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温故知新の善光寺門前宿泊施設探訪【料理編】

旅に欠かせないのが、食べる楽しみ。今や善光寺の多くの宿坊では創意工夫の精進料理で宿泊客をもてなしています。肉や魚、卵などの動物性の食材は使わず、野菜が中心だからこそ四季折々の旬を味わえるのが精進料理の魅力。近年は健康志向の若い女性が増え、世界的にベジタリアンやヴィーガンがトレンドですが、精進料理は日本版のヴィーガン料理といえるかもしれません。

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記載の内容は、原稿執筆時点の情報です。営業状況やサービス内容、料金等は変更となる場合がございます。詳細は、各施設へお問い合わせください。

食通もうならせるイノベーティブ精進料理【兄部坊】

 

実は善光寺の宿坊で供される精進料理の歴史は古くなく、本格的に提供されはじめたのは50年ほど前。その先陣を切ったのが「兄部坊(このこんぼう)」です。かつては多くの宿坊では参拝客のもてなしとして刺し身や焼き魚などが提供されていましたが、「兄部坊」の先々代の住職夫人が「これからは地元の季節の食材を使った精進料理の時代」と考え、以来、精進料理一筋に励んできました。現在は先代住職夫人の若麻績妙子さんが代々伝わる味を継承しつつ、知恵と手間と工夫で身近な食材を滋味深い精進料理へと昇華させています。

「兄部坊」らしさを表すもののひとつが、うなぎの蒲焼きに似せた「うなぎ湯葉」。湯葉と豆腐、海苔を使ってうなぎの蒲焼きに見立てた“もどき料理”で「兄部坊」が精進料理をはじめたときに考案したともいわれます。セリやカヤの実、柚子など5品の薬味をご飯にのせ、昆布でとっただし汁をかけてお茶漬けのように味わう「法飯(ほうはん)」は、善光寺の正月行事「堂童子(どうどうじ)」を終えた祝宴の最後に出される料理をアレンジ。食材は全て無駄にしないよう、栄養豊富なセリの根はよく洗って揚げ物にしています。辛味大根の絞り汁に焼き味噌を溶かしたつゆで食す手打ちそばは、焼き味噌の香ばしさと薬味のクルミのコクや大根の甘辛さがそばの風味とよく合う一品。全ての料理が丁寧につくられていることに加え、一皿一皿は少量でも品数が多く、ボリューム満点でお腹も心も満たされます。

さらに酒好きにうれしいのが、精進料理と“般若湯(はんにゃとう)”のペアリング(般若湯とは僧侶間で「お酒」を意味し、いずれの宿坊もアルコールOK)。熱いものは熱いうちにと一品ずつ運ばれてくる料理に合わせ、発泡性の日本酒などセレクトされた県内産地酒4種類から食後の自家製杏酒や梅酒まで楽しめます。

 

兄部坊

漆塗りの器で提供される精進料理「法光」。長野市松代町の特産の長芋を使った「養老蒸し」や小蕪のふき味噌焼き、とろける舌触りが絶品の手づくり胡麻豆腐など、伝統の精進料理を進化させ、どれも手が込んだ味わい

兄部坊

精進料理に欠かせない“もどき料理”の「うなぎ湯葉」。タレも含めて肉や魚介を使わず、手間ひまかけて仕上げている

兄部坊

赤い門が目印で「赤門の寺」との呼び名も。「兄部(このこうべ)」とは「堂童子」を取り仕切る職位のことで、代々、住職がその職に就いていたことが坊名の由来

兄部坊

赤い欄干が目を引く室内。畳廊下は団体での善光寺詣りが盛んだった頃は廊下まで宿泊客があふれた名残で、冬場も廊下の床が寒くないと評判

兄部坊

料理は宿泊者以外のランチでの提供も可(要予約)。茶室でも味わえる

 

〈兄部坊〉
長野県長野市元善町463 TEL 026-234-6677。宿泊11,000円(税別)~、食事1,000円(税別)~
http://www.konokonbou.com/
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ハレの日の善光寺詣りを祝う華やかな精進料理【淵之坊】

