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大根の辛味汁、ヤマゴボウのつなぎ… ひとつではない「信州そば」

長野県を旅した人が食べておきたい郷土食といえば「信州そば」。
しかし、ひとくちに信州そばといっても、地域によってさまざまです。
土地のそばを知れば、信州そば上級者です。

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お殿様が愛した高遠そば

「信州そば発祥の地」ともいわれる伊那市に伝わるのが、大根おろしの汁に焼き味噌を溶いていただく「行者そば」です。江戸時代、高遠城の殿様の大好物として評判になり、人々の求めに応じ切れなくなったため「西駒登山を修める者以外行者そばを食べることはできない」として秘伝の味になったとか。
「行者そば」のほか、つゆに辛み大根のおろしと焼き味噌を混ぜた辛つゆで食べる「高遠そば」も復活しました。高遠そばは、高遠藩主の保科正之公も愛した信州そば。無類のそば好きだった正之公は、会津藩に転封する際、高遠からそば職人などをひきつれたそうで、現在も福島では「高遠そば」の呼び名が伝承されています。
現在、伊那市高遠を中心に、高遠そばが食べられるお店は20軒以上。青い幟が目印です。ほんのりピリリとする大根がアクセント。味噌の旨みが大根の辛味をほどよくやわらかにしてくれます。

好みで大根おろしや味噌のほか薬味を入れていただく高遠そば

つなぎは小麦ではなくオヤマボクチ?

そばのつなぎといえば小麦粉ですが、北信濃の一部では、つなぎにオヤマボクチ(雄山火口)の葉の繊維を使うそばが伝えられています。なかでも、飯山市の「富倉そば」や、下高井郡山ノ内町の「須賀川そば」が有名です。オヤマボクチとはヤマゴボウの一種。雪深く小麦の栽培ができないことから、オヤマボクチを使う知恵が生まれました。自生するオヤマボクチの葉の太い葉脈を抜き、手で揉んでは干し、揉んでは干し。この作業がなんと手間のかかることか。そして、残ったわずかな繊維を取り出し、灰汁抜きをし、乾燥して使います。
使う量は、そば粉1kgに対してわずか3g。小麦粉をつなぎに使うそばの倍以上の時間をかけて打つという大変な仕事ですが、よくこねられた「ぼくちそば」は切れづらく、非常に薄く大きく伸ばすことができます。地元のそば打ち名人いわく、新聞紙が透けて見えるくらいがいいのだとか。普通のそばでは考えられないほどの薄さです。
こうして、大変な手間と時間がかけられたぼくちそばは「幻のそば」と呼ばれます。小麦がそばの香りをじゃますることなく、さらにツルツルとしたのど越し、シコシコとした独特の歯ざわりが特徴です。

乾燥させたオヤマボクチの葉の繊維。そば屋などで販売しているところもあります

そばを「投じる」、とうじそば

松本から飛騨へと続く野麦街道沿いの山間地・奈川(ながわ)を中心に、木曽地方の一部でも食される郷土料理が「とうじそば」です。「とうじ」の語源は、そばを温かいつゆに浸ける「湯じ」や、つゆに「投じる」からともいわれます。鉄鍋に入れたつゆに山菜やきのこ、季節の青菜、鶏肉などを入れ、火にかけて温めます。そして、小割に盛られたそばを竹で編んだ「とうじかご」に取り、かごごとつゆにいれて軽くほぐしたら、お椀に移していただきます。
かごに入れて温めるひと手間だけにも関わらず、いつものそばがどこかアトラクション的な楽しみを帯びるようになります。ハレの日の和やかな食卓の中心にあったこともうなずけます。

竹の自然の形を生かしてつくる「とうじかご」もまた、長野県に伝わる伝統技術のひとつ。このとうじかごを求めに訪れる人もいるほどです

ほかにもまだある地域の特色を生かしたご当地そば

さらに、そばの名産地でもある北信濃の信濃町に伝わるのは、その寒さを利用した「凍りそば」。切って湯がいたそばをくるりと丸めて寒ざらしにする凍み豆腐ならぬ凍りそば。熱いつゆにいれて戻していただく即席そばです。木曽エリアに伝わる「すんきそば」は、赤カブの葉を乳酸発酵させてつくる漬物「すんき」を細く刻み、つゆに入れていただきます。乳酸発酵らしい独特な酸味は好みが分かれるかもしれませんが、しばらくすると「あの味をもう一度と…」と思ってしまう、そんな軽い中毒性をはらんだご当地そばです。ほかにも、千切りにして軽くゆでた大根にそば粉と水を加えてかき混ぜた「早そば」があります。こちらも下高井郡山ノ内町須賀川地区と、お隣の栄村でのみ伝わるご当地そば。県外でも類をみないそばの食し方なのだとか。
地域の特色を生かしたそば。細長く切った一般的なそばを醤油ベースのつゆでいただくもそばも、もちろんいいですが、せっかくの信州の旅。地域の特色を色濃く映したご当地そばを食してこそ、信州そばの上級者です。

木曽地方の名物すんきそば。すんきが漬けられて食される11月から2月頃までの限定

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