リンゴ農家の4代目が手がけるリンゴの発泡酒ブランド『Son of the Smith(サノバスミス)』
『Son of the Smith(以下、サノバスミス)』のことは前から知っていた、と言っても過言ではない。2019年の夏、木崎湖で開かれる野外フェスイベントに参加するため、専用の駐車場に向かう途中に通りがかり、気になっていた建物があった。車道に面した看板には見慣れない“HARD CIDER(ハードサイダー)”の文字。通りがかった時には事業自体がまだ準備中だったため、実態を確認することができなかったのだが、今回の取材で、初めて建物の中に入らせてもらい、運営者の方々と直接お話する機会を得た。この、なんとも不思議な巡り合わせに、密かに感嘆しながら。
出迎えてくれたのは、リンゴやホップを原材料としてつくられる発泡酒“ハードサイダー”を展開する飲料ブランド『サノバスミス』共同代表の小澤浩太(おざわこうた)さんだ。小澤さんは、大町市内でリンゴなどの果樹栽培を行う小澤果樹園の4代目。“ハードサイダー”の原料となるリンゴは同じくリンゴ農家で共同代表の宮嶋さんも含めて自分たちで栽培したものである。
『サノバスミス』はミニマルかつスタイリッシュなデザインで思わず手にとりたくなってしまうラベルが目印。甘さは控えめで、喉越しは爽やかでごくごくと飲めてしまうのが特徴だ。オリジナルやピッカーズデライトなどのレギュラー商品のほか、シーズンごとに使用する原材料のりんごやホップの量や醸造方法を変えたりし、次々と新しい商品を生み出しては話題となっている新進気鋭のハードサイダーブランドだ。
ところで、リンゴを原料とするお酒として有名なものに“シードル”があるが、“ハードサイダー”とはどう異なるのだろう。違いについて小澤さんに伺った。
小澤さん「主に生産地域が異なります。“シードル”はフランス発祥ですが、イギリスでは“サイダー”、アメリカでは“ハードサイダー”と呼ばれています。イギリスからアメリカへ“サイダー”が伝わる中で「禁酒法」などの歴史的な背景も加わり、アメリカは“サイダー”というと、ジュースという印象が強い。そのため、ジュースとお酒を区別するために“ハードサイダー”と呼ぶ背景があります」。
地域が変われば、原料となるリンゴの品種や製造方法も変わってくる。
小澤さん「長野県であれば、同じ漬物でも『すんき漬け』があったり、地域ごとに味が違いますよね。同じように、リンゴのお酒でも、地域によって全く違う味になります。特に“ハードサイダー”は、アメリカ西海岸のスタイルを色濃く反映しています。この地域はビール作りに欠かせないホップの産地としても知られているので、“ハードサイダー”の原料にはリンゴの他、ホップも使われます」。 なるほど、リンゴ本来の甘味と、ホップの苦味がマッチして、バランスが取れているハードサイダーは、どんな食事にも合うのは納得だ。『サノバスミス』はアメリカのオレゴン州ポートランドのクラフトシーンに共感し、ハードサイダーの業界でも革命的な醸造家と知られる『Reverend Nat’s Hard Cider』のNat West氏に師事したこともあり、開業当時は日本であまり普及していなかった“ハードサイダー”の認知を長野から広めている。
すんき漬け:山深い木曽地域で作られる漬物の一種。すんき漬けとは赤かぶの葉を塩を一切使わずに「すんき種」を加えて乳酸発酵させた無塩の漬物のことを指す
究極的にインディペンデントでオリジナリティ溢れる仕事をしたい
『サノバスミス』の共同経営のほか、実家の果樹園の経営と、二足のわらじで働く小澤さんだが、最初から実家のリンゴ農家を継ごうと考えていたわけではなかったようだ。それでも、子どもの頃から自らの手で何かをつくるという職人的な行為が大好きだったという小澤さん。大学進学で東京へ出てからは、自分たちで文化をつくっていくスタンスを持ったストリートカルチャーに魅了され、BMXやイベント等でDJなどをする日々を過ごした。さらに、大学卒業後の進路として選んだのはIT業界。システムエンジニアとしてデジタルの領域でものづくりする仕事だ。このままこの業界に居続けるだろうと思いながら生活していた矢先、リーマンショックが起きた。
生きるように働くことの大切さや自分にしかできない生き方を熟考した結果、最終的に大町に戻って実家のリンゴ農家の継業することを決意する。小さな頃からリンゴ栽培に従事する親たちの姿を見ていた小澤さんだったが、農業学校などに通い、海外研修などで大規模栽培や農法などを学んでいる同世代のリンゴ農家の経営者と比較すると、圧倒的な知識や経験の格差を感じていたそうだ。