 

「淵之坊」もまた、早くから精進料理を手がけてきた宿坊のひとつ。祝い膳のように華やかで味わい深い精進料理を提供しています。「私たちは“遠くとも一度は詣れ 善光寺”のお参りプランナーです。遠方から訪れる参拝客にとって、善光寺詣りはハレの日の行事。おいしい料理ときれいに整った宿で盛り上げ、『また来たい』と思っていただけたら」と調理も担当する執事の小川真宏さんは話します。

名物は、蒸し物の「満月」。長野市松代町特産の長芋を茹でて裏ごしした皮で、しいたけと大葉、クルミの味噌炒めを包んで蒸しています。ごはんものの「石餅の花」にも赤飯のまわりにすりおろした長芋を使用。「港揚げ」は、長野市の若穂綿内産蓮根と長芋をすりおろして揚げています。可能な限り長野県産、長野市産の食材にこだわっています。

「淵之坊」といえば、明治時代に日本初の団体旅行を支えた宿坊でもあります。当時、鉄道が開通して長野駅が誕生し、大勢での参拝が可能になったことから、滋賀県草津市の駅前にあった弁当屋・南 新介さんが参加者を募って団体での善光寺詣りを企画。その400人もの団体客を受け入れたのが「淵之坊」だったのです。これが国内で最初の団体旅行であり、その成功をもとに南さんは善光寺詣りのツアーを繰り返し企画するようになって立ち上がった会社が「全日本旅行会」。現在の「株式会社日本旅行」です。今でも同社と「淵之坊」の付き合いは続いています。

 

淵之坊

大手旅行サイトの「評価の高い全国の宿坊ランキング」1位を記録したこともある精進料理。「満月」や「石餅の花」、ふき味噌風味の揚げ物「田毎の月」などオリジナルの献立も豊富で、縁起のよい丸いかたちの品も多い

淵之坊

室町時代に描かれた3幅の掛け軸の絵伝は現存するものとしては最古で長野県宝に指定。大火を繰り返し、多くの資料を焼失してきた善光寺に残る貴重なもの

淵之坊

最新の音響機器を設けた2階大広間の「絵解きシアター」では江戸時代に描かれた鮮やかな色彩の善光寺縁起を使い、住職や副住職が解説する絵解きが楽しめる

淵之坊

善光寺の縁起を語る寺として「縁起堂」とも称される。近年は若者の利用も増えており、一人客の宿泊も可能(食事利用は2人から)。コロナ以前は外国人客のなかでもフランス人の利用が多く見られたという

淵之坊

仏前結婚式が執り行われたこともある阿弥陀如来像を祀る御堂。建物は耐震工事を行い、エレベーターを設けたため足の不自由な人も利用しやすい

 

〈淵之坊〉
長野県長野市元善町462 TEL 026-232-3669。宿泊11,000円~、食事3,300円~
https://fuchinobo.or.jp/index.html
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30年にわたり追求してきた精進料理の奥深い味わい【常智院】

 

研究熱心な住職夫人が生み出す精進料理がおいしいと評判の宿坊。信州の伝統野菜である飯山市の常盤牛蒡(ときわごぼう)を使ってうなぎの蒲焼きのように見立てた名物「ごぼうの蒲焼き」のほか、みすず豆腐(高野豆腐)で肉を再現した八宝菜や酢豚、大根一本を丸ごと干してつくる自家製吊り干し大根を使った粕汁、自家製梅酢でつくる五穀米の桃寿司、あけびの果肉を何度も裏ごしして作るデザートなどなど…。どれも手が込んでいて、素材のおいしさがしみじみと体に染みわたります。

住職夫人の宮澤直子さんは専門学校で料理の基礎を学び、恩師からの「いろいろな料理を食べて自分なりの精進料理を見つけるのがよい」とのアドバイスと、舌の肥えた住職のサポートにより、金沢の老舗料亭などに足繁く通って独自の味を追求。平成元(1989)年から念願の精進料理を提供し、試行錯誤でスタイルを確立しました。平成15(2003)年から3年間、地元向けに毎月異なる精進料理を提供する「精進の集い」も開催。多くのリピーターに人気を博し、今なお食事のみを利用する地元客も少なくありません。

