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特集【発見!ナガノ・ガストロノミー】Vol.7 新しい“そば”のカタチ。神域・戸隠で出会った〈蕎麦会席〉は、その風土と食の美しさを教えてくれました。

そばの聖地・戸隠。そば切り(麺状のそば)だけでなく、会席料理が味わえる宿泊施設も多々ある中で、戸隠だからこそ味わえる〈蕎麦会席〉を考案し“蕎麦(そば)会席の宿”と銘打つ宿坊『鷹明亭 辻旅館』。16品におよぶ地元の旬な食材と戸隠そばの供宴は、至福の時をもたらしてくれる。

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『鷹明亭 辻旅館』の蕎麦会席。山菜や夏野菜、キノコといった地物と戸隠そばのコラボレーションは、豊かな味わいと時間をつくり出す。©️『鷹明亭 辻旅館』

 

 

〈蕎麦会席〉をつくるのは、宿坊の主・辻 明紀さんと妻の美幸さん。明紀さんが蕎麦を打ち、料理の味付けや盛り付け、監修は美幸さんが担う。
戸隠の宿坊の主は皆、戸隠神社“聚長(しゅうちょう)”と呼ばれる神官だ。“聚長”は戸隠神社独特の呼称で、戸隠神社が明治時代の神仏分離以前までは寺院であったことに所以する。つまり、明紀さんは宿坊のご主人でありながら、戸隠神社の神官でもあるというわけだ。さらに、戸隠やその周辺神社の宮司も務めるなど、さまざまな顔を持つ。

宿坊の主であり、神官であり、宮司でもある明紀さん

父親譲りという大きな手。温かくそして頼もしいその人柄が見える

そばフルコース、開演

〈蕎麦会席〉でまず卓上に並ぶのは、先付けの深山にんにく・八寸の鮎うるかそばの実添えに旬の栗、そば団子、鶏燻、エビ・柿の白和え・向付の川鱒の昆布〆。半月盆に、品良く盛り付けられている。戸隠名工による竹細工のかごが美しい。
戸隠産の深山にんにくでお腹のスイッチオン。にんにくの風味はするものの、においが後に残らない。しみ込んだ醤油との相性は抜群で、酒がすすむ。〈鮎うるかそばの実添え〉は、やわらかいそばの実の食感と塩辛さが絶妙だ。そば団子は上品にひとつ。カリッと揚がった表面を噛みしめると香ばしい醤油の味が口いっぱいに広がる。
竹細工のかごのふたを開けると、鮮やかな黄色がお目見え。モロッコインゲンやシメジ、麺状のそばに黄身酢がかけられた〈蕎麦の黄身酢がけ〉だ。食材本来の風味と、まろやかさと時折感じる上品な酸味が鼻から抜ける。
お凌ぎの〈戸隠小町そばがき〉は、長野県産のそばの実をきめ細かく製粉した戸隠小町というそば粉を使用。「職人の腕が試される」といわれるそばがきだが、辻旅館のそれは非常になめらかで、ざらつきを感じない。
もち米とソバの実を炊いた白蒸しは、上にもみじ麩が載っていて、下には銀だらが。似て非なるもち米とそばの実の食感が楽しく、優しい味わいの白蒸しと銀だらが持つ塩気との調味の深さにうなる。塩味・酸味・苦味・甘味……コース全体、一品一品のバランスへの入念な追求。

“春苦み、夏は酢の物、秋辛み、冬は油”。小鉢や汁物、天ぷらは身体が求める季節のものを。それと同じく、バランスの良い味付けで。右奥のそばがきのなめらかさには驚いた。©️『鷹明亭 辻旅館』

真骨頂〈蕎麦真丈〉の味覚世界を堪能

〈蕎麦真丈〉は辻旅館の独自の逸品。一見肉料理のようだ。白身魚のすり身と乾麺をあえ、エビとホタテを巻いて揚げる。そして油を落とすため揚げたものを蒸してある。外はカリッと中はふわっとしていて、海老とホタテが入っている。ザクザクとした食感に、そばの風味が隠れていた。
無駄な油がそぎ落とされているので、そばの香ばしさとエビやホタテの味が素直に感じられる。みたらしあんがかかっていて、揚げ物の甘さとそばの香ばしさを増幅する。そば店の天ぷらの旨味に驚くように、蕎麦真丈の美しさに感嘆する。食べ応えがありつつも、決して重たくはない。蕎麦真丈のファンは多いというが、納得だ。
その後の〈蕎麦がんも〉は、短く切られたそばが中に入っていて、蕎麦真丈とは反対のやわらかく素朴な味わい。同じそばでも、全く異なる食感で表現されている。

