特集【発見!ナガノ・ガストロノミー】Vol.1 千差万別の〝長野限定〟が魅了する奥深い信州そばの世界へ
長野県を代表する郷土食である信州そば。人々の暮らしに根付いているからこそ、各地に品種や製法、盛り付け方、食べ方が異なる〝長野限定そば〟が伝わります。今回はバラエティに富んだ信州そばの中から、代表格をピックアップ。まだまだある奥深い信州そばの世界、「これも自慢の〝長野限定そば〟」というものがあれば、ぜひシェアしてみませんか。
TOP PHOTO:©︎内山温那
01 富倉そば
オヤマボクチの繊維を使った
雪深い北信濃の〝幻のそば〟
かつて北信濃と越後を結ぶ重要なルートだった飯山市の富倉峠。付近の富倉地区に伝わる〈富倉そば〉は、オヤマボクチ(ヤマゴボウ)というアザミ類の植物の葉脈を手間暇かけて取り出し、つなぎに使用しています。全国有数の豪雪地帯ゆえに二毛作ができず、一般的なそばのつなぎである小麦粉が手に入らない地区ならではの製法。植物の繊維を使っているため、和紙のように薄く延すことができるのも特徴で、ツルツル、キュキュッとした独特の食感と喉越しが味わえます。熱狂的なファンが多いそばですが、昔は交通の不便な地域でしか味わえなかった希少性から〝幻のそば〟ともよばれます。
【食べられるそば処】
☞ そば処 富倉そば支店
☞ そば処・石田屋一徹
☞ 郷土(ごうど)食堂(信州なかの産業・観光公社HP)
☞ 泰眞(須坂市公認ポータルサイト・いけいけすざ)
02 須賀川そば
香り高い地元産そば粉と
オヤマボクチの融合
標高700~1,000mの山ノ内町北志賀高原の須賀川地区は冷涼な気候で水はけがよく、そば栽培の最適地。室町時代から江戸時代初期にかけては、信州屈指の生産を誇っていました。豪雪地帯でもあることから、〈富倉そば〉同様、〈須賀川そば〉もつなぎにオヤマボクチの繊維を使用しています。摘み取った葉の裏に生えた茸毛(繊維)から太い葉脈を抜き、繰り返し手で揉んでは干し、アク抜きをして乾燥。大変な時間と手間がかかる分、できあがるそばはコシが強くて喉越しがよいのが特徴です。繊維は無味無臭なので、地粉本来の香りを損なうことなく存分に味わえます。
【食べられるそば処】
☞ そば清(Google Maps)
☞ 北志賀家電そば部
☞ 岩本そば屋(Google Maps)
☞ ロッヂながさか(Google Maps)
03 名水火口そば
オヤマボクチと村内の名水を
生かした地粉のそばをブランド化
オヤマボクチは漢字で書くと「雄山火口」。葉の裏側の茸毛が火を起こす際の火口(ほくち)として使われていたことが由来です。北信濃の豪雪地帯、木島平村でもまた、このオヤマボクチを使った「ボクチそば」が古くから伝わってきました。この伝統の製法を特産にすべく、2008年に村で研究を進め、荒廃地対策として栽培した地元産そば粉と「平成の名水百選」に選ばれた村内の「龍興寺清水」、オヤマボクチをつなぎに使った手打ちそばを〈名水火口そば〉と命名。地域を上げて全国にPR活動をしています。風味豊かで喉越しがよく、噛み応えのある食感が特徴です。
【食べられるそば処】
☞ 木島平村観光振興局HP「めぐる木島平。」の店舗紹介一覧
04 早蕎麦
県無形民俗文化財指定の
千切り大根を使ったそばがき
茹でた千切り大根を水溶きそば粉で手早く絡めて餅状にし、ダシ汁で味わうそばがきの一種。北信濃のなかでも秘境として知られる栄村秋山郷と山ノ内町須賀川地区だけに伝わる珍しい郷土食で、以前は救荒食物とされていました。県外でも同様の製法のそばは見られないことから、2001年に県の無形民俗文化財に指定されました。千切り大根が麺状のそば切りのように見え、短時間で作れることが〈早蕎麦〉という名の由来。ネギや刻み海苔、ワサビなどの薬味とともに味わうことで、そばがきともそば切りともまた違った食感と、そばの香りや風味が楽しめます。