研究熱心な性格は長男である若住職の宮澤覚順さんにも受け継がれています。学生時代に書道と篆刻を学んだ覚順さんは、自院に安置されている大黒天のほか、善光寺の山門と賓頭廬尊者(びんずるそんじゃ)の御朱印のデザインを担当。宿泊者が持参する「旅の思い出帳」にはかつて直子さんが得意とする俳句を記していましたが、現在は覚順さんが水墨画を描くこともあるそうです。趣味のアクアリウムもまた美しく、宿泊客を癒やします。料理だけでなく、幅広い分野で宿泊客を楽しませてくれる宿坊です。

 

常智院

春の献立。菊を菜の花に見立てた胡麻豆腐の盛り付けやセルリーの炒めなます、クルミベースの白和え、小布施栗を裏ごしした栗羊羹には花びらゆり根をあしらい、五穀米の桃寿司には大根を梅酢でピンクに色付けして、春の季節感を表現している

常智院

5~6年かけて現在の製法にたどり着いた「ごぼうの蒲焼き」。信州ならではの素材にこだわり、風味がよくて柔らかい常盤牛蒡のみを使用。毎年収穫期に生産者から1年分仕入れている

常智院

覚順さんが学生時代に制作した篆刻。石彫のほかに竹の根を使う竹根(ちっこん)印もある。一箇所くびれているのが竹根印の形としての面白さ

常智院

篆刻作品の掛け軸。こうした高い技術により、前回の善光寺御開帳では「おやこ地蔵」「山門」「賓頭盧尊者」の御朱印をデザイン。「おやこ地蔵」以外は現在も使われている。また明智光秀の菩提寺でNHK大河ドラマ『麒麟が来る』でも注目された比叡山西教寺のキリンのデザインの御朱印も手がけた

常智院

宿坊の一角に設けられたアクアリウム。現在、魚は病気療養中で水草をメインに育てている

 

〈常智院〉
長野県長野市元善町478 TEL 026- 235-4012。宿泊12,100円~、食事1,650円~
http://www.jochi-in.or.jp/
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野菜&だしソムリエが手がける目にも楽しい創作料理【吉祥院】

 

「吉祥院(きちじょういん)」で味わえるのは、野菜ソムリエ兼だしソムリエがつくる創作料理の「寺庭懐石」。2000年に手がけた宿坊の全面リフォームを機に、時代に即した料理を提供しようと女将の和田容子さんが両ソムリエ資格を取得し、器も洋食器に変えてテーブルスタイルで提供しています。手に入れやすい身近な野菜を基本にした彩りも鮮やかな創作料理は、その時季ならではの素材のおいしさを教えてくれます。

定番の「カボチャの福俵」は裏ごししたカボチャにアラレをつけて揚げ、名前にもこだわったあんかけ仕立ての逸品。カボチャの甘みとアラレの独特の食感が一度に楽しめます。「野菜いろいろプレート」は10種類ほどの旬の野菜プレート。和食のみぞれ和えを洋風にアレンジしたもので、見た目も美しく、素材の旨みを存分に感じられます。ほかに、豆腐と長芋のすりおろしを湯葉で包んで蒸した「もちもち巾着」や、ジャガイモをすりおろしてとろみをつけた心も体も温まる味わいの「ジャガイモのすり流し汁」など、どれも食材本来の滋味深さが広がります。

茶道の裏千家の準教授でもある女将は、院内で茶道教室も開講。宿泊者は希望に応じて茶道体験ができ、時間がない宿泊者でも希望があれば女将が点てた抹茶を味わえます。さらに華道家元池坊の家督でもあり、宿坊のあちこちに女将が生けた美しい生け花が。壁に飾られた刺繍やリース作品も女将作で、幅広い趣味がうかがえます。なお、アメリカの寺院でも修行をした長男の隆嗣さんは現在、善光寺天台宗「宝林院」の住職であり、音楽の趣味が高じてDJとしても活躍中。知る人ぞ知る“お坊さんDJ”として、県内外のパーティーシーンを盛り上げる異色の存在です。