『鷹明亭 辻旅館』 蕎麦会席の真骨頂〈蕎麦真丈〉。©️『鷹明亭 辻旅館』

〈蕎麦がんも〉季節の食材とともに。©️『鷹明亭 辻旅館』

心と身体が記憶した、戸隠在来種の手打ちそば

季節の天ぷら(秋はシシトウ・ナメコ・マイタケ・リンゴ・ナス)に舌鼓を打ったところで、とろろの中にそばとフキノトウの雪割漬け、オクラが入った酢の物で口の中をリセット。天ぷらの次に手打ちそばという流れが一般的であるが、あえて酢の物をはさむ。口の中をさっぱりとさせ、手打ちそばをよく味わってもらうためのこだわりらしい。
手打ちそばには、戸隠在来種のそば粉を使用。山々の伏流水でしめたそばは格別だ。コシがある麺に、つゆは薄め。戸隠在来種独特の苦味と甘味がダイレクトに届く。薬味の伝統野菜の辛味大根・戸隠おろしを入れると爽快な味に。

細切りの生そば

戸隠産在来種の手打ちそば。並べると芸術品のよう

ゆで上げる

水道水は戸隠の山々の伏流水。清く冷たい水で麺をしめる

戸隠特有のひと口大を1束にする〈ぼっち盛〉で提供。蕎麦会席の手打ちそばは3ぼっち(夕食時)

天然のキノコ汁でふーっと一息。戸隠と隣接する芋井地区産の新米(あきたこまち)、野沢菜漬けで〆る。デザートは、ムースのような食感のそばのアイスクリーム。最後の最後まで嬉しい驚きを感じながら食べ終えた。ちなみに、蕎麦会席と一緒にいただいた日本酒は信州の銘酒〈松尾〉の荒瀬原。これが料理と結実する。酒は松尾の辛口がそろう他、ビールや焼酎もある。

一子相伝『鷹明亭 辻旅館』〈蕎麦会席〉の神髄

蕎麦会席は、明紀さんの母で、大女将の栄子さんが考案した。日本料理のフォーラムに通い専門的なことを勉強。そばは、たんぱく質が豊富で、品種によって香りが違う「こだわりの食材」であることを多くの人に知ってもらい「質素で暗い」イメージを払拭したいとの思いからだった。
栄子さんの思いと技術を受け継いだ明紀さん。2010年には「信州そば切りの店」の認定を受けた。そば通による、食味やそば打ちの技術試験を経て、母の背中を見て覚えた技とその味が意にかなったのだった。
「戸隠の地にある、この旅館でしか味わえないものを提供するのがおもてなし」という明紀さん。地物と名産のそばを融合した気品高く美しい料理の数々は、戸隠の大地からもたらされたもの。神主が宿の主でもある宿坊で食べた蕎麦会席には、戸隠という地に対する感謝と尊敬をベースにしたこだわりが詰まっていた。

 

取材・撮影・文:福平しち子 

 

PROFILE
辻 明紀さん
宿坊『鷹明亭 辻旅館』の主であると同時に、戸隠神社聚長。戸隠や周辺神社の宮司も務める。1984年、神職に登録。1987年、祖母の他界をきっかけに家業に入り、2004年、戸隠神社聚長となる。母である大女将・栄子さんの背中を見てそば打ちを学び、その味と技をつないでいる。

 

《蕎麦会席の宿 鷹明亭 辻旅館》
長野市戸隠3360。TEL026-254-2337。蕎麦会席は基本的に、宿泊者限定。シーズンによっては昼食営業あり(蕎麦会席は税抜き・4,000~7,000円のコースから選べる)。宿泊・昼食ともに電話にて要事前予約。
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