだわり90年という、ここもまた老舗である。シンプルイズベストの「温泉まんじゅう」と、黒砂糖を使用した皮が印象的な「一茶まんじゅう」を頂いた。このあたりに縁の深い小林一茶から名づけられたこのまんじゅう、そのコクと上品さを持ち合わせた味は病み付きになる一品だ。

外国からの観光客の方が同じタイミングでいらしたので、お泊りですか?と聞いた。二泊するらしく、温泉街の美しさがとても気に入った、と話してくれた。『羽田甘精堂』のお菓子を手に、うれしそうだ。おいしいものは、世界共通。良い旅を、と別れを告げる。

「外国の方には抹茶を使った商品が人気ですよ。」

と甘精堂のおかみさんが教えてくれた。そうなのか。次に来た時は、抹茶のものを頂こう。

今買ったまんじゅうを、箱に詰め、店を出る。「いとをかし箱」のスペースはまだ二つ空いている。目当ての店が開くまで、あと一時間ほど。そろそろ日が傾き始め、体も冷えてきた。外湯に入ろう。日帰り客も入れる九番湯・大湯へ向かう。


〈羽田甘精堂〉
長野県下高井郡山ノ内町平穏2316
TEL 0269‐33‐2324

九番湯と九つの温泉まんじゅう

ついにコンプリート 九つのまんじゅうは圧巻

『西山製菓店』の「しぶざるくんまんぢう」

外から光って見えた最後のまんじゅう

浴衣姿の人たちが歩く夕方 店の明かりがまちを照らす

温泉巡りは水分補給を忘れずに 瓶の自販機もある

渋温泉の外湯の中でも一番広いのが九番湯・大湯で、鉄分が強い茶色いお湯が特徴だ。昔ながらの洗い場がないスタイルで、浴槽に浸かれば時の流れを忘れてしまう。渋温泉の湯は、上がった後に特にその効果を実感する。肌は滑らかすべすべに、そして体の芯からしっかりと温まる。先ほどよりも薄着で、湯を後にする。それでも全身が驚くほど温かい(ファインダーを覗くと曇ってしまい、写真を撮るのに苦労した)。

今日最後の店に向かう。『西山製菓店』には明かりがつき、休憩中の看板もなくなっている。店頭には、二種類のまんじゅうが置いてあり、私にはそれが光って見えた。ついに九つのまんじゅうをコンプリートだ。まんじゅうに押された“温泉”の焼き印は、店それぞれ個性がある。こちらには、定番の「温泉まんぢう」だけでなく、しぶざるくんと名付けられた猿の絵が入った、かわいらしい「しぶざるくんまんぢう」もある。ふんわり、しっとり、そしてずしりとしたまんじゅうの質感。今日一日の締めにふさわしいまんじゅう。二つ頂き大切に箱にしまい込む。全てまんじゅうで埋め尽くされた「いとをかし箱」。「九“糖”めぐり」もこれで締めくくり、喜びもひとしおだ。

外は段々と暗くなり、宿に泊まる人々が浴衣で出歩き始める頃。カラコロという下駄の音と、ほかほかした顔の人々が、温泉街の雰囲気をさらに盛り上げる。温泉に入ってきたことを話しながら、渋温泉の魅力について『西山製菓店』のおかみさんに伺う。

ただ買い物をするだけでなく、こうやってお店の人と色々なお話をするのが、好きだ。何気ない会話でも、それがその旅のハイライトになるものだ。今日もいい旅だった。そんな風に、一日の終わりにしみじみと感じるのだった。


〈西山製菓店〉
長野県下高井郡山ノ内町大字平穏2186
TEL 0269-33-3824

おいしいものを片手に隅々まで歩きたい 渋温泉街

食べ歩きしつつも、まんじゅうを集める旅が無事に終わり、なんともいえぬ達成感を感じる帰り道だった。帰宅後、九つのまんじゅうを味わいながら、温泉街の余韻に浸る。個性あふれるまんじゅう達は、一つとして同じ味がなく、その多様性を思い知る。一日歩いたが、まだまだ歩けていない道が沢山ある。また、何かおいしいものを食べながら、温泉街を歩こうと、次の計画をもう考えているのであった。

何度でも行きたくなる魅力的な渋温泉街。ぜひ時間を気にせずゆったりと訪れてみてほしい。そして自分好みのお土産で、旅が終わった後もその余韻を楽しもう。もしかしたらその時には、また渋温泉に行きたくなっているかもしれない。
 

取材・撮影・文:櫻井麻美

<著者プロフィール>
櫻井麻美(Asami Sakurai)
ライター、ヨガ講師、たまにイラストレーター
世界一周したのちに日本各地の農家を渡り歩いた経験から、旅をするように人生を生きることをめざす。2019年に東京から長野に 移住。「あそび」と「しごと」をまぜ合わせながら、日々を過ご す。
https://www.instagram.com/tariru_yoga/

閲覧に基づくおすすめ記事

MENU