【食べられるそば処】
☞ 北志賀家電そば部
☞岩本そば屋(Google Maps)
05 戸隠そば
根曲がり竹のザルと
〝ぼっち盛り〟が特徴の
日本三大そば
伝統的な「一本棒、丸延し(まるのし)」の打ち方で作られ、地元に自生する根曲がり竹で作られた円形のザルに、一口大にまとめた馬蹄形状のそばを盛る独特の「ぼっち盛り」で提供される〈戸隠そば〉。ぼっち(束)の数は5~6束で、水をほとんど切らずに盛り付けるのも特徴です。戸隠のそばの歴史は古く、平安時代に比叡山、高野山と並び、日本三大霊場として隆盛を極めた戸隠山で修行に励む山岳修験者の携帯食として栄養豊富なそばがこの地にもたらされました。江戸時代に「そば切り」の技術が伝わると、賓客や戸隠講の人々に振る舞うおもてなし料理とされ、香り高くコシのある細打ちのそばの魅力が全国に広がり、今では日本三大そばのひとつに数えられています
【食べられるそば処】
☞ 戸隠観光協会HP掲載のお店一覧
06 おしぼりそば
地大根の搾り汁を使った独特の〝あまもっくら〟の味わい
〝あまもっくら〟とは鮮烈な辛さの後に感じるほのかな甘さを表す方言。県北東部に位置する坂城町の特産品で「信州の伝統野菜」にも数えられる「ねずみ大根」など、辛味の強い地大根をすり下ろした搾り汁に、信州味噌やネギ、カツオ節などの薬味を入れて食べる〈おしぼりそば〉は、この 〝あまもっくら〟な味わいがやみつきになります。地域の小石混じりの土地が「ねずみ大根」の栽培に適しているとされ、晩秋になると大根がでんぷん質を蓄えるようになることから、ほんのりとした甘さが後を引く〝あまもっくら〟な味わいになるのだとか。そばだけでなくうどんにもよく合い、食べると身体も温まります。
【食べられるそば処】
☞ 萱
☞ かいぜ(坂城町ねずみ大根振興協議会HP)
☞ 味ロッジびんぐし亭
☞ 良竺庵(坂城町ねずみ大根振興協議会HP)
☞ そば処上條
☞ そば処 菖蒲庵(小諸飲食店組合HP)
07 とうじそば
地元素材をたっぷり使った、心身ともに温まる名物そば
信州と飛騨をつなぐ野麦街道沿い、標高1,200m前後の松本市奈川地区に伝わる〈とうじそば〉。鍋に旬の野菜や山菜、きのこ、鴨肉や鶏肉などを入れて甘いしょうゆ仕立てのつゆで煮立て、そばを竹製の小さな「とうじかご」に取り、さっと湯がいて汁や具とともにお椀に移して食します。「とうじ」とは、〝ひたし・温める〟という意味。冷たいそばをつゆにくぐらせることで香りが立ち、もちもちの食感になって、食べる分だけ温めるので最後まで伸びることもありません。稲作に不向きな山間地の主食だったそばをよりおいしく味わおうと生まれた食べ方で、体の芯から温まり、冬は格別のおいしさです。
【食べられるそば処】
☞ 福伝
☞ 旅館 仙洛
☞ そばの里 奈川
☞ ちゅうじ食堂(「ふるさと奈川徹底ガイド」HP)
☞ そば処上條
☞ そば処 霧しな
08 寒晒しそば
極寒の清流で仕込み、将軍家に
献上された幻の極上そば
冬の晴天率が高くて寒さが厳しい伊那市や茅野市に伝わる「寒晒しそば」。厳 選した上質なそばの実を殻がついたまま清流に浸して夏まで保存し、そばの実の中心層のみを製粉して打つ十割そばです。なお、伊那市高遠町では30日間、清流にさらす手法で、茅野市では1週間から10日間ほど浸したあと、1カ月から1カ月半、寒風にさらすことで少しずつ水分を抜いています。もちもちとした食感と雑味のない上品な甘みで、江戸時代は夏の土用に食べられる最高位のそばとして徳川家に献上されました。伊那市高遠町では昭和30年代ごろまで一 部の農家では作られていたものの、両市で生産が途絶えていましたが、地元産そばの復活をめざし、それぞれ古文書などを頼りに製造方法を研究。伊那市高遠町では「高遠そば組合」が「暑中信州寒晒蕎麦」として、茅野市では「八ヶ岳蕎麦切りの会」が「献上寒晒しそば」としてブランド化しています。
【食べられるそば処】
☞ 八ヶ岳蕎麦切りの会
☞ 信濃路遊膳 そばのさと
☞ 高遠そば組合
09 高遠そば
大根の搾り汁に焼き味噌を溶かす、海なし県ならではの製法
海から離れた伊那市高遠町地区では、かつてはそばつゆのダシに欠かせないカツオや昆布などが入手困難で、しょうゆもなかったことから、地大根の搾り汁に焼き味噌を溶いた漬け汁の〈辛つゆそば〉が食べられていました。製法は戦国時代に端を発するとされ、それが次第に〈おしぼりそば〉にも発展したといわれます。「そば好きの殿様」として知られた江戸時代の高遠藩主・保科正之は藩内で〈高遠そば〉を奨励。国替え先の福島県・会津藩でも広めました。その後、伊那市高遠町では家庭の味として「辛つゆそば」が受け継がれていましたが、1996年頃に高遠町からの観光視察の一行が会津若松市で「高遠そば」と して提供されていることを知り、町おこしの一環として「高遠そば」の名で商品化。今では高遠地区7店舗で提供されています。
【食べられるそば処】
☞ 伊那市観光協会HP「おいでな伊那」の店舗紹介一覧
10 行者そば
「信州そば発祥の地」伝説が残る伊那市の辛つゆそば
保科正之の〈高遠そば〉のルーツを辿ると、伊那市内の萱地区の〈行者そば〉伝説に行き着きます。山岳修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)が木曽御嶽山への修行途中に立ち寄り、村人への温かいもてなしのお礼に、行者の携行食だったそばの実をひと握り渡し、村内で大切に育てられたことで、やがて長野県全域に広がったとの伝説です。そんな「信州そば発祥の地」に伝わる〈行者そば〉は、〈高遠そば〉同様、辛味大根の搾り汁に囲炉裏で焼いた味噌を混ぜた「辛つゆ」が特徴。同地区では毎年10月下旬に「行者そばまつり」も開催されています。
【食べられるそば処】
☞ 伊那市観光協会HP「おいでな伊那」の店舗紹介一覧
11 すんきそば
乳酸菌発酵させた木曽地方独特の「すんき」をトッピング
御嶽山麓の木曽地方に伝わる「すんき」は、極寒の気候を利用し、塩を一切使わずに赤カブの茎菜を乳酸菌で発酵させた酸味の強い伝統食。地域によって王滝カブ、黒瀬カブ、開田カブなど、使うカブが異なるのも特徴で、近年は健康・美容食としても話題です。海から遠く離れ、標高が高い木曽地方で塩は貴重で、冬の保存食を作る際に塩を使わず山ブドウやスグリの実と一緒にカブの茎菜を漬け込んだことが始まりとされます。そんな「すんき」を細かく刻み、かけそばの上に乗せれば〈すんきそば〉の完成。独特の酸味がコクのあるダシと絡まり、さっぱりとした後引く旨みを味わえます。
【食べられるそば処】
☞ くるまや本店
☞ そば処 信州霧しな
☞ 食事処与志田(「道の駅 木曽ならかわ」内)
☞ 道の駅日義木曽駒高原ささりんどう館
まとめ
地域ごとに環境や生活に即し、個性豊かな発展を遂げてきた長野県の〝長野限定そば〟。それぞれの歴史や成り立ち、特色を知ると、より深い味わいを楽しめます。長野県を訪れたなら、土地の魅力が詰まった伝統の味覚にぜひ舌鼓を打ってみませんか。
文:島田浩美
参照:各観光協会HP等
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