 

吉祥院

野菜は本来の彩りや歯ざわり、風味などを生かし、四季折々のものを取り合わせてオリジナリティを追求。スクエア型を中心とした洋食器が「寺庭懐石」の美しさを引き立てる

吉祥院

抗酸化作用が高いカボチャがたっぷり詰まった愛らしいかたちの「カボチャの福俵」と、色鮮やかな「いろいろ野菜プレート」は定番料理

吉祥院

入口で宿泊客を迎える季節の生け花と美しい調度品

吉祥院

和室をアレンジした茶室では茶道体験が楽しめる

吉祥院

樹齢200年以上と伝わる赤松が伸びた独特の門が目印。御堂の本尊は弘法大師が滞留した際に自ら彫ったもので「弘法堂」とも呼ばれる

 

〈吉祥院〉
長野県長野市元善町480 TEL 026- 232-3027。宿泊13,500円~、食事4,000円~
http://www.kichijo-in.jp/index.html
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住職が自ら採取する山菜やきのこ料理が自慢【薬王院】

 

「薬王院」では住職が自ら山に入って採ってくる山菜やきのこを使った料理が魅力。調理も住職自身が担当しています。旬の食材も冷凍などで長期保存しているので、長い期間、味わえるのがうれしい。さらに原 康譲住職は「信州の身近な食材を使いつつ、普段は食べられないようなアレンジを」と考え、例えば信州そばも、ざるそばではなくあんかけやサラダ風など創作そばにして提供しています。天ぷらはサツマイモや蓮根を塊のまま揚げることで、目先の変わった食感を追求。庭に生えている2本の梅の木になる実も梅干しや梅酒、梅酢にし、酢の物の料理には全て自家製梅酢を使っています。煮物はしいたけの戻し汁をベースにした昆布だしを使うなど、いずれも出汁にまで肉や魚を使わない精進料理です。

歴史ある建物も特徴。善光寺の多くの宿坊は明治24(1891)年の善光寺大火で焼失してしまいましたが、北西端に位置する「薬王院」は大火から免れ、江戸時代中期の貴重な建物を今に伝えます。座禅や写経体験ができる座敷は立派な一枚板の格天井で、古民家の囲炉裏で400年ほどいぶされた煤木(すすぼく)や、今では入手困難な柾目の立派な長押など、貴重な木材がふんだんに使用されています。一方で、宿泊の部屋は時代に応じて全て鍵付きの個室に改修。足が不自由な人向けにベッドを備えた洋室も設け、若者から年配の人まで幅広いリピーターに親しまれています。

 

薬王院

僧侶が食事の際に用いる丸い鉢「鉄鉢」をかたどった器を使った料理。野菜の天ぷらは素材を大きくカットして揚げ、そのものの味や風味を楽しめる。

薬王院

法華経の経典に登場する薬王菩薩が院名の由来。280年ほど前に火事に見舞われたが、以来、明治の善光寺大火にも巻き込まれず、昔ながらの姿を残している

薬王院

座禅体験などができる和室は格式高い格天井に2間分の柾目の長押など、貴重な材が至るところに使われている

薬王院

ベッドのある洋室から書院造の特別和室までさまざまなタイプの部屋があり、いずれも鍵付きなので安心

 

〈薬王院〉
長野県長野市元善町657 TEL026-232-8901。※料金等は施設にお問い合わせください。
https://yakuoin.jp/
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営業状況やサービス内容、料金等は変更となる場合がございます。最新の情報は、各施設へお問い合わせください。
 

撮影:清水隆史 取材・文:島田浩美

 

<著者プロフィール>
島田浩美(Hiromi Shimada〉
長野県飯綱町生まれ。信州大学卒業後、2年間の海外放浪生活を経て、長野市の出版社にて編集業とカフェ店長業を兼任。2011年、同僚デザイナーと独立し、同市内に編集兼デザイン事務所および「旅とアート」がテーマの書店「ch.books」をオープン。趣味は山登り、特技はトライアスロン。体力には自信あり。

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