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TOP PHOTO:八寸はアカヤマドリの天ぷら、イロガワリのおろし和えなどキノコ尽くし。鮎の土鍋ご飯と、デザートは黄金桃のコンポートにクズの花のジャムとマタタビの実を添えて
主役は身近で採取する野草や山菜
山田勉さんと友実さんが営む「草如庵」は、旧北御牧村(きたみまきむら)の布下(ぬのした)という集落にあります。もともと蚕糸農家だったという茅葺き屋根の古民家は築160年ほどの豪壮な造りで、竹林に囲まれ、山から流れ込んだ清水が葦池となり、丹精した庭の草木が四季折々に彩ります。
ここで山田さんが供するのは、野草や山菜が主役の日本料理です。材料の多くを自ら採取しますが、車で数分も行けば通い慣れた山道があり、開店前に調達できます。布下は近くを流れる千曲川が削り取った崖線(がいせん)と呼ばれる地形にあり、その急峻さゆえ、緑豊かな自然がそのまま残っているのです。
山田さんはズンズンと山道を進み、目指す草花や実を迷うことなく手折っていきます。「マタタビの実は熟すと生食できます。クズは根っこが葛粉になりますが、僕が採るのは花の部分。ミズは東北では束で売るような身近な山菜です。東北出身の妻に教わりました」。
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山からの湧水と千曲川の恵み
崖線はまた湧水にも恵まれます。布下にも集落で守る水場があり、山田さんは鮎をカゴに入れて生け簀代わりにしています。漁業組合に属す山田さんは、千曲川のヤナにかかる鮎を仕入れますが、驚くのは自ら川に入り投網を放つこと。
「地下水が湧くことも、鮎の獲り方も、全部近所の方に教わりました。鮎の季節は1ヵ月弱。その間は獲れたてをお出しできます」。店の片付けが済んでから2時間ほど、鮎漁は夜中に限られます。
山菜にしろ、鮎にしろ、お店の営業時間をはるかに凌ぐ採取と仕込みの時間があるのです。「夏の終わりの今は、まだましです。つらいのが、キノコが採れ出す9月から。キノコは採ってすぐに下処理する必要があるので、大変です」。
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北へ南へ、キノコを求めて長野を縦断
「キノコは早いもので7月くらいから11月まで楽しめます。山盛り採れたら冷凍、塩漬け、乾燥させて保存します」
取材前日も1時間かけてアカヤマドリを採りに行ったとか。「アカヤマドリは欧州では松茸より人気の高級キノコの仲間です。日本の市場にはほとんど出回ることがないのですが、こういうキノコの方が複雑な味がして、僕は好きです」。
山田さんはキノコの会にも属し、秋ともなれば北は白馬村、南は阿智村まで長野県を縦断し、さらにはキノコのメッカだという富士山にまで足を延ばします。「つらくて大変」という言葉とは裏腹に、キノコの季節は「ドキドキして寝てられへん。もう出てんのかなと気になって」と山田さんは笑います。
本当の豊かさ、おいしさとは
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山田さんは京都・花背(はなせ)にある、摘み草料理で知られる「美山荘」で修業を積み、北海道・洞爺湖畔のホテルにあった支店の料理長に抜擢されました。2008(平成20)年の支店閉業に合わせて長野へ移住し、星のや軽井沢のメインダイニングで料理長に就任します。「移住先として長野を選んだのは、キノコの会があったから」。
そして13(平成25)年に独立し、店を構えました。「ここは奇跡的な立地ですよ。車が通れる道沿いで、駅まで歩ける距離。近所はみんないい人ですし。湧水はあるし、何より山が近い」。
「目の前にある山菜を採って食べる。水上勉さんが本で書いているように、考えようには貧乏くさいことかもしれません。でもじつは、それが一番の贅沢なおいしさなのではないかと思います」
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草如庵(そうじょあん)
長野県東御市布下165
☎ 0268-67-3910
11:30~20:30
火曜定休 *完全予約制
☞ 公式サイト
撮影:清水隆史、取材・文・編集:山口美緒・塚田結子(編集室いとぐち)
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