小澤さん「学生時代からストリートカルチャーに触れていたことや、リーマンショック時代の経験もあって、替えがきかない、究極的にインディペンデントでオリジナリティ溢れる仕事をしたいという気持ちがずっとありました。そう思った時に、原材料からお酒作って、パーティーまでやる人たちっていないなと。リンゴ農家としての自分には原材料となるリンゴがある。自分がやるべき仕事はきっとこれだろうなと思いました」。
リンゴ農家の生活は基本的に管理する畑や土地にいることが中心となるために、同業者で同世代のつながりをつくることは難しいとされている。たまたま同世代のリンゴ農家が集まる研究会があったことで、後に共同代表となる宮嶋伸光(みやじまのぶみつ)さんと出会い、お互いの夢を語り合っていたそうだ。自分たちが収穫したリンゴからハードサイダーをつくるという構想はここに端を発している。
自分でお酒をつくろうとするくらいなので、さぞかしお酒が飲める人なのだろうと憶測していたが、小澤さんからは意外な言葉が出た。
小澤さん「僕、そんなにお酒強くないんですよ。ワインや日本酒もあまり飲めないのですが、社会人になってからの飲み会のシーンは、すごく楽しかったんです。普段は仕事上のやりとりをするだけの人たちでも、お酒の場を共有することによって生まれる場の“グルーヴ”があると思っていて」。 “グルーヴ”というのは、小澤さんとお話していると頻繁に耳にする。どんな意味合いでその単語を用いているのか伺ってみた。
ハードサイダーを通して生まれる“グルーヴ”感を関わる人たちと共有したい
小澤さん「“グルーヴ”は音楽用語からきています。例えば4つ打ちの曲であれば1小節に4つのリズムを刻みますが、グルーヴとはそのリズムを少しずつずらしていくことを指します。そうすることで音のひずみや間のようなものができ、そこでしか聴けない良い音が生まれていく。これはチームでやる仕事などにも共通していて、チームでも各人で担当パートがあり個性があります。ものづくりのプロセスの中でいろいろな人たちが介在することによって、ひとりでは到達できないような音の広がりが生まれ、より良いものをつくることができると考えています」。『サノバスミス』のチームは、共同代表の小澤さん、宮嶋さん以外に、宮嶋さんの弟であり同じく果樹農家の優作さん、醸造担当の池内琢郎(いけうちたくろう)さん、そしてデザイナーの宇田川裕喜(うだがわゆうき)さんで構成されており、小澤さんや宮嶋さんが生産したリンゴは、池内さんによってハードサイダーとして醸される。3人の協奏によって生まれた楽曲は最終的にデザイナーの手にかかり、ラベルの中で文字やデザインなど世界観が揃えられ、一つの商品として世の中にリリースされる。『サノバスミス』の独創的なハードサイダーは、個性的なチームメンバーたちが紡ぐグルーヴによって支えられているのだ。
チームのグルーヴ感を大切に、最高なものを作り続けるという気概を持った『サノバスミス』がリリースするハードサイダーは常に革新的だ。メイカーとして“プロダクトアウト型”で発信しつづけたいと宣言する小澤さんには揺るぎないこだわりがある。
小澤さん「味わったことのないものをつくり、それを世の中に評価してもらいたいという欲求はおそらくリンゴ農家になる前からもずっとあったものです。『こういうものが流行りだからそれに準じよう』という“マーケットイン型”の在り方ではなく、常に試験的だったり実験的であって、社会に対して挑戦状を何通も何通も出していく“プロダクトアウト型”の在り方が僕はやっぱり好きなんだと思います」。
“プロダクトアウト型”を志向しながらも、『サノバスミス』と最終消費者との距離は近い。
小澤さん「ありがたいことに、僕らのものづくりのスタンスに共感してくださる方達が少しずつ増えてきています。その方たちがハードサイダーを手に取って味わう行為の積み重ねの上に、僕らのカルチャーは成り立っているのだと本当に思っているので」。 商品はリリースした時点ではなく、最終消費者である飲み手のもとへと届いておいしいと飲んでもらった時点で初めて完成するとも言える。自宅や飲食店などの場所を問わず『サノバスミス』がどう受け止められているか。小澤さんたちはSNSなどの投稿を通して、間接的にお客さんの反応や目線を知ることができる。つくり手から飲み手へとハードサイダーが届けられていく中で、お客さんも含めてグルーヴが生まれ、商品の価値がさらに上がっていくのだ。
プロダクトアウト:ビジネス用語で技術や製造設備といった提供側からの発想で商品開発・生産・販売といった活動を行うこと マーケットイン:ビジネス用語で市場や購買者という買い手の立場に立って、買い手が必要とするものを提供していこうとすること
次世代のリンゴ農家へ継承したい文化を創る
つくり手である自分たちだけでなく、お客さんも含めたエコシステムの中でグルーヴを生み出し、より良いハードサイダーをつくりつづけている小澤さんだが、『サノバスミス』として将来的に見据えているのはリンゴ産業そのものの発展だ。共同代表の宮嶋さんと創業当時から目指していることは、ハードサイダーの産業自体を日本で成立させ、カルチャー自体を次世代にバトンタッチしていくことだという。
小澤さん「醸造担当の池内の加入もあり、僕らは農産物加工の実務者として加速度的に走れるようになりました。そしてこの業界においてはおそらく追随を許していません。僕らの後ろ姿を次世代に見せていくことで、長野県のリンゴ産業はいい意味で進化していくのかなと。それがなければ『あの時、面白いおじさんたちがいたな』というだけで終わってしまいます。やっぱり、僕らが死んだ後の話をいかにリアルに想像できるかということが会社としての存在意義の話に直結しますし、経営を考える際の観点としても大切にしていることです」。
『サノバスミス』の攻めの姿勢の背景には、次の世代以降にも継承されていく文化をつくりたいという願いや、小澤さんのリンゴ農家としての職人の精神がある。
小澤さん「リンゴだけでなく、全てに共通しますが、僕は農産物生産が根幹だと思っています。他国からの輸入に頼るのではなく、自分たちに技術があり、自分たちが暮らす土地で食べるものや飲めるものを生み出せるということ自体が、人間が生きていく限り普遍的に大事なことだと思っています。その中で僕らがたまたま選んだものがハードサイダーだったというだけの話なのかもしれません」。
小澤さんがリンゴ農家として取り組んでいるのは品種開発だ。もともとリンゴの農産物加工では、摘果で弾かれてしまったリンゴやキズなどで生食用途外となってしまった個体を、『サノバスミス』ではハードサイダー専用のリンゴ品種の育種や生産を数ヘクタール規模で行っている。栽培年数が経過してくるなかで特性が分かり、自然淘汰されていくものもあれば力を入れていきたい品種も出てくるそうだ。もう一つの主要原料であるホップに関しても、日本に自生するホップである唐花草と、西洋唐花草とを交配させて種どりし、新しい品種を開発するための実験を行ったりもしている。
ハードサイダーづくりだけでなく、農業分野においても新しいものづくりという考え方を実践している小澤さんは、「最終的には1個でも2個でも多く、僕らが新しくこの世に生み出したリンゴやホップの品種をつくっていきたいと思っています」と、意気込む。 リンゴ農家として、次世代に受け継ぐバトンには、ハードサイダーが飲まれるようなカルチャーシーンだけでなく、ものづくりにおけるマインドセットやリンゴ農家としての生き様も含まれているだろう。コロナ禍ということもあり、なかなかお客さんとの対面販売や一緒に飲めるようなイベントの機会が持てていないというが、時期をみながら実現していきたいと語る小澤さん。ハードサイダーを通じて醸成される文化や、人々とのグルーヴの輪は今後も広がりつづけていく。
文:岩井 美咲(旅人)
PROFILE
小澤 浩太さん
長野県大町市出身 小澤果樹園 園主 株式会社サノバスミス 代表取締役
ITエンジニア職を経て2010年にUターン。家業の果樹農園経営を引き継ぐ。イタリア ヴォルツァーノで学んだ次世代型の栽培技術を応用し約4.2haの樹園地で40品種程度のリンゴを栽培する。醸造用品種の栽培を初期から手がけ、国内有数の専用圃場を管理する。2015年、米国オレゴン州の醸造家 Nat West (Reverend Nat’s)に師事し、化学者・デザイナーの仲間と共に、リンゴの果実酒「ハードサイダー」の研究開発を行う活動「サノバスミス」をスタート。2019年にチームを法人化し、翌年4月より大町市にて自社工場を操業開始。現在は代表取締役としてマネジメント・ブランド戦略・原材料管理などを担当する。
サノバスミス(ハードサイダー)
http://www.hardcider.jp/
小澤果樹園
http://www.ozawa-orchard.com/index.html
<著者プロフィール>
岩井 美咲
Kobu. Productions代表
1990年東京⽣まれ。Impact HUB Tokyoに新卒⼊社後、起業家のコミュニティづくりや事業伴⾛を行いながらプログラムやイベントを運営する。2018年より⻑野県塩尻市のシビック・イノベーション拠点「スナバ」の⽴ち上げに参画し、2020年に塩尻市に移住&独立。屋号の由来である「⿎舞する」をテーマに、向き合う⼈のビジョンや課題を掘り下げ、必要な伴⾛を提供しつつ企画を一緒に実現していく。事業内容はインタビューやPV制作のディレクション、ブランド⽴ち上げから経営伴⾛まで多岐にわたる。
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