TOP PHOTO:信州善光寺 縁起堂 永代宿坊 淵之坊(ふちのぼう)。内仏殿には位牌も安置され、近隣の信徒をはじめ全国から多くの人が日々参拝に訪れます
すべての人を受け入れる善光寺
善光寺は、天台宗の大勧進と、浄土宗の大本願により護られている寺です。明治まで多くの寺が女人禁制であったなか、創建当初から宗派、老若男女問わず門戸を開いてきたことが、善光寺の大きな特徴のひとつです。しかし、女性も多いなか、全国から歩いて向かうその道のりは平坦なものではありませんでした。そこで、地域ごとに「講」と呼ばれる団体を組織し、道中をともにしたのです。
講の受け入れ先となったのが「宿坊」です。現在は大勧進25院、大本願14坊の計39があり、お朝事をはじめとした参拝の案内や、宿泊・食事の手配を担っています。それぞれ住職がいる寺であり、内仏殿を配して檀家を有し、写経の奉納、御朱印の授受など、仏と向き合う入り口としての役割を果たしています。参詣者をもてなす精進料理もそのひとつです。
〝行〟としての精進料理
「精進料理といっても、僧侶が修行食でいただく料理と、一般の方をもてなす料理とはまったく違います」と、淵之坊の若麻績享則(わかおみたかのり)住職。浄土宗では本山に3週間こもり、朝昼2回、一汁一菜をいただく〝行〟があり、その食事が僧侶の修行食で、精進料理です。
白米と味噌汁、揚げや納豆などの大豆の料理一品に、たくあんが基本。若麻績住職曰く「このたくあんが、とにかく臭くて食べられない。でも不思議なことに修行の最後には非常においしく感じるようになるのです」。映画の原案を執筆した水上勉さんが修行した臨済宗は日々料理を作ることが修行のひとつでしたが、宗派によってもその形は異なります。
参拝を寿ぐ、もてなしの精進料理
一方、淵之坊のもてなしの精進料理は、善光寺の年中行事に作るハレの食事をもとにした、植物性の食材のみとは思えない華やかな料理。「ご参拝を寿ぐという気持ちを込めています」とは、淵之坊で30年近く調理を担当する執事の小川真宏さん。「野菜も生き物。いただいた命を生かし、最後までおいしく召し上がっていただくために工夫を凝らしています」との言葉に精進の精神がにじみます。
ちなみに寺は酒もご法度ですが、善光寺の住職が諏訪社の神主の流れを汲むとも伝えられていることから、今も寺の行事に神事があり、往古は各宿坊で酒造も行われてきました。宿坊で酒(般若湯)が供されるのも、その経緯を知れば納得です。
より深い、祈りの旅を宿坊から
誰もが自由に旅行できるようになると、次第に講が少なくなって団体旅行が増え、近年では個人の参詣客が急増しています。「そもそも祈りはひとりのもの。その意味ではあるべき形なのかもしれません」と、若麻績住職。
善光寺参拝の先達に宿坊を選ぶからこそ、より深い祈りを捧げることができる。宿坊がまとう静けさや懐の深さ、精進の思いを知るほどに、そう確信するのです。
淵之坊
長野県長野市元善町462
☎ 026-232-3669
昼食11:00~、夕食17:00~ *要予約
☞ 公式サイト
撮影:清水隆史、取材・文・編集:山口美緒・塚田結子(編集室いとぐち